欺の国
「今日は本当に助かったぜ。ほれ」
ゼペットから銀貨3枚を渡され、ポケットにしまう僕。
「ありがとうございます。あの、ついでにお聞きしたいんですけど、ここからデスバレスまでの船代ってどのくらいなんですか?」
「デスバレスか? 銅貨6枚で行けるが、あんな野蛮な国になんの用があるんだ?」
「野蛮な国?」
疑問を疑問で返す僕。
「ああ。『欺きの王』といやぁ、残虐で人を騙すのが趣味とかいう最低野郎だと聞いたぜ。ホムラみたいな人間が行くような国じゃねぇ。悪いことは言わねぇからやめときな」
「……」
ゼペットの心遣いが伝わってくる。
彼はきっと、本当に僕のことを思って言ってくれているのだろう。
でも僕には『戦力』が必要だ。
そして欺王を説得するだけの材料を、僕は握っている――。
「……あー、またやっちまった。俺の悪い癖だな。歳をとると、どうも説教臭くなっていけねぇ。船に乗るんなら先に換金所に行きな。銀貨1枚でも乗れるが、そりゃあまりにも贅沢っつうもんだ」
「銀貨1枚で銅貨何枚分なんですか?」
「おいおい、そんなことも知らねぇのかよお前……。ったくしようがねぇ奴だな」
頭を掻きながらゼペットがこの世界の『お金』のことを説明してくれた。
この世界には『宝玉』『金貨』『銀貨』『銅貨』というお金の単位があるらしい。
宝玉1つは金貨1000枚分。
金貨1枚は銀貨100枚分。
銀貨1枚は銅貨100枚分だ。
『宝玉』よりも上の単位のお金も存在するが、それは国単位で扱う大きなお金のために一般には使用しない。
通常、宿代や船代は銅貨5~10枚が一般的で、小銭が持ちきれなくなったら、どの街にも必ず存在する『換金所』という場所で上の単位に換金するか、預けるかを選択する。
一度換金所で預ければ、どの街からも引き出しが可能らしい。
引き出しは本人にしかできないから、スリなどに盗まれる心配がない。
「……初めて泊まった宿代が銀貨3枚で、この街に連れてきてくれた行商に支払ったのが銀貨2枚だったんですけど」
「あちゃー、そりゃまた随分とぼられたなホムラ。ここら周辺の街はだいたい宿代は銅貨3枚、馬車を借りても5枚が相場だ」
大きくため息を吐きそう言ったゼペット。
最初の持ち金が銀貨5枚だったから、銅貨に換算すれば500枚だったわけだから、何も知らなかった僕は簡単に騙されてしまったということだ。
「本当に大丈夫かい? デスバレスにはもっと悪い奴らがわんさかといるんだぜ?」
「はい。でも騙されたり脅されたりすることには慣れていますから。今後、気をつけます」
それだけ答え、頭を下げた僕は工房を後にした。
◇
換金所に向かい、銀貨1枚を銅貨100枚に換金する。
そして少し悩んだあげく、残りの銀貨2枚と銅貨を80枚預けることにした。
必要になったらまた引き出せばいい。
船代を差し引いても手持ちは銅貨が14枚。
食事や宿代に回しても、1日2日はもつだろう。
その足で船着き場へと向かう。
ちょうど出航の時間だったのか、十数名の乗客がすでに並んでいた。
列に並び、船に乗る前に運賃を支払う。
ここから丸一日の船旅だ。
デスバレスにある港に到着したら、すぐに『欺きの王』に会いに行こう。
◇
船は順調にデスバレスへと到着した。
この港町からまた馬車に乗り、20ULほどの場所にある首都へと向かう。
馬車に乗る際に銀貨2枚を請求されたが、銅貨2枚ではないかと言い返してみた。
すると行商は薄ら笑いを浮かべ、言い値で首都まで向かってくれた。
高額な運賃を要求するのは、この世界では挨拶代わりみたいなもののようだ。
それに騙されてしまう世間知らずのほうが悪いのだろう。
約30分ほどで首都に到着し、僕は大きく伸びをした。
デスバレスの首都、《ランドル》。
道行く人々は皆、褐色の肌をしていてかなり軽装だ。
男性は上半身裸、女性は水着のようなものを着ている。
街は大きな中央通りを挟み、左右対称で区切られていた。
向かって右側には道具屋や武器屋、鍛冶屋などが立ち並び。
左側には宿屋や飲食店、酒場などが見える。
中央通りをまっすぐ行った場所に巨大な宮殿が見えた。
あれが欺王ジル・ブラインドが住む宮殿――。
僕は意を決し、中央通りをまっすぐに進んだ。
「待たれよ、旅の者。ここは一般人がむやみに立ち寄っていい場所ではない」
宮殿の入口で長い槍を構えた兵士に呼び止められた。
「『欺きの王』にお話しがあります。女神と《者の力》をもつ者について」
「女神……! 貴様、王の命を狙う異世界人か……!」
殺気だった兵士は声を荒げ、槍の切っ先を僕に向けた。
その声を聞きつけたのか、ぞろぞろと兵士が僕を取り囲む。
「なんじゃ、騒がしい。若は寝起きが非常に悪いのは知っておろう。静かにせんか」
兵士たちの後ろから白髪の老人が何事かと顔を出した。
「ギジュライ様! 《者の力》をもつ者が、我が国に奇襲を……!」
「《者の力》?」
兵士たちを押しのけ、僕の前に立ったギジュライと呼ばれた老人。
きっとこの国の幹部かなにかだろう。
彼に事情を説明すれば、王と話をさせてもらえるかもしれない。
「……違うな。こやつからは《者の力》を感じない。おぬし、この宮殿に何用じゃ?」
兵士を下がらせたギジュライは、僕に質問する。
「王に会わせてください。僕には資格があるはずです。王に会う資格が」
そう答えた僕は、ポシェットの中からひとつの召喚石を取り出した。
すでに光を失った『曲者』の召喚石――。
「!! それは……!!」
目を剥き、驚きの声を上げたギジュライ。
そして数秒間、僕と召喚石を見比べた後――。
「こやつを『王の間』に通せ。若に会わせる」
「ギジュライ様!?」
「わしの命令が聞けんのか。通せ。失礼のないようにな」
「はっ! し、承知いたしました!」
兵士たちを睨みつけたギジュライは、一瞬だけ僕と目を合わせ、そのまま宮殿の中へと戻っていった。
僕は石を握りしめたまま、兵士に従い宮殿内へと足を踏み入れる。
ここからは、『交渉力』が必要不可欠だ。
今まで他人とまともに触れ合ったことのない僕に、果たしてそんなことができるのだろうか。
不安な気持ちが沸き起こるのと同時に、姉さんの姿を思い出す。
すると一気に不安が『殺意』へと変化していった。
僕には目的がある。
それを達成させるためには、どんなことだってする――。
王の間に到着するまでの間、僕はずっと召喚石を強く握りしめていた。