偽りのクラスメイト
「ん……」
日の光を感じ、僕は目を覚ます。
そこには先ほどと同じように井上の姿があった。
一体どれくらいの時間眠っていたのだろう。
恐らく半日は経っていないのだろう。
井上の背には暖かな日の光が降り注いでいた。
「おはよう、日高くん。身体の痛みはどう?」
日の陰になっており、彼女の表情はよく見えない。
だが声色は優しかった。
本気で僕を心配している、そんなふうにさえ感じてしまった。
「……」
僕は無言で起き上がる。
そして手、足、首の順で動作を確認した。
特に痛みは感じない。
それよりも、今まで感じていた全身の気だるさが綺麗さっぱり消えていた。
「ふふ、良いみたいね。日高くん、これが何か分かる?」
ベッドの上に置いたままのある物を持ち上げ、僕に見せた井上。
人間のこぶしほどの大きさのそれは、日の光を浴びて怪しく黒紫色に輝いていた。
――見覚えがある。
その大きな宝石は、冥王の王昭石と良く似ていた。
「これはね、日高くん。『亡冥の王者石』よ。王者石は召喚石と同じく、能力者の心臓と同化するの。通常それを取り出すことは死を意味する。けれど、それを唯一取り出す方法があった」
「……それが新島が持つ『医者』の力、というわけか」
僕がそう答えると、彼女はこくりと首を縦に振った。
この身体の軽さは、僕の体内から亡冥の王者石が抜き取られたことが原因ということなのだろう。
ならば僕は再び『無能者』に戻ったのだろうか。
僕はポケットに仕舞ってある召喚石の中から適当な石を取り出し、能力を発現する。
召喚石はいつも通り光り輝き、僕の右手には大きな手裏剣が握られた。
――しかし、重い。
今の僕にはこれを標的に当てられるだけの腕力が無さそうだ。
軽く溜息を吐いた僕は、具現化した手裏剣を消滅させ、再び井上に視線を上げた。
「『医者』の力を使って、僕の体内から亡冥の王者石を摘出した。君の目的は僕をまた『無能者』にすることだったのか?」
ギロリと睨む僕の目を、じっと見つめているだけの井上。
もはや彼女と僕の力の差は天と地ほどに離れてしまった。
――これが彼女の狙いか?
僕を無能者にすることで、秋山らが王者になるための時間稼ぎをしているのだろうか?
……いや、違う。
それならば、今ここで僕を殺せば済む話だ。
そもそも『医者』の力を使って僕を助ける必要もない。
ならば王者石が本当の目的だろうか?
……それも違う。
大木も冥王もすでに死んでいるのだから、亡冥の王者石も意味を成さない。
「ふふ、悩んでいる日高くんも可愛いわ。言ったでしょう? 『貴方を助ける』って。このままだといずれ貴方は亡者と冥王の両方の呪いを受けて死んでいたわ。『亡者』、『冥王』どちらの石も貴方の身体には適合性が無いの。そんなことは貴方だって最初から分かっていたのでしょう?」
「……」
僕の目を見続ける彼女。
その視線から逃れるように、僕は再びベッドに横になった。
僕が大木を殺し、奪った『亡者』の召喚石。
それを飲み込んだのは、力が欲しかったからだ。
「……?」
ふと疑問が脳裏を掠める。
僕が力を欲したのは、あの時僕を待ち伏せしていた井上と烏庭に敗北したからだ。
そしてメリルは殺され、ユーミルは攫われた。
「……まさか……」
僕は起き上がり、再び彼女を見上げた。
日の光が傾き、彼女の表情が露わになる。
――怪しく微笑む少女。
彼女は今、僕の思考を読んでいる。
前に井上に会った時に、彼女は僕にこう言った。
『僕を逃がした目的は、僕に扇と烏庭を殺させるためだ』と。
なのに彼女は僕の唯一の力である拒絶の石を奪ったのだ。
――つまり彼女はすでに、知っていたのだ。
僕が他の能力者の力を使えることを。
そして奪った石のうち、どれかを体内に取り込む可能性を。
『学者』や、それに近い能力を使い、僕の能力や今後の行動を予測し。
『医者』の力を使い、いずれは僕の体内から石を摘出するつもりでいた。
ならば、彼女は知っているはずだ。
僕が何故、彼女と同じく他の召喚石の力を使うことができるのか。
大木にしか適さないはずの『亡者』の石が、一時的とはいえ、どうして僕の心臓と同化できたのか。
