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幸福な時間

 要塞都市グランザルの郊外に、一風変わった店があった。

 その店は異世界より現れた人間をもてなすのに十分すぎるほど、内装に凝ったお洒落なバーだ。

 店内は活気に溢れ、旨そうな料理や酒が次々と運ばれてくる。


「まさかこの世界に、こんな素敵なお店があったなんて……。料理も美味しいし、ドレスまで用意してくれるなんて、私たち夢でも見ているのかな」


 真っ白なドレスに身を包んだ少女が、うっとりとした表情で話す。

 彼女の隣には紫のドレスに大きなリボンを付けた別の少女が、同じような顔で食事を楽しんでいた。


「ホントそうよね。だから私はこっち・・・にしたほうが良いって言ったのよ。秋山くん側に付いたら、毎日戦いばっかで大変そうだし。今も剣王なんたらっていう化物と戦ってるらしいよ。隆一も美佳も、よく付いていけるよね」


 赤い血の滴る牛の肉を旨そうに平らげてしまった少女。

 近くにいる店員に声を掛け、おかわりを注文する様子から察するに、この世界に来てからまともな食事にありつけなかったのだと想像できる。


「あははっ! 子音ってホント調子良いことばっか言うよね。前はあれだけ秋山くんに取り入ってたのに、もう大木くん・・・・に鞍替えするの? 食事が終わったら話を聞いてみて、それから判断するって言ってたじゃない」


「薫こそ最初は訝しがっていたくせに、このお店に招待された途端に態度を変えたじゃない。それに高志や美鈴、綾香だって大木くんのグループに寝返ってるんだから、やっぱこっちで正解なんだって」


 薫と呼んだ少女に顔を寄せた子音と呼ばれた少女。

 彼女らの視線は、別のテーブルで食事を楽しんでいる男女に注がれている。


「秋山くんのグループは隆一と美佳の二人だけ。こっちの大木くんのグループは高志と美鈴、綾香に明日葉。陽一に玲奈に、詩鶴と涼太。ここに私達二人が加われば、他のクラスメイトもこっちに来るに決まってるでしょう?」


 追加で注文した食事と飲み物がテーブルに運ばれ、一旦顔を離した子音。

 眼下に広がる料理につい生唾を飲み込み、ナイフとフォークを取り出して食事を再開した。


「まあ、そうだよね。でも絵里はどうかなぁ。あの子はどっちにも入れてもらえないような気がするけど」


 飲み物を口にし、嘲笑うかのようにそう呟いた薫。


「あ、やっぱ薫もそう思う? でも今頃きっと調子に乗ってると思うよ。なんたって『勇者』の力を手にしているんだから。あー、でも駄目か。あの絵里じゃ、力の使い方すら分からないかも」


「それ、言えてる! いじめられっ子の絵里だもんね。秋山くんも大木くんも、どっちもあの子の事を嫌ってたから、万が一仲間に入れてもらっても掃除係とか男子達の性欲処理くらいにしか使われないかも!」


 二人の少女の下品な笑い声が店内に木霊する。

 しかしそれも活気ある店の雰囲気に流され、誰も気に留めた様子は無い。


 店で食事をしているのは、異世界から来た彼らの仲間だけだ。

 貸切った店内には壁際にライトアップをされたワインがびっしりと並べられ、洒落た内装と一体化していた。

 少女達が憧れる、大人の世界。

 酒を飲んでいない彼女らのうっとりとした表情が周囲に注がれる。


「ごめん、遅くなって。ちょっとやることが残ってて」


 彼女らのテーブルに登場した、一人の男子生徒。

 彼もまたスーツに身を包み、笑顔で隣の席に腰を掛ける。


「ううん、良いの。でも本当に今日はありがとう。こんなに美味しい食事、こっちの世界に来てから初めて食べたよ」


 さっきまでの態度をコロリと変え、少し俯き加減で男子生徒に色目を送る子音。

 向かいに座っている薫も同様の態度に変化する。


「大木くんって、いつもこんなに贅沢に過ごしてるの? これもやっぱり『王者』の力?」


 大木と呼ばれた青年は、軽く笑い上手く話をはぐらかせた。

 彼は店員に何も注文せず、ただ二人の様子を見て楽しんでいるだけだった。


「……もうすぐ二人のためのショーが始まるから、楽しみに待っててよ」


「ショー?」


 大木の言葉に首を傾げる二人。

 しかし、これだけ贅沢な食事ができた後のショーだ。

 きっと素晴らしいものに違いないと彼女らは確信する。


 しばらく食後の珈琲を楽しんだ彼女達。

 すると店内の照明が徐々に暗くなり、店の奥にある小さな舞台がライトアップされた。


「さあ、今日の主役は君達だよ。舞台に上がって」


 席から立ち上がった青年は笑顔で二人の少女をエスコートする。

 一瞬だけ困惑した表情をした彼女らだったが、すぐに笑顔に戻り舞台に上がる。


「なんか恥ずかしいね。スピーチでもやらされるのかな」


「まあ良いんじゃない? 今日からグループに入れてもらえるんだし、ちょっと面白いことでも言って皆を笑わせようよ」


 スポットライトを浴びた少女らの前には数人の男女が集まり、彼女らに祝福のエールを送っていた。

 眩い光に照らされた彼女らには、観衆の表情は読み取ることができなかった。

 大木は二人をその場に残し、舞台から降りて観衆の中に混ざる。


 そして少女らに向かい、最後にこう告げたのだ。


「――偽りの時間・・・・・は、これで終わり。幸福なんて、この世界には存在しないよ」


 直後、店内の照明が一斉に消えた。



 

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