誰も救われない地獄への道
蓮見を殺した僕は小さく息を吐いた。
もう何人もクラスメイトを殺しているというのに、殺したあとの動悸が収まるのに多少の時間を有する。
返り血が完全に蒸発したところで、僕は放心状態となっている戦乙女の末裔に声を掛けた。
「他の者の力使いは何処にいる? ちゃんと教えてくれれば君を殺したりはしない」
僕はその場に屈み込み、彼女の背に手を置こうとした。
その瞬間、女の表情は凍り付き、泣きながら命乞いの言葉を繰り返す始末だ。
この様子ではまともな返答は期待できないだろう。
できることなら無関係な人は巻き込みたくは無かったのだが――。
『待て、ホムラ』
異界の扉を開き女のすぐ傍に出現したメリル。
そして彼女の耳元で何かを囁き、直後、女の意識が消失した。
「妖魔法で眠らせておいたぞ。ちょっとやそっとじゃ起きないだろうから、その辺の森の奥にでも寝かせておこう。おい、ユーミル!」
「ええ、分かっております。ホムラ様、宜しいでしょうか?」
背の低いメリルでは大柄な戦乙女は持ち上げることができない。
彼女はユーミルの助けを借りて女を森に隠そうというわけだ。
僕は何も言わずに首を縦に振った。
そして、ふと二人の口元が赤いことに気付く。
「……? メリル、ユーミルさん。どうして二人とも口が赤いんだ?」
女を抱き起すユーミルに声を掛けると、そこでようやく自身の口に赤い何かが付着していることに気付いた様子だ。
僕は首を傾げたままメリルに視線を移す。
「どうして……ってホムラ。お前がさっき食料を放り込んだからだろう?」
「……食料?」
メリルの返答の意味が分からず、僕は記憶を辿る。
放り込んだ――つまり、彼女らが隠れていた異界の狭間に放り込んだ物。
――それは、蓮見綾香から斬り取った、彼女の手足だ。
「…………そうか」
無垢な表情でこちらを見上げるメリル。
ユーミルも特に何かを言うわけでもなく、戦乙女の肩に手を貸し、森へと進んでいく。
――不死者。
二人はもう、以前のような生活には戻れないのだ。
人の血肉を喰らうことくらい、僕にだって分かっていたはずなのに。
それなのに、いつか彼女達を本当の意味で救えるなどと信じていた。
「おいおい、どうしたんだホムラ? ……もしかして、さっき私がお前の事を『馬鹿』と言ったことを気にしているのか?」
僕の心情を察することができる眷属である彼女が、不安そうな顔で僕を見上げている。
何も言わずに僕は彼女の頭を撫でてやると、くすぐったそうにしながら彼女は小さく声を上げて笑った。
彼女らも、僕と同じで後戻りなどできない。
僕がしてきたことは即ち、そういうことなのだろう。
――ならば、僕と運命を共にしてもらう。
業を背負い、憎しみを糧に復讐を成し遂げるために。
◇
女を森に置き、僕は再び地図を開いた。
ニーベルングの指輪の光は六つともまだ集落付近に集合したままだ。
大きな動きがないことから、奴らはまだ蓮見が死んだことに気付いていないのだと推察できる。
「どうされますか、ホムラ様。一人は上手く殺せましたが、同じような方法がそう何度も通用するとは思えません」
「そうだぞ、ホムラ! 諜報活動はどうした、諜報活動は!」
二人に責められ腕を組み考える僕。
蓮見の持っていた信者の石はこのまま森の中に一旦隠し、彼女が生きているように偽装する。
そして夜になっても集落に戻らない彼女を探しに来たクラスメイトを襲撃し殺す、というのも一つの手段だろう。
「秋山は大木が亡冥の王者になったと思っている。だったら自分の周囲に必ず部下を置くはずだ。一人になることはまず無いと考えたほうがいい」
大木が裏切り、自分の命を狙うとまでは考えないかも知れないが、自分よりも力を持つ者を極端に嫌う彼の行動パターンを考慮しておくことに越したことはない。
だとするならば――。
「狙いはやはり、彼らの中で『何も知らされていない者』……ということになりますね。残り五人の中で、武者の男の側近たる人物は誰なのでしょうか?」
ユーミルの質問に考え込む僕。
あっちの世界で秋山の側近といえば、二階堂と大木の二人の名がまず挙がる。
それ以外のクラスメイトで秋山の命令に絶対服従だった奴ら――。
「……千光寺は、一時期大木と仲が悪かったと聞いたことがある。それに小島は秋山と付き合っていたという噂もあった」
「おお! それはまた大人な感じで、余計にズタズタにしてやりたくなるな!」
メリルが反応したのは、恐らく小島のほうなのだろう。
ユーミルに睨まれ、ただでさえ小さな身体の彼女は肩を竦めて余計に小さくなってしまった。
「『従者』の男と『賢者』の女ですね。ホムラ様の言う通り、その男が以前に『亡者』の男と仲が悪かったとすると――」
「うん。二人には大木の件を伝えているのかもしれない」
「だったら狙うのは残りの二人のほうだな! ええと……この黒と橙の奴らだ!」
そう言い地図を指差したメリル。
黒と橙――つまり小笠原と緒方の二人だ。
「……お? そうこう言っているうちに、光がこっちに向かって来るぞ」
メリルの言葉で僕とユーミルは同時に地図に視線を戻した。
彼女の言う通り、二つの光が残りの三つと別れ、僕らのいる森の方角にゆっくりと近づいてくる。
「『猛者』と『演者』――。どうやらホムラ様の読みは当たっているみたいですね」
ユーミルの言葉に頷いた僕は信者の石を取り出し、静かに寝息を立てている女の手に握らせた。
そして二人に目で合図をし、気配を消す。
「二人の者の力使いと同時に戦うのは、これで二度目……いや、三度目でしょうか。あのときの屈辱を晴らさねばなりません」
「そうだな! ここは私ら眷属の汚名を返上しないと駄目だな!」
そう答えたユーミルとメリルは同時に異世界の門を開き、そこに潜伏する。
――もう、僕らは二度と失敗しない。
そっと小声で呟いた僕は、静かに殺意を高めていった。




