王者の儀
その日、欺の国をあげての宴が開かれた。
『曲者』の召喚石を持ち帰った僕は英雄として歓迎されたが、能力のことは国民には伏せられた。
おそらくギジュライが気を利かせてくれたのだろう。
彼はやり手の幹部のようだから、何か分からないことがあったら相談してもいいかもしれない。
そして国民の前に正装姿で登場した欺王ジル。
厳粛な雰囲気とは対照的に不敵な笑みを浮かべている。
王の前に召喚石が差し出され、それを手に取ったジル。
僕のほうに視線を向け、舌を出し、その上に召喚石を乗せた。
ゴクンと石を飲み込む音が宮殿内に広がった。
そして淡い光に包まれた王は、またいつもの高笑いを始めた。
『王者の儀』――。
《王の力》を持つ王と《者の力》を持つ異界の戦士のうち、どちらか一方の勝者が行う、勝利の儀式。
二階堂のように《者の力》をもつ者が死ねば、それに相応した『召喚石』が手に入るのと同じように、王が死ねば『王召石』というものが手に入る。
その2つの石が体内で共鳴し《王者の力》を得るための儀式――。
「くくく……くははは! 力が湧いてくるぜぇ……! これで俺は、王者となった! てめぇら、死ぬまで俺についてこいよ!」
王の言葉に沸き立つ国民達。
その日、宴は深夜まで続いた――。
◇
宮殿内にある客室の一角。
そこに通された僕は、ふぅと息を吐き椅子に座る。
ああいった人が多く集まる場所は、やはり苦手だ。
英雄扱いをしてくれるのはありがたいが、人酔いをしてしまいそうになる。
『宜しいかな、ホムラ殿』
扉の外からギジュライの声が聞こえてきた。
返事を返すと、飲み物と果物を盆に乗せたギジュライが部屋の中に入ってくる。
「みんな嬉しそうでしたね。王もお酒を飲みながらはしゃいでいましたし」
「若のあの性格が頭痛の種でしてな。もっと王として国民に権威を示してもらわないとなりません」
果物の皮をナイフで剥きながらギジュライがため息交じりにそう答えた。
その姿を見ながら、僕はふと気になったことを質問する。
「ギジュライさんは、どうして王のことを『若』と呼ぶのですか?」
この国の幹部はだれも欺王のことを『若』とは呼ばない。
そう呼ぶのはギジュライだけだ。
「ああ、それはわしの癖でしてな。先代の王が亡くなられる前から、ずっと若と呼んでおりましたゆえ。食べますかな?」
綺麗に果物の皮を剥いてくれたギジュライは、丁寧に小皿に振り分けてくれた。
僕は礼を言い、それを頬張る。
「女神が召喚した戦士との戦いは、何千年もの昔から繰り返されているのです。先代の王が異界の戦士に敗れてから、もう20年は経ちます」
昔話をするように、ギジュライは女神と王の争いの歴史を話してくれた。
いつからか始まった、異界の戦士と王族との戦い。
そのどちらかの勝者は《王者の力》を授かり、世界の覇権を握る力を得ることができる。
時代によって異界から召喚される戦士の数はまちまちで、『王』の数――つまり国の数によって変動するらしい。
王者の力を得た者同士、世界の覇権を争い、世界が統一された時代もあれば。
三国に拮抗し、また分散する時代もあった。
現在では20の国がこの世界を治めている。
これが1つの国だったら、異界から召喚される戦士は1人だったということだ。
「若は父君を殺した女神を恨んでおりますからな。今回の女神による戦士召集も、随分と前から戦いの準備を進めておりました。しかし、まさかこんな結果になるとは思いもしませんでしたが」
果物を頬張りながら、ギジュライは僕に視線を移した。
「ホムラ殿の目的は、他の19名の異界の戦士を全て殺すことだと仰いましたな。同じ異界から召集された者どもを殺す理由――。わしには『恨み』以外に思いつかないのですが、どうですかな」
「……はい」
――別に、ギジュライを信頼したわけではない。
しかし、動機を誤魔化す理由も見当たらない。
「……《王者の力》を得るにたる人物は、例外なく強い『信念』を持った者と聞きます。ホムラ殿にも、そういった信念があるからこそ、わずかながらも力を宿しているということですな」
とくに恨みの理由を聞くことなく、果物を平らげたギジュライは立ち上がった。
僕は何も答えずに、残りの飲み物を喉に流し込む。
「明日にはホムラ殿の住まいを宮殿内に作りましょう。一人、世話役もつけます。何か困ったことがあったら彼女にお言いつけくだされ」
「……彼女?」
ギジュライの言葉の意味が分からず、僕はそう聞き返した。
しかし、扉の入口に視線を向けると、いつの間にか一人の女性がそこに立っていた。
一体、いつ部屋に入ってきた――?
「ユーミルと申します。今後、ホムラ様のお世話をさせていただきます」
丁寧に頭を下げた、褐色の肌の髪の長い女性。
雰囲気は穏やかだが、目つきが非常に鋭くて、クールな印象を持ってしまう。
「世話役なんて、僕には必要ないですよ。困ったことがあったらギジュライさんに――」
「なりません。ホムラ殿はすでにこの国で『宰相』の地位になられたのです。ならば女官のひとりやふたりを付けるのは当然のことでしょう」
「でも、僕は……」
「なりません。これは我が国の『ルール』ですから」
ギラリと鋭い視線を送ったギジュライ。
ここまで言われてさすがに断ることもできず、僕は渋々了解する。
「それでは、あとは頼んだぞ、ユーミル」
「承知いたしました」
それだけ言い残し、部屋を後にしたギジュライ。
そして無言の時間が流れる。
「……あの」
「何でございましょう」
すぐに返事をしたユーミル。
やはり視線が鋭い気がする。
僕のことが嫌いなのか、それとも嫌々世話役を押し付けられたのか。
「疲れませんか、ずっと立っているのって」
「問題ありません」
「……」
「……」
そのまま会話が途切れてしまう。
どうにも、こういうのは苦手だ。
まともに話せる女性も姉さん以外にはいなかったし、学校にいるときでも一人でいるか、クラスメイトに取り囲まれてからかわれるかのどちらかだったし。
正直言って、疲れる。
一人にして欲しい――。
大きくため息を吐いた僕は、テーブルにそのまま伏せることしか出来なかった。