狂気の愛
――偽者。
偽りの者。本物ではないもの。
嘘吐き。偽善者。まがい物――。
者の力を得たクラスメイトは皆、その力の名に沿ったエピソードを少なからず抱えている。
この異世界に飛ばされてから、僕はずっと考えていた。
もしも他のクラスメイトのように、僕にも者の力が宿っていたとしたら、それは一体どんな力なのだろうかと。
「そう。貴方は『偽者』。麗子さんが光だとしたら、貴方は影。正義と悪。ホンモノとニセモノ。貴方だってずっと気付いていたはずよ。私も気付いていたわ。日高くんの優しさはまがい物だって」
井上はそっと僕の手を握り、自身の頬に寄せた。
彼女の細い指と頬の温もりが僕の手に広がっていく。
「臆病で卑怯で偽善者で、麗子さんのためだと謳いながら自分の中にある鬱憤を晴らすためにクラスメイトを殺し続けている――。私にはその気持ちが痛いほどに分かるわ。私と日高くんは同じ。虐められていたという境遇も、考え方も、能力さえも酷似している」
彼女は自身の唇を僕の耳に触れさせた。
そして囁くように先を続ける。
「それが、私が貴方を愛する理由。貴方と考えが同じなんですもの。私が麗子さんを慕うのも分かるでしょう? もしも私が日高くんだったら、きっと同じことをするわ」
彼女は僕の耳から唇を離し、そして優しく僕を抱き締めた。
――そういうことなのか。
井上と僕は似た者同士。
つまり彼女の僕に対する偏愛は、自己愛だ。
僕に殺されたいと言うのも、自殺願望の一種ともいえる。
「……無能者かと思えば、今度は偽者か。本当に僕には、何もない。姉さんが復讐を望んでいないことだって、初めから分かっていたんだ。これは姉さんのための復讐ではない。僕が殺したいから。僕の姉さんに酷いことをしたクラスメイトを全員、苦しめたいから。ただ、それだけなんだ」
井上に抱き締められながら、僕はぽつりぽつりと話す。
彼女はそれを黙って聞いていた。
でも僕は後悔なんてしていない。
そんなことは最初から分かっていたから。
僕は偽者。
偽りの心なんて、いくらでも用意できる。
「好きよ、日高くん。だから、これからもあいつらを殺し続けて。私も手伝うから」
僕から身体を離した井上は、僕の目を見つめてそう言った。
彼女はきっと嘘は言っていない。
そして彼女が好きなのは僕ではないことも確信した。
「そして、全員を殺し終えたら――」
彼女の顔が高揚し、歪む。
その表情は狂気そのものだった。
「――絶対に、私を殺してね」
◇
僕の病気を治してくれた井上は、それからすぐに眠らせたままだったメリルとユーミルを起こしてくれた。
目の前に天敵ともいえる勇者の女がいることを知った二人は、当然僕に説明を求めてきた。
彼女が僕の病気を治したと知り、怪訝な表情のままとりあえずは納得をしたようだ。
しかし彼女らの気持ちは晴れることはなかった、
「――話は分かった。でもな、ホムラ! このでっかい獣がいつまた私を喰うか分からないまま、一緒に行動するのは無理があるぞ!」
『グルルゥ……』
叫ぶメリルの目の前には、涎を垂らした白い獣が睨みを利かせている。
さすがにもう一度喰われることはないだろうが、メリルにしてみれば当然の反応だろう。
「あら、貴女はもう不死者なのでしょう? この子に食べられたって死なないんだから問題ないんじゃないの?」
「あるに決まってるだろう! 死ななくたって痛いものは痛いし、それにベチャベチャになるだろうが! あっ、やめろ! 私の頬を舐めるんじゃない! 味見か!!」
獣は大きな口を開け舌を出し、メリルの頬を舐め上げている。
こうやって眺めていると、じゃれ合っているようにも見えなくもないのだが。