「……ふふ、ねえ日高くん。この異世界の歴史には興味がある?」
「歴史……?」
急に話を振られ、困惑する僕。
歴史と聞くと、智の国にあるエルファランを思い出す。
あの街でも僕は井上と再会し、そこで扇を殺したのだが。
「この異世界が二十の国に分かれたばかりのときの話よ。当時はまだ女神も存在していなくて、各国が世界を統一させるために日々争っていたそうよ」
彼女は話を続ける。
今から何百年も前の話。
どこからともなく現れた『女神』と名乗る女性は、異界より二十人の戦士をこの世界に送り込んだ。
力を持つ者の名は『者の力』使いと呼ばれ、各国の王に戦いを挑み続けた。
ある者は勝ち、王者の力を得て世界統一を計り。
またある者は願いを叶え、異界に戻っていったという。
しかしほとんどの者は戦いの最中に命を落とし、女神の願いは叶わずにいた。
「女神がこの異世界に降り立った時は、すでに国は二十に分かたれていたから、きっと彼女は知らなかったのでしょうね」
「? それはどういう意味だ?」
彼女の言わんとしていることが理解できず、僕は続きを催促する。
それを聞き嬉しそうな顔をした彼女は、傍らに置いてある魔法の地図を指差してこう言った。
「ここが魔の国。この異世界の最北に位置する、巨大な国。日高くんは気付かなかった? 他の国に比べて、魔の国だけが異様に大きいことを」
僕は地図に視線を落とし、思案する。
確かに彼女の言うとおり、魔の国以外の国はほぼ同じくらいの大きさの領土に見える。
魔の国だけが大きい理由は、魔王グロリアムの功績なのだと思っていたが、そうではないということなのか。
「女神がこの異世界に降り立つ前。世界は二十一の国に分かれていたのよ。魔の国のちょうど右半分、魔王グロリアムの従弟が治める国――『真の国』が存在していたの」
「真の国……」
その言葉を聞き、僕の心臓がどくんと鳴った。
初めて聞く国の名のはずなのに、何故こうも心がざわつくのか。
「真王ヨハネスは従姉である魔王グロリアムと恋に落ちたの。それを良しと思わない魔の国の宰相が真の国に兵を送り込み、王を殺害した。世界には死因は病死と公表され、真の国は魔の国に併合されたわ」
僕は彼女の言葉をうわの空で聞いている。
ここから先、彼女の口から出るであろう事実を、僕はすでに予測していた。
元々、この世界には二十一人の王が居た――。
それは、つまり――。
「ふふ、そうよ。貴方は『イレギュラー』ではなかったの。女神がそれを知らなかっただけ。これまではずっと異世界の戦士を二十人ちょうどで召喚していたのでしょうね。でも今回は二十一人のクラスメイトを召喚してしまった。だから日高くんにだけは、この世界の王と対になる『者の力』が備わらなかった。……いいえ、備わらなかったのではなく、通常通りに発現しなかった、と言うべきかしら」
二十一人の王に、二十一人の戦士。
歴史の闇に葬られた真王ヨハネス。
それと対になるはずだった、者の力――。
欺の国の宰相、ギジュライも言っていた。
僕が持つ拒絶の石の力は、王者の力なのだと。
今はその力が十分に発揮されておらず、いずれこの石は僕と融合するのだと。
「……君は知っているんだろう? 僕は何者なんだ?」
恐らく拒絶の石の正体は、真王の王昭石とそれと対になるはずだった召喚石が融合した『王者石』の成れの果てなのだろう。
物体を溶かす力は、王者の力で増幅されたものであり、元々はここまで強大な力を秘めていなかったはず。
井上と違い、僕は『他の召喚石を手にしたとき』でないと、その能力を発揮できない点も彼女の『勇者』の力とは大きく異なる。
石を手に入れさえすれば僕は三つの能力を使えるが、彼女は一つしか使えない。
こういったコピー能力が酷似しているのも、対になる王が血の繋がりのある従姉弟同士だったことが原因なのかもしれない。
彼女は僕の問いを満足気に受け入れ、そして再び口を開き、こう言った。
「……ふふ、貴方が手にするはずだった者の力――。真を拒絶し、他人の力を奪い、自身の力に変える能力。貴方は――――『偽者』よ」
僕の頭の中で、姉さんの笑顔がかき消された瞬間だった。




