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命乞いをする女

 ゆっくりと目を開ける。

 周囲は鬱蒼と生い茂る森だった。

 僕はすぐに地図に視線を落とし、今いる場所を確認する。


「剣の国の南西、20ULほどにある樹海でしょうか。先ほど確認したとおり、者の力パーソナル使いを示す光が六つ。ここは……部族が住んでいる集落か何かでしょう」


 六つの光が集合している箇所を指差し、そう言ったユーミル。

 光の色は赤、黒、灰、橙、茶、金と様々だ。

 僕の存在――つまり秋山らから見れば『亡冥の王者となった大木』は、まだジルの力により偽装され、彼と共に行動していることになっている。

 ニーベルングの指輪の光に映し出されない僕は死神そのものだ。

 誰も僕の存在を知ることなく、彼らは惨めに殺されるのだ。


「部族……うーん。剣の国の部族で、こんな辺鄙な場所にある樹海に住んでいる奴らって言えば、あいつら・・・・しかいないなぁ」


「はい。古から伝わる戦乙女の血を引くと言われている彼女らですね」


「ああ、そうそう、戦乙女。昔っから妖冥族と仲が悪くて、しょっちゅう喧嘩してた記憶があるぞ」


 腕を組み顔を顰めているメリル。

 その部族が住んでいと思われる集落に、秋山らがいる……?

 地図に映し出された光の動きは静かなままだ。

 つまり戦闘が起きているというわけではない。


「ホムラ様。光が示す者の名はお分かりでしょうか?」


「うん。赤が秋山時雨、黒が小笠原高志、灰が蓮見綾香、橙が緒方美鈴、茶が千光寺隆一、金が小島美佳だよ」


 僕は一つずつ地図に照らされた光を指差して説明する。


「順に『武者』、『猛者』、『信者』、『演者』、『従者』、『賢者』ですね。彼らのリーダーが武者の男だとして、これらの者の力パーソナル使いを同時に相手にするのは危険ではないでしょうか」


「そんなの当たり前だろう。いくらホムラが馬鹿だからって、むやみに突っ込んでいくはずがないぞ。なあ、ホムラ?」


 メリルがそう言うと、ユーミルも同時に僕に向け顔を上げた。

 僕はこくりと首を縦に振り、二人に説明をする。


「まず、秋山たちがどういうつもりでこの集落に来たのかを知る必要がある。このまま二人は異界の扉の中に隠れて、僕も忍者の石を使って集落に忍び込む」


「おお! 諜報活動というわけだな! なんかワクワクするな!」


「メリルさん、お遊びではないのですから、ちゃんと気を引き締めてくださいね」


「う……。わ、分かってるよそんなこと!」


 顔を真っ赤にしたメリルはそのまま異界の扉を開き隠れてしまった。

 少しだけ微笑んだユーミルもそれに続いて姿を消す。

 僕は地図と女神の杖をしまい、20UL先の方角に目を凝らした。


 ――諜報活動。

 僕は隠れたまま、集落の状況を確認する。

 奴らの姿を確認しても、僕は隠れたままでいられるのだろうか。

 あの時みたいに? 何も出来ないまま、姉さんが殺されるのをただ見過ごして?

 ドクン、と大きく心臓が高鳴った。

 しかしすぐにそれは収まる。

 

 確実に、全員、殺さなければならない。


 集落の状況がどうであれ、僕の目標は奴らを確実に殺すことのみなのだから。





 戦乙女の末裔が住んでいるという集落には三十分ほどで到着した。

 そこでまず最初に目にしたのが、あの大量の灰・・・・だった。


『女神の神殿と同じような状況ですね……。やはりあの者達の中に、物体を燃やし尽くす能力者が……?』


 異界より僕の脳に直接話しかけてきたユーミル。

 僕は何も言わずに首を縦に振った。

 恐らくその能力者とは秋山で間違いないだろう。

 そして現実の世界では一番の手下だった大木を、今は一番恐れている――。

 

「も、もう許して下さい……!」


 女の叫び声が聞こえ、僕は意識を集中した。

 声の主のほうに視線を向けると、そのすぐ隣にいるもう一人の人間に目が止まった。

 ――蓮見綾香はすみあやか。『信者』の力を持つ女。

 そして、僕が二番目に殺した蓮見明日葉の双子の妹。

 彼女の足元にひれ伏し、許しを乞うているのは、この集落に住む部族の女だろうか。


「いい加減にしてよね。ホントご飯は不味いし、毛布もボロボロだし、こんな生活耐えられないんだけど」


 彼女がいるのはコテージのような建物だった。

 その奥にもいくつか建物が見えることから、秋山は集落の全てを燃やし尽くしたわけではなさそうだ。

 周囲には蓮見と女以外に人影は見えない。

 蓮見はひれ伏す女を蹴り飛ばし、尚も続ける。


「貴女達って戦う力はそこそこあるけど、秋山君や他の男子を喜ばせることも苦手みたいだし、料理や洗濯その他もまるで駄目。何が『戦乙女の末裔』よ。ホント真面目にやってくれないと……秋山君に燃やされちゃうよ・・・・・・・?」


