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勇魔の王者

 次の日の朝。

 痛みと共に目が覚めた僕は、左手に握った聖者の石を発動し蘇生魔法を唱える。

 淡く光る青の光は弱々しく、まるで僕の命の灯火のようにも見えた。


 メリルとユーミルはまだ異界で眠ったままのようだ。

 彼女達にいらぬ心配を掛けたくない僕は、そっと懐からメスのようなナイフを取り出した。

 それを右手に握り、心臓に向け腕を振り上げたところで異変が起きた。


 ――腕が、動かない?


 振り上げたまま、右腕が硬直していた。

 まるで誰かに操られているかのように、僕の命令を受け付けない右腕。


 ……操られている・・・・・・かのように・・・・・

 それはまるで、僕が殺した御坂が持っていた『治者』の能力ではないか。

 彼女はもうこの世にはいない。

 こんなことが出来るのは、僕の知る限りでは唯一人――。


「ふふ、日高くん。面白いことを考えるのね。自分で自分の胸を抉って、病の原因を調べようだなんて」


「!!」


 突如僕の前に姿を現した学生服を着た少女。

 彼女の傍らには大きな獣が喉を鳴らし座っている。


 ――井上絵里。

 僕の憎むべきクラスメイトの一人。『勇者』の女。

 姉さんを裏切った女。僕を裏切った女。


「駄目よ、動いちゃ。……とは言っても、玲奈が持っていた能力の発動時間はたったの五秒。でもちゃんと・・・・発動した・・・・ってことは、私の力はもう日高くんを上回っている・・・・・・ということね」


 彼女はそう言い、僕のベッドの横に腰を掛けた。

 次の瞬間、僕の腕の拘束は解かれ自由となる。

 そのまま僕はナイフを順手に持ち替え、彼女の首筋に目がけて振り上げた。


『ガルルゥ!』


 ガチンと大きな音を立て、獣が僕のナイフを牙で弾き返した。

 しかしすでに僕は拒絶の石を左手に握っている。

 そして右手を獣の額に向け、強く殺意を込めた。


 ――が、能力は発動しない。

 そればかりか強い痛みが全身に走り、僕は拒絶の石を落としてしまう。


「あ……う……」


 気を失いそうなほどの痛みに耐えながら、僕は目の前に座っている女を睨みつけた。

 余裕の笑み。だが殺意は感じない。

 ……メリルやユーミルは、何故起きてこないのだろう?

 彼女達ならばすぐに異変を察知し、異界の門より僕を救うために現れるはずなのに。


「ああ、あの眷属の女達のことね。当然、能力を発動したわ。美佳の能力を使って眠らせているだけよ。大丈夫、以前みたいに・・・・・・殺したりはしないから」


 口元に笑みを浮かべ、そう答えた井上。

 僕の思考を読んだのも、クラスメイトの誰かの能力を使ったのだろうか。

 どちらにせよ、これで彼女が持つ『勇者』の力の正体が判明した。


「ふふ、そう。正解。私の能力――『勇者』は、他の者の力パーソナル使いの能力を引き出せるの。でも引き出せる・・・・・能力は・・・ひとつだけ・・・・・。ここまで言えば、日高くんだったら分かるでしょう? 私がどうやって日高くんの元に辿り着いたのか」


 そう答えた井上は僕の上に跨り、顔を近づけてきた。

 そしてウットリとした表情のまま、僕の唇にキスをする。


 ――彼女が僕らに気付かれずに、グランザムまで来れたのは烏庭の『忍者』の力を使ったからだ。

 魔の国にいるように見せかけたのは、二階堂の『曲者』の力を使った。

 これらは全て、今までに僕がやってきたことと同じ。

 魔法の地図と指輪にサーチされず、僕の居場所までこっそりと近づくことができる唯一の方法だろう。


 ――理由は何だ?

 彼女は言った。『次に僕の前に現れるときは、僕に殺される時』だと。

 今が『その時』とでも言うのだろうか。

 それとも別の思惑があるのだろうか。


「……はぁ。これだけ分かりやすくアプローチをしているというのに、貴方は復讐以外には全く興味が無いのね」


 小さく溜息を吐いた井上は僕の上から降り、再びベッドの横に座った。

 彼女の言葉が僕の心に届くはずもない。

 前に僕を『愛している』と言ったが、僕は君を恨みはすれど愛することなど絶対に無いと言える。

 復讐の対象。姉さんの敵。

 何度殺しても殺し足りない。

 他の奴らと同様、絶望を味わいながら死んでもらう以外に選択肢など無い。


「ふふ、良いのよ、それで。貴方は私を殺す。私は貴方に殺されたい。双方に利益があるのだもの。お互いが幸せになれるのだからそれで良いわ」


 僕の心を読んだ彼女は、表情を変えずにそう答える。

 そして先を続けた。


「……でも、今の貴方じゃ私を殺せないわ。さっきも言ったでしょう? 『私の力はもう、貴方を上回った』って。これの意味が分からない貴方じゃないのでしょう?」


「……」


 彼女の言葉を聞き、僕は左手を強く握りしめた。

 ――そう。すでに僕は理解していた。

 亡冥の王者である僕に、彼女は『治者』の力を発動した。

 使った魔法は恐らく『支配権限』だろう。

 この魔法は力が上位、もしくは拮抗している相手には効果が無い。

 それが発動したということは、彼女は僕よりも能力が高いという、何よりの証拠。

 亡冥の王者である僕よりも、遥かに強い力。

 それはつまり――。


「そうよ。私は王者マスターの力を手に入れた。貴方が病に伏している間に、魔王グロリアムを倒したわ。『勇魔の王者』――。もしかしたら私は、この世界で一番の強さを手に入れたのかもしれない」


 勇魔の王者。

 魔王を倒し、王昭石を手に入れた彼女は、その石を飲み込んだ。

 だが魔王が倒されたとの情報は世界に拡散していない。

 それも彼女が仕掛けた『罠』だというわけだ。

 能力を隠し、自身の標的に近付き、目的を達する。

 彼女は僕と同じことを考えている。

 しかし、その理由が分からない。


 そもそも何故、隠しておきたいはずの能力を僕に明かすのだろう。

 そんなことをしても、僕の復讐心は収まらないというのに。


「ふふ、前置きが長くなったわね。私が日高くんの前に現れたのは、貴方の病を治すため。本当は魔王なんてどうでも良かったのだけれど、日高くんの状況を察した私は再び魔の国に向かったわ。前も言ったとおり、私はもう自身の復讐を遂げたの。私をいじめていた首謀者である烏庭と玲奈は日高くんが殺してくれた。だから今度は私が貴方を助けようと思って」


 そう答えた井上は立ち上がり、先ほど獣に弾かれたナイフを拾い上げた。

 そして刃を日に当て、その光を眩しそうに眺めている。


 ――僕の病を治す? 井上が?

 しかし、彼女ならば僕の病の原因を突き止めているのも確かなのだろう。

 恐らく彼女が使った能力は『医者』の力――。

 この力を手にしているのは新島だったはず。


 彼女はゆっくりと僕のベッドまで近付いてきた。

 再び強烈な痛みが襲い、目が霞む。

 井上は何かを呟いているが、僕にはそれが何なのかは分からない。

 直後、強烈な眠気が僕を襲った。


「おやすみなさい、日高くん。目が覚めたら、貴方の病は治っているはずよ。亡者と・・・冥王の呪い・・・・・が、ね」



 ――薄れゆく意識の中で、井上の声だけが僕の脳に木霊していった。




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