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ユーミルの心

「それでは行って参ります、ギジュライ様」


 荷物を持ち、丁寧に頭を下げたユーミル。

 僕のポシェットまで取りあげられ、僕が手にもつ物は召喚石とこの指輪だけだ。


「お世話になりました、ギジュライさん。必ず3つの召喚石を持ち帰ってきます」


「期待しておりますぞよ、ホムラ殿。報告は日に一度、ユーミルから飛ばして・・・・いただきますゆえ、お気になさらず。自身の復讐を必ずや成し遂げてください」


 『飛ばす』という言葉の意味が分からなかったが、その辺りは旅をしながらユーミルに聞くとして。


「……ユーミルさん。もう少し厚着をして欲しいのですが」


「何故ですか?」


 僕の言葉に不服そうな顔をするユーミル。


「これから他国に向かうんですよ? そんな水着みたいな姿で同行されたら、目のやり場に困ってしまうし……。それに山賊とかに襲われやすいかも知れないですし」


「問題ございません。欺の国の女は皆、薄着ですから」


「あ、いや……」


「それに、これは私の戦闘服でもあります。動きやすさを重視し、さらに魔法の透過性を高めておりますから。いざという時にホムラ様をお守りするのが私の役目。お気になさらないでください」


 そう言い切ったユーミルはさっさと先に進んでしまう。

 僕は頭を掻きながら、もう一度ギジュライに頭を下げ、彼女の後を追う。

 やはり、ユーミルは僕のことが嫌いなのだろう。

 3日ほど同じ屋根の下で生活させられたが、一度も僕の要請を聞いてくれたためしがない。


 僕らはこれから近くの港町まで徒歩で向かう。

 最初に船で『欺の国』に到着した街だ。

 そこから政府専用船に乗り、1200ULの距離にある『天の国』へと向かう。


 しばらく無言で道中を歩いていく僕とユーミル。

 モンスターと遭遇したときのため、すでに曲刀を抜いている彼女。

 その刀身に幾何学模様の文字がいくつも並んでいた。


「ユーミルさんは『魔道剣士』なんですよね。すごいですね、魔法も使えるなんて」


 無言に耐えられなくなった僕は、それとなく話を振る。

 少しだけ振り返った彼女は、そっけなく返答した。


「ホムラ様のいらした世界のことは存じ上げないですが、この世界で『魔法』は珍しくもなんともありません」


「……」


「……」


 そのまま会話が終了してしまった。

 僕は全身に変な汗を掻き、押し黙ってしまう。


 やはり、ユーミルは僕のことが嫌いなのだ。

 ジルやギジュライとはちゃんと会話できたのに、彼女とはうまくキャッチボールができない。


 再び無言となった僕らは黙々と道を歩く。

 こういう時に限って、モンスターは襲ってこない。

 別に襲ってほしいわけではないけど、この無言に耐えられない。


 大きく息を吸い、吐く。

 別のことを考えよう。

 これから向かう『天の国』のこと。『天王ヘイラー』のこと。


(……蓮見明日葉はすみあすは……)


 女神から与えられた召喚石により《聖者》としての力を覚醒したクラスメイト。

 そして、姉さんを虐めていた主犯格のひとり――。


 あの日、姉さんが殺されたときも、後ろから姉さんの髪を引っ張り、笑い転げていた女。

 表向きは清楚で性格も良く、教師受けしていた彼女だが、裏の顔は違う。

 放課後になり、学校を出た途端に柄の悪い男たちとどこかへ向かう姿を何度か見かけたことがあった。


 あんな女が、何故《聖者》なのか。

 考えれば考えるほど、殺意が溢れ出てくる。


「……ホムラ様。『召喚石』が……」


「え?」


 左手に握ったままの召喚石に光が宿っている。

 いつの間にか《王者の力マスター》を発動してしまったようだ。

 僕はあたりを見回す。

 そしてすぐ近くに一本の巨木を発見し、慌てて駆け寄った。


 右手を掲げる。

 するとジュワっという音と共に一気に消失した巨木。


 大きくため息を吐き、その場にへたり込む。

 間違えてユーミルに触れでもしたら、彼女を殺してしまうところだった。

 ギジュライが言うには、僕はまだ完全に《王者の力マスター》を使いこなせるわけではないらしい。

 検証で分かっているのも、殺意の込め方・・・・・・で溶かせる範囲が増減することくらいだ。

 

「凄いお力ですね。ホムラ様とジル様がいれば、我が国が世界の覇権を握るのも時間の問題でしょう」


 今までとは違い、ウットリとした表情で僕を見つめるユーミル。

 褐色の肌を持つ彼女だが、高揚した頬の色がはっきりと分かるくらいだ。


「……ユーミルさんは、強い男が好き……なのですか?」


「はい。欺の国に生まれた女は、どれだけ優秀な夫に娶られるかで優劣が決まりますから」


「そ、そうですか……」


 僕の質問にはっきりと答えたユーミル。

 彼女が頬を染めたのは僕ではない。

 僕の持つ、この『力』だ。


「ホムラ様が正式に《王者の力マスター》を目覚めさせたときに、私を妻の一人として迎えていただけるように、誠心誠意ご奉仕をさせていただかなければなりません」


「……」


 胸に手を置き、にじり寄ってくるユーミル。

 彼女の言葉の意味がさっぱり分からない僕は恐怖を感じる。


 妻として迎えるとは、どういう意味だろう。

 僕にそんなつもりは一切ないというのに。


「ホムラ様は女性がお嫌いだと聞きました。しかし、私も本当は男性が嫌いです。こういうことを言ってはいけないのですが、欺の国の男は皆、女を下に見ます」


「あ、あの……」


 なぜか僕に身体を密着させたユーミル。

 水着のような服のせいで、彼女の鼓動や体温、そして身体の感触がじかに伝わってくる。


「しかし、ホムラ様は違う。女を見下さないし、対等に接しております。そして、これから暗殺するのは女の異世界人――。男だろうと女だろうと、復讐を果たすためには容赦をするつもりがない」


「ユーミルさん……近いです」


 押し返そうとも、僕の力では彼女を押し退けない。

 力の差があまりにもあり過ぎる。

 異世界の女剣士とは、こんなにも腕力があるものなのか。


「……失礼いたしました。少々、興奮してしまったようです」


 いつもの冷たい表情に戻り、僕から身体を放すユーミル。

 大きく息を吐き、深呼吸をする僕。


「おや、モンスターがこちらに気付いたようですね」


 彼女の言葉に慌てて視線を上げる。

 いつの間にか周囲を取り囲まれていることに気付く。


「ホムラ様には指一本触れさせません。王者の力を覚醒されるまで、命を賭けて守り抜けとの命令を受けておりますから」


 曲刀を構え、にやりと笑ったユーミル。

 それと同時に刀身に描かれた紋章に光が宿る。


 これでしばらくは、余計なことを考えずに済む――。



 ほっと溜息を吐いた僕は、彼女の邪魔にならないように戦況を見守った。


















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