「ひいぃ……!」


 女の髪を乱暴に掴み上げ、睨みを利かせた蓮見。

 あのクラスメイトらの中では一番大人しくて優等生だった彼女も、今ではこのザマだ。

 ――いや、そうではない。

 彼女はただ人間の面を被っていただけだ。

 本質は姉の明日葉や秋山らと同じく、クズの塊でしかない。

 姉さんに直接的な被害を与えていた記憶はないが、間接的には姉さんの死に関わっている。

 僕は気配を消したまま、そっと彼女の元に近付いていく。


『ホムラ……! 諜報活動はどうしたのだ! ここで手を出したら、残りの五人に――』


 僕の脳にメリルが話しかけてくるが、僕はそれを意識的にシャットアウトする。

 そして左手に治者の石を握り締め、能力を発動する。


「ほら、悪いと思うんだったら私の靴を舐めなよ。ほら、ほら! あはは! あは……?」


 急に動きを止めた蓮見は、何が起きたか分からず目をぎょろつかせている。

 治者の石より発動した能力は『支配権限』。

 彼女は僕の命令により五秒間動くことができない。

 そのまま僕は学者の石に持ち替え、『学びの大筆』を具現化させた。

 墨で塗られた筆は彼女の目を狙い、視力を失わせる。


「あ……が……?」


「これは……? 一体、何が……?」


 身動きが取れないまま暗視状態となった蓮見。

 その五秒の拘束が解ける前に僕は姿を現し、拒絶の石で彼女の口を少しだけ溶かした。

 そして直後に聖者の石で蘇生させ、唇を癒着させる。


「むぐ……! ぐぐぐ……!」


 拘束が解かれたものの、目も見えず口も利けない蓮見は、ただただ狼狽えていた。

 何が起きたか理解もできず、その場で地団太を踏むのみだ。


「少し静かにしてくれないか。他の奴らに気付かれてしまうから」


「!!」


 僕の声が聞こえ、ビクリと肩を揺らした蓮見。

 でも彼女は恐らく、僕が誰なのか理解できないのだろう。

 構わず僕は死神の大鎌を振り上げ、烏庭にしたように彼女の四肢を切り落とした。


「!!!!」


 再びすぐに聖者の石を使い止血する。

 切り取った両腕と両足は異界の門を開き放り込んだ。


「あ……ああ……。とうとう死神が舞い降りたのですね……」


 放心状態になっている女は一人何かを呟いていた。

 騒ぎ出したら殺すつもりだったのだが、この様子であれば放っておいても問題ないだろう。

 僕は彼女の暗視を解き、どういう状況であるかを把握させた。


「!! …………!!!」


 僕の顔を見た瞬間、恐怖に青ざめた蓮見だったが、それよりも自身に起きた状況の方が遥かに恐ろしいらしい。

 口や手足を喪失し、尚も生きている状況に理解が追いつかないのだろう。


「ああ、そうだった。この顔を見ても分からないよね」


 僕の顔はすでに別人のそれと化していたことを思い出す。

 皮を剥ぎ骨を削ったのだから、思い出せなくて当然だ。

 僕は右手を頬に当て聖者の力を発動する。


「……? ………!」


 目を大きく見開いた蓮見は、どうやらまだ僕のことを覚えていたようだ。

 彼女を殺す前に秋山や他の奴らのことを聞こうか迷ったが、あまり時間を掛けるわけにもいかない。

 メリルの言うとおり、冷静さを欠いていたのも事実。

 僕は再び学者の石に持ち替え、右手を彼女の額に当て『知識』を発動した。


 脳裏に流れてくるのは、彼女の記憶。

 しかし、近日の状況は分からない。過去数日間の記憶のみだ。

 でも僕にはこれで十分だった。


 ――彼女は何も知らない。

 僕の能力も、女神のことも、他のクラスメイトがどうなったかも。

 やはり秋山は隠しているのだ。女神が死んだことも、大木が王者になったことも。


「これが何の石か分かるかい? ……そう。君の姉、蓮見明日葉に与えられた『聖者の石』だ。僕は君にしたように彼女を溶かし、そして殺した」


「!!!」


「二階堂も、大木も、御坂も、扇も、烏庭も殺した。そして君も、今、ここで死ぬんだ。本望だろう? 大好きな姉の能力で死ぬことができるんだから」


 もう一度聖者の石を握り、『聖者の槍』を具現化する。

 そして彼女に馬乗りになり、大きくそれを振り上げた。


「死ぬ前に一言だけ喋らせてやろう。大きな声を出すなよ。出した瞬間に、これを喉元に突き刺すから」


 何か言いたげな彼女の意志を汲み、僕は癒着した彼女の唇を元の形に蘇生させた。

 そして彼女は涙を流し、鼻水を垂れ流し、小声で僕にこう懇願した。


「……許して、下さい…。助けて……。死にたくない……。まだ、生きていたい……!」


「――駄目だ」


 僕はそのまま聖者の槍を彼女の心臓に突き刺した。

 パクパクと口を開けたまま目を見開き、痙攣する彼女。

 血飛沫はまるで噴水のように周囲に広がり、僕は全身を赤く染めた。


 槍を抜き、彼女の開いた胸に強引に手を突っ込む。

 そしてむしり取るように『信者の石』を抜き取った。

 僕は立ち上がり、動かなくなった蓮見を冷たい視線で見下ろす。

 そして後始末をするために拒絶の石を握り、最後にこう呟いたのだ。


「……姉さんも『許して』と、何度も言ったんだよ」


 

 蒸発していく血の海は、まるでこの世界に蓮見が存在していなかったかのように淡く消えて行った。




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