亡冥の王者
ベルフの街で御坂を殺した僕は魔法の地図を広げ、そこにニーベルングの指輪を翳した。
智の国に浮かび上がるのは白と緑の光だ。
白は『勇者』、緑は『学者』の召喚石を示す光――。
この二つの光が徐々に接近していることから、やはり井上は扇と会おうとしているのだろう。
「ホムラ様……」
「うん。僕らにはもう時間がない。ユーミルさん、済まないけどジルに連絡をしてもらえるかな」
「畏まりました」
僕の命令を聞きユーミルは魔法を唱えジルと連絡をとった。
『治者』である御坂が死に、その召喚石が僕の手の中にある今、権の国の王ヘルメウスは彼の敵ではない。
すぐに軍を率い権の国を亡ぼすだろう。
そうなれば欺の国は南部エリアに存在した他の三国を全て統一し、この世界で最大規模の国家となる。
「……お待たせ致しました。ジル様はすぐにでも出陣なさるそうです。それと伝言が一つ」
「伝言?」
女神の杖を構えていた僕は、彼女の言葉を聞き終わるまで魔法の発動を躊躇した。
「はい。『決着がついたら、必ず戻ってこい』、と」
「……」
僕はそれには返答せず、杖を魔法の地図に翳した。
決着がつく頃には、僕はきっと――。
無数の青白い光の玉が僕とユーミルの周囲を取り囲む。
瞑った瞼を大きく開き、白と緑の光が集まる場所へと意識を集中する。
残された時間はあと二日――。
それまでに井上を殺し奪われた拒絶の石を取り返さなければ、メリルを復活させることができなくなる。
僕は空いたほうの手でポケットの中にある石を握り締める。
蓮見から奪った聖者の石。
亡冥の王者となった僕の力と聖者、拒絶の石があれば、メリルは――。
「行きましょう、ホムラ様」
「……うん」
ユーミルの冷たい手が僕の手に重ねられる。
不死者の手。
なのに不思議と温かみを感じる手。
――次の瞬間、僕とユーミルは地図の中へと吸い込まれていった。
◇
目を開けると、そこがどこかの街外れであることがすぐに理解できた。
念のためにもう一度魔法の地図に視線を落とすと、ここが智の国であることが確認できた。
「恐らくここは智の国の街、エルファランでしょう。数々の歴史的文献が集められた街と聞きます」
ユーミルの言葉どおり、街の中央にまばらに見える建物は全て古めかしい感じがした。
とうに建物の寿命は尽きているのに、魔法の力で原型を留めているとでも表現すれば良いのか。
「井上は……あと半日もすればここに到着するだろう。扇は反対側の街外れの宿屋にいるみたいだ」
勇者を示す白い光の移動スピードが先ほど確認したときよりも早くなっている。
恐らく井上はあの獣――メリルを喰った化物の背に乗りこちらに向かっていると考えられる。
「どうされますか? 先に『学者』の力を持つ娘を殺し、『勇者』を待ちますか?」
「……いや、それだと井上に僕のことを気付かれてしまう。彼女もニーベルングの指輪と地図を持っているからね。このまま街外れで身を隠し、二人が接触した瞬間を狙う」
僕がそう言うとユーミルは無言で首を縦に振った。
すでに僕は烏庭から奪った忍者の石を使い、ニーベルングの指輪のサーチから逃れている。
そしてジルの体内にある『曲者』の力を利用し、彼と共に行動しているかのように偽装しているのだ。
曲欺の王者と亡冥の王者。
ジルと僕が協力関係にある今、誰も僕らの思惑に気付ける者など存在しない。
それがたとえ、あの秋山であったとしても――。
「……まるであの時――私達が襲われた時のような状況ですね」
彼女はそう言い、一瞬だけ表情を歪めた。
――そう。僕はわざとこの状況を選択したのだ。
あの時僕は井上と烏庭に待ち伏せされ、拒絶の石を奪われ、メリルを殺され、ユーミルを攫われた。
それと同じ状況を、今度はあの二人に味あわせてやるのだ。
僕が受けた絶望を。彼女らが受けた痛みを。
そして、これまでの憎しみを――。
扇詩鶴は秋山に次ぐ、成績優秀な生徒だった。
しかし放課後は女子仲間を連れ、援助交際で小銭を稼ぐような馬鹿な女だった。
そこに姉さんを巻き込み、脅し、最後には自殺に見せかけ学校の屋上から突き落とすという、悪魔のような所業を行った実行者の一人だ。
他のクラスメイト同様、許すわけにはいかない。
思い付く限りの残忍な方法で、地獄を味わいながら死んでもらう。
大木のように体内から臓腑を引っ張り出し、無理矢理回復魔法を使って回復させ、死なない程度に痛めつけるか。
それとも御坂のように具現化した死霊達に犯させ、恐怖に慄かせながら死の絶頂を味あわせてやるか。
――もう、僕は人間ではない。
標的とするクラスメイトを殺すだけの、ただの死神なのだから。




