殺人の代償
「な……何……?」
突然消えた照明に驚く子音。
薄暗いステージに人が集まる気配を察し、横に立つ薫に身体を寄せる。
「ちょっと子音、そんなにくっつかないでよ。大丈夫。ほら、よく見てみなよ」
薫に言われ、周囲に視線を凝らした子音。
二人の周囲を取り囲んでいるのはクラスメイトである男子達だ。
彼らの隙間から舞台の下に視線を移すと、何故か残りの女子生徒だけはステージに上がる気配を見せないでいた。
――いや、一人だけ彼女らに混ざっている男子生徒がいる。
大木潤一。
その姿を確認した子音は、ほっと安堵の溜息を洩らした。
これもきっと何かの演出のひとつなのだろうと彼女は考える。
「もう……一体何なの? こんなに沢山ステージに上がってきて、演劇でもやるの?」
「えー? だったら美鈴もそんなところで見ていないで、こっちに来なよ。演劇部でしょう、あんた」
薫の言葉に同調した子音は、舞台の下にいる美鈴と呼ばれた少女に問いかける。
しかし張り付いた笑みのまま、何も言葉を発しない美鈴。
彼女の周囲にいる他の女子生徒らも同じような顔でこちらを見ているだけだ。
「……ちょっと薫。やっぱり何か、様子がおかしいよ」
何か嫌な予感でもするのか。
それとも彼女の能力である『巧者』が反応したのか。
自分達の周囲に立つ男子生徒らに恐怖を感じ始めた子音。
彼女に言われ、薫もようやく異変に気付く。
クラスメイト全員が張り付いた笑みのままであるのに対し、大木だけは表情が変化していなかった。
まるで冷たい氷のような顔のまま女子生徒らが用意したであろう椅子に腰を掛け、舞台の下からこちらに視線を向けていたのだ。
そのあまりの無表情さに、薫は全身に鳥肌が立ってしまった。
――まるで、死人だ。
生きることを放棄した、死者そのものの顔だった。
その死人の口が歪み、ぼそりと彼女らに告げる。
「……『演劇』。ああ、そうだね。確かに演劇だ。そこに本物はいない。偽者たちの戯れ。くだらない欲望に身も心も犯された、愚者の交わり。……そういえば、中山は『愚者』だったか。彼がここにいないのは残念だけれど、お前達はみんな愚か者だよ」
そう言った大木は右手を上げ、男子生徒らに指示を出した。
のそりのそりと舞台の上で動き出した生徒らは、薫と子音に各々の腕を伸ばす。
「な、何を言っているの大木くん……。ちょっと、二階堂、涼太……! 勝手に触らないでよ!」
「高志も美鈴が見ているのに、どうしてこんなことをするのよ……! ねえ、美鈴! 高志を止めてよ!」
二階堂、涼太、高志と呼ばれた三人の男子生徒は子音と薫を組み伏せ、彼女らに覆い被さる。
そして乱暴にドレスを破り取り、二人に乱暴を始めた。
か弱き女子生徒二人では、男子三人の力には敵わない。
しかし、それは現実世界での話。
彼女らには『使者』と『巧者』という特殊な能力が備わっている。
「……!? ねえ、薫……! 能力が、発動しないわ……!」
抵抗しつつ、何度も右腕を空に向けるも武具は具現化されない。
それは子音の横で高志と呼ばれた男に組み敷かれている薫も同じことだった。
二人はほぼ半裸の状態にされ、なおも三人の男子生徒に乱暴を加えられる。
「ふふ、そうでしょうね。だって、さっき貴女達が食べた料理に細工をしたから」
店の奥のほうから女の笑い声が聞こえ、二人は視線をそちらに向けた。
先ほどテーブルに料理を運んできた店員の女性。
その女性が不気味に微笑み、舞台の下までゆっくりと歩いてくる。
「うぅ……! あ、貴女は……誰……?」
乱暴をされながら、それでも何度も能力を発動しようと試みている子音。
彼女の問いに答えるべく、店員の女は顔の皮膚をべりべりと剥がし始めた。
その下に見えたのは、見覚えのある顔――。
「……絵里……?」