「……ホムラ様。私も彼女と共に行動することには反対です。ホムラ様の病を治してくれたことには感謝いたしますが、それでこれまでの行為が無かったことにはなりません」
「ふーん……?」
ユーミルの言葉を聞き、挑発的な笑みを浮かべた井上。
それに反応するユーミル。
「な、なんでしょうか?」
笑みを浮かべたまま、井上はユーミルの全身を舐めるように見回した。
そして鼻で笑った後に口を開く。
「日高くんって、こういうお姉さんタイプに弱いのよね。不死者のくせに綺麗な身体だし、スタイルも良いし。私が一番嫌いなタイプだわ」
「なっ……!」
「どうせ色気を使って日高くんを誘惑したんでしょう? 貴女、欺の国の出身だっけ? あの国の女は男を惑わす術に長けているっていうし。貴女を誤って殺しちゃった日高くんの負い目に便乗して、眷属にしてもらって、それで満足? そういうの、ホントむかつくんだよね」
「あ、貴女は何を言っているのですか……! ホムラ様は欺の国の英雄。今では宰相の地位におられるのですよ……! 私などが眷属にしていただけたのは恐縮ですが、ホムラ様を、ゆ、誘惑など……!」
頬を赤らめたユーミルはそのまま後ろを向いてしまった。
これでは井上が言っていることを肯定しているようなものだ。
「おい、ちょっと! この獣を止めろよ! あ、ちょ、くすぐったいぞ……! ヤメロー!!」
一方で、まだ白い獣と戦っているメリル。
ただでさえメリルが戻って来てから騒がしいというのに、井上と眷属の獣が合流したら大変そうだ。
「井上。その亡冥の王者石を返してくれないか。君には必要のないものなのだろう?」
彼女の手には黒紫色に光る王者石が握られたままだ。
しかし彼女は首を横に振り、僕に石を手渡そうとはしなかった。
「駄目よ。一度貴方と同化したこの王者石は、貴方が触れるとまた同化を始めるわ。せっかく摘出したのに、それじゃ意味が無いでしょう?」
井上はそう言うと、王者石を日の光に当てた。
石から反射した光が部屋の反対側の壁に映し出される。
「じゃあ、その石はどうするんだ?」
黒紫の光は怪しく脈を打っているようにも見える。
まるで人間の心臓のようだ。
「――こうするのよ」
王者石を掲げ、何かの能力を発動した井上。
直後、バリンという音と共に王者石が砕け散った。
「な、何をしているのですか……!」
慌てて井上の手から零れ落ちた王者石を拾い上げようとするユーミル。
しかし彼女の表情はすぐに変化した。
何故なら、床には二つの石が出現していたからだ。
「これは……」
「そう。亡者の召喚石と冥王の王昭石。『解者』の能力を使って、融合した二つの石を元の形に分解したの」
二つの石を拾った井上は、亡者の召喚石を僕に手渡した。
そして冥王の王昭石をユーミルに渡す。
「亡者の石だったら、これからも日高くんなら使いこなせるでしょう? こっちの王昭石は欺王にでもくれてあげたら?」
そう言いニコリと笑った井上。
『解者』の能力は桐生に与えられた力だ。
化学の成績が優秀な彼に相応しい能力というわけなのだろう。
「……本当に、信じてよろしいのですね? ホムラ様の復讐の手助けをしてくださると」
立ち上がり、井上の目をまじまじと見つめてそう言ったユーミル。
かつての敵を、彼女は受け入れる覚悟ができたのだろうか。
「別に? 信じなくても構わないけど。私が勝手に日高くんに付いて行って、勝手に助けるだけだから」
ユーミルから目を逸らした井上はつまらなそうにそう言い、後ろを向いた。
どちらにせよ、僕らには選択肢が無い。
亡冥の王者の力を失った僕と、勇魔の王者である井上との力の差は歴然だ。
彼女が僕をサポートしてくれるのであれば、それに越したことは無い。
彼女を利用し、そして最後はお望み通り殺してやろう。
――それが彼女の望みであり、僕の望みでもあるのだから。




