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殺意の大鎌

 僕は両手を耳に当てる。

 この戦いに負ければ、もしくは拒絶の石を取り戻すことができなければ、『口寄せ』でメリルの声を聞くことができなくなってしまう。

 唯一の望みは王らがもつ王昭石だったが、これらは召喚石の力を増幅させるための物でしかなかった。

 異界の者にはその力を具現化することは敵わない。

 すでに十分すぎる力を得た者の力パーソナル使いにとっては当然の制約ともいえる。


 メリルは常に僕を励ましてくれた。

 だから、僕は彼女を助ける。

 何度も失敗し、奪われた僕だけど、今度は取り返す番だ。

 奴らにとっての死神となって――。


「ホムラ様。『勇者』の女が街に到着したようです」


 ユーミルの照らす魔法が地図に淡い光を灯す。

 ニーベルングの指輪により示された白の点はゆっくりと緑の点の場所まで向かっていた。

 迷う足取りではないところを見ると、あらかじめ町外れの宿で扇と落ち合う約束をしていたのだろう。


「ユーミルさんは異界の扉の中に隠れていて。あの白い獣は厄介だから」


「はい。恐らくあの獣も私やメリルさんと同じく、彼女の眷属フォルクなのでしょう。不死であるかは定かではありませんが、気配を消し主の危険を察知することは難しいことではありません。しかし、ホムラ様は忍者の石をお持ちです。そして彼女らはまだ、ホムラ様が他の召喚石の力を使えることを知らない」


「うん。このまま僕は忍者の力で気配を消し、ユーミルさんも異界の扉の中に隠れれば、奴らは僕らに気付くことすらできない。そしてそのまま、あの二人が接触した瞬間を狙う」


 僕がそう言うとユーミルさんは地図をしまい立ち上がった。

 問題なのは扇の持つ『学者』の力だったが、これはすでにジルから詳細を聞いている。

 『学者』に対する王は『智王』――。

 智王ミハエルと欺王ジルは元は同じ王家の繋がりなのだそうだ。

 当然、いつか訪れるであろう異界の者との対決に備えて召喚石の能力をある程度は把握している。


「戦闘に特化した『勇者』と違い、『学者』は歴史や地学の探求から生み出された魔法・術を駆使する、いわば後方支援型のスタイルみたいだ。井上が扇と会う理由は、もしかしたらそこにあるのかもしれない」


 井上は井上なりの考えがあって、秋山らのグループとは別に行動をしている節がある。

 烏庭との接触もそうであったし、今回の扇との接触も何か裏があると考えたほうが良いだろう。

 暗闇の中、僕はユーミルの赤い目と目を合わせる。

 ここから先は言葉はいらない。

 僕の思考は眷属である彼女の思考と繋がっているのだから。


 僕の思考――。


 つまり、殺意・・だ。





「ああ、ヤッホー絵里。久しぶりだね。一回、秋山君たちと集まった以来?」


 宿の一室。

 開いた扉の先に立っているのは井上絵里だ。

 扇の挨拶を聞いているのかいないのか、彼女はただうすら笑いを浮かべるだけだった。


「何よ、どうしたの? 魔王も倒さないで私のいる智の国にまで押しかけてきて、そろそろ理由くらい教えてくれても良いじゃん」


 特に井上の様子に気を留めることもなく、扇は彼女を部屋に招き入れた。

 扉から外を確認し、誰もいないことに安堵した様子の扇。

 平静を装ってはいるが、扉を閉める彼女の手は震えていた。


「理由……。理由、ね」


 それだけぽつりと呟いた井上は虚ろな瞳のまま勝手にソファに腰を下ろした。

 一瞬だけ怪訝な表情に変わった扇だったが、すぐに笑顔に戻り話を先に進める。


「なにか飲む? 珈琲はないけど、この国の紅茶なら宿の備え付けのがあったし」


「ええ、頂こうかしら」


 井上の返答に安堵した様子の扇は二人分の茶を用意する。

 その間も彼女の手は微妙に震えていた。


「……ねぇ、絵里? 貴女、知っているんでしょう?」


「知っている? 何を?」


「またぁ、とぼけないでよ。私は『学者』だよ? 二階堂や大木、それに明日葉が死んじゃったのだって知っているんだから」


「……そう」


 茶をテーブルに運んだ扇は明らかに青ざめていた。

 つまり、彼女は死の恐怖に怯えているのだ。

 何故、自分達が殺されなければならないのか――。

 その理由が分からないほどに、彼女は姉さんのことを何とも思っていなかったのだろう。


「絵里は『勇者』なんだよね? だったら強いんでしょう? それなら秋山君と一緒にこの世界を攻略して――」


「攻略? どうしてこの世界を攻略しなくちゃいけないの?」


「え――?」


 井上の言葉が意外だったのか。

 扇はカップに伸ばした手を止め硬直する。


「な、何を言っているの? もうクラスメイトが三人も死んでいるんだよ……! 他のみんなだって、これからどうなるか分からないし、私や絵里だって――」


「そんなこと、どうでも良いわ。私はこの世界が好きだもの」


「どうでも良い……? どうしてそんなことを言うの……? 絵里は私を……助けに来てくれたんじゃないの? そうだと思ったから私……秋山君の招集を一旦断って、この街で落ち合おうって決めて……」


 俯いたまま、彼女は恐怖と戦っていた。

 殺されたクラスメイトが三人だと言っていることから、彼女はニーベルングの指輪を持っていないのだろう。

 つい最近死んだ烏庭と御坂の情報は、まだ彼女には伝わっていない。


「ちなみに、玲奈も死んだと思う。ここに向かう途中で黄色の光が消えたから」


「え……? な、にを……? 黄色……? 玲奈が、死んだ……?」


「でも不思議なのよね。死んだ直後に・・・・・・黄色の光が・・・・・地図から消えたの・・・・・・・・。……ああ、違うわね。黄色の光が・・・・・消えたから・・・・・、私は彼女が死んだと気付いた――かしら」


 ゆっくりと話す井上の言葉に耳を傾けるしかできない扇。

 そして彼女は続ける。


「そんなことができるのって烏庭君しかいないのよ。でも彼と連絡を取ろうと思っても、返事がまったく返って来ないの。どうしてなのかしら」


「それは……」


 そこまで言って口を噤む扇。

 彼女が想像していることは何なのか。

 僕にはそれは分からないし、知る必要もない。


「――。もしも彼が何らかの方法で烏庭君を殺したとしても、指輪が指す光は冥の国を照らしているわ。もしくは烏庭君と彼が一緒に行動しているのかもしれない。あの不死者の女を取り戻すために彼が烏庭君を追って、そこで返り討ちにあった可能性も否定できない。色々な可能性を探っているのだけれど、どれも腑に落ちないの」


「絵里……! 『彼』って誰よ! もしかしてそいつが明日葉や大木君を――」


「――日高、焔」


 井上がその名を出した瞬間、部屋の照明が一斉に消えた。

 僕は能力を発動し、死神の大鎌を振り上げる。


 

 ――そして、背後から井上の首元へと刃を振り下ろした。




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