高まる殺意
「六神と神原が、この要塞都市に……?」
井上の言葉を聞き、僕はニーベルングの指輪の光を地図に当てた。
確かに『使者』を示す黄土色と『巧者』を示す藍色の光が、ゆっくりとこちらに向かってきているのが分かる。
「どういたしましょう、ホムラ様。我々はすぐにでも剣の国に向わなければならないのですが……」
ユーミルがそう言うと、鼻で笑う井上。
どうやら彼女にはなにか提案があるらしい。
額に血管が浮き出ているユーミルを押さえるのはメリルに任せるとして、僕は彼女の話を聞いてみることにした。
彼女の言う提案とは、次のような内容だった。
このまま六神と神原を待ち伏せして彼女らを殺害し、召喚石を奪う。
そして『使者』の力を僕が使い、剣の国にて応戦中の剣王ベルゼルスに使者を送る。
今の僕は欺の国の宰相という立場にあるから、それを利用しようというわけだ。
ジルにはユーミルから連絡を入れてもらう。
僕が病に伏せている間に彼はすでに南部エリアを制圧してしまったらしいから、ちょうど次の一手を考えているに違いない。
一時的に協力することで剣の国に貸しを作り、その他の国を手に入れた後に奪うのか。はたまた同盟を組むのか。
そこはギジュライがいるのだから、僕が深く考える必要など無いのだが。
「どう? 良い案だと思わない?」
彼女はユーミルに見せつけるように、僕の顔に自身の顔を近づけてくる。
僕がこんな色仕掛けに惑わされないと分かっていて、わざとやっているのだろう。
無表情のまま彼女から顔を離した僕は、閉めたままの窓から外を眺め、記憶を遡る。
六神薫は帰国子女だったはずだ。
親の仕事で世界中を転々とし、僕と姉さんが転入する少し前にあの学校に入学したらしい。
神原子音は何事にも上手く立ち回る女だった。
奴らのボスともいえる秋山に取り入り、女子生徒のリーダー格だった蓮見姉妹とも衝突せずにやりくりしていた記憶がある。
『使者』と『巧者』。
確かに彼女らに相応しい者の力と言えるのかも知れない。
「……」
僕はそっと拳に力を込める。
あの二人も学校に内緒で、秋山の知り合いの大人達と売春をしていたとの噂があった。
帰国子女と立ち回りの上手い女。
さぞや上客を掴んでいたに違いない。
「……日高くん」
僕の様子に気付いたのか。それとも能力を使い、僕の心を読んだのか。
井上がゆっくりと僕に近付き、そしてそっと背中に頭を置いた。
「……そう。あの二人も売春をしていたわ。そして私もあいつらに強制されて、腐った大人達に売られた――。感情なんて、そのときに無くしたわ。……無くさないと、生きていけなかったから」
「……」
僕は黙って彼女の独り言を聞く。
姉さんが奴らの標的になる前は、井上がその役をやらされていたことは知っている。
でも僕は忘れない。
標的が姉さんに移ったときの、彼女の歪んだ笑みを。
僕は振り返り、無表情のまま井上の首に手を掛ける。
「……いいわよ。今、ここで殺して。そのまま力を込めて、喉を潰して、首の骨を握り潰すの」
首を絞められながら、彼女は笑っていた。
馬鹿にした笑いではない。本気の、狂った笑みだ。
僕は彼女から手を放し、軽く溜息を吐いた。
「……君には利用価値がある。価値が無くなれば、奴らと同じように、殺す」
「けほ、けほっ……! そう、ね。楽しみに待ってるわ」
苦しそうに咳き込んだ井上だが、未だ目は笑ったままだ。
彼女も僕と同等か、それ以上に狂っている。
脅しは利かない。そもそも脅しにすらなっていない。
「ユーミルー。なんだかあの二人、どんどん仲良くなってないか?」
「メリルさんまで、そのような戯言をいうのですか! あんな気持ち悪い小娘に、ホムラ様が取られてしまっても良いのですか!?」
少し離れた場所で騒ぎ出した二人。
これ以上、この部屋にいると復讐心が萎みそうだ。
井上の提案に反対する理由もないし、どこか別の場所で六神達を待ち伏せし、彼女らを殺そう。
どんな悲劇を、彼女らに与えてやろうか。
僕だけでなく、井上もあの二人には恨みがある。
ただ殺すだけでは飽き足らない。
あの二人が、最も苦しむ死にざまを――。
泣き叫び、喚き、命乞いをさせ。
破壊し、蘇生させ、再び破壊し、さらなる苦しみを味あわせる。
スパイスとして、多少の期待感を与えてやるのも良いだろう。
――そして最期には、非情な『現実』を彼女らに見せつけてやろう。