「ええ、そうよ。久しぶりね、薫、子音。……ふふ、二人ともそれ、似合っているじゃない。どう? 皆の前で裸を晒して、クラスメイトの男子三人に乱暴されて、気持ち良い?」
絵里と呼ばれた少女は、椅子に座ったままの大木の背後に立ち、妖艶に笑った。
そこで初めて、二人はこの少女に嵌められたことに気付く。
「絵里……! あんた……私達を裏切った、のね……! ぐぅぅ……!?」
二人の男子生徒に強引に両足を開かれた子音は、恥辱に頬を赤く染めた。
その様子を満足気に眺めている絵里。
「『裏切った』? ふふ、裏切ったですって。聞いた? 日高くん。やっぱり馬鹿なのよ、この子達は。馬鹿で無知で哀れで、そんなものに私達は巻き込まれたのよ」
「日高……くん?」
二人の視線は死人のようなクラスメイトに注がれる。
確かに絵里は、大木に向かってその名を呼んだ。
日高――。日高、焔――。
のそりと立ち上がった彼は、絵里と同じく顔の皮膚をゆっくりと剥いだ。
再び見知った顔を確認した二人は、恐怖に表情を引き攣らせる。
そして自分達の置かれた立場に、今更ながら気付かされることとなった。
日高焔と井上絵里。
クラスメイト全員で虐めたこの二人が、この場にいる理由――。
――殺される。このまま犯され、惨めに殺される――。
あの死人のような顔は、死神そのものだと直感した子音と薫。
今ここにいるクラスメイトらは、操られているのか、それともすでに殺されているのか。
大木潤一が力を得たという噂も、偽の情報。
彼らと長らく連絡が途絶えていた理由が、ここにあったのだ。
再び口を開く死人の男。
死神と成り果てた、日高焔。
「……井上。『曲者』の力で彼女達の能力は、あとどれくらいの時間、封印できる?」
「うーん、そうね。王者の力で魔力が格段にアップしているはずだから……半日は大丈夫じゃないかしら」
この井上の言葉で、二人はさきほど平らげた料理に、二階堂が持つ『曲者』の力が発動されていたのだと知る。
――絶望。もう彼女らには助かる道が残されていない。
何故、異世界に来てまでこのような目に遭うのか。
その問いに対する答えを、二人はすでに知っていた。
日高麗子を殺してしまった代償――。
これは報復だ。
そして彼女に強要してきたことを、今、この場で再現されているのだ。
「たす……けて……」
「私達が悪いんじゃないの……。あれは秋山くんが……」
涙を流し、懇願する二人。
それがすでに無意味だと知っていても、懇願せずにはいられない。
死んでしまっては、それで全てが終わってしまう。
生きてさえいれば、またやり直すことができる。
「…………」
日高から二人に向けられたのは、最初と変わらずの無表情だった。
クラスメイトの女子の裸体が目の前にあったとしても、眉一つ動かさずに彼は井上にこう告げる。
「……朝になったら、ここに戻って来る。それまでは君の好きなように凌辱すればいい。でも最期に殺すのは僕だ。全身をバラバラにしても、好きなように繋ぎ合わせても、はらわたを引き摺り出してもいい。脳と心臓だけは破壊せず、置いておくんだ」
「はいはい。日高くんったら、男の子なのにこういうのあまり好きじゃないんだから。普段の性欲の処理って、どうしてるの? 教えてくれたら私、一生懸命勉強するんだけど」
井上の言葉にも無反応のまま、日高はその場を去った。
その背中を不満げに眺めていた井上だったが、気を取り直し、彼の椅子に腰を掛け足を組んだ。
そして妖艶に笑い、命乞いをし続ける彼女らにこう告げた。
「――じゃあ、あと十二時間。私が受けた苦しみを一万倍くらいにして返そうかしら。……うーん、そうね。子音。まずは貴女の、その長い両足から切断しましょうか」
「ひっ……!?」
少女の悲痛な叫び声が、死者の集まる店内に鳴り響いた。