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復讐に心は必要ない

 目を覚ます。

 強烈な吐き気こそないが、視野が上手く定まらない。

 脱力感が全身を覆っているが、魔力をかなり消耗した証だろう。

 『亡』と『冥』の力を手に入れた王者とはいえ、女神の杖を使いこなすには鍛錬が必要というわけか。


「ホムラ様。少し休まれますか?」


 僕の身を支え、心配そうな顔で見上げるユーミル。

 僕の魔力が低下しているということは、眷属フォルクである彼女もまた魔力を消耗しているということだ。

 出来ればユーミルだけでも休ませたいが、僕らにはあまり時間が残されていない。


「僕は大丈夫だけど、ユーミルさんはどこかで休んでいて」


 眩暈が回復し、周囲を見渡す。

 ここはどうやら街の裏手にある廃墟の庭らしい。

 地図を取り出し指輪を当てると、無事に権の国に転移出来たのだと確認できた。


「私も大丈夫です。……ここは権の国の首都に最も近い街、ベルフと呼ばれる場所のようです。治者の女はすぐ近くにおります」


 地図を指さし、御坂の所在を現す光を確認する。

 彼女は今この街に滞在し、権の国の首都を目指しているのだろう。


 周囲に他の光は集合していない。

 今この街にあるのは彼女を指し示す光と、僕を示す光だけ――。


「ホムラ様」


「うん」


 彼女の意図を理解し、僕は左手に『忍者の石』を握った。

 そして石に込められた力を解放する。

 忍者の石は淡く光り、その光が僕の全身を優しく覆っていく。


「どう? ユーミルさん」


「はい。ニーベルングの指輪の反応が消失いたしました。それと――」


 彼女は再び地図を指さす。

 そこには僕――つまり『亡者』『賢者』『忍者』を示す三つの光の集合体が、冥の国の首都セブレスにて僕の存在を指し示していた。


 事前にジルと打ち合わせをし、彼の体内に眠る『曲者』の石に忍者の力を使い偽装を施しておいたのだ。

 これで僕は、ジルと共に冥の国に滞在していることになる――。


 烏庭の死がクラスメイトらに漏れるのも時間の問題だろう。

 もしかしたらそこから、僕が他の召喚石の・・・・・・力を使える・・・・・という事実が漏れるかもしれない。

 だからこそ僕には時間がないのだ。

 秋山や井上らに対策を練られる前に、早く奴らを――。


「……今は目の前にいる敵を討つことをお考えになってくださいませ」


 血が上りつつある僕の頭を、冷たい身体で優しく覆ってくれるユーミル。

 ひんやりとした不死者の身体が僕を冷静にしてくれる。


 ひとつ大きく息を吐き、ユーミルの胸の鼓動に耳を傾けた。

 トクン、トクンという偽りの心音が僕の脳髄液を振動させる。


「……ありがとう、ユーミルさん。早く目的を済ませよう。御坂が今いる場所は――」


 再び地図に視線を落とし、街の詳細地図を表示させた。

 緩やかに動く光の先には街の西門がある。


「このまま少し様子を見て、彼女が街を出て人気の無い場所まで向かうのを待とう」


「分かりました。その間に少しでも魔力の回復に努めさせていただきます」


 僕から身体を離したユーミルは、異界の扉を開き姿を消した。

 僕は地図をしまい立ち上がる。

 

 そしてゆっくりとした歩調で西門へと歩を進めた。





 三十分は経っただろうか。

 御坂を目視で捉えた僕は、街を出た彼女が人気のない場所まで出るのを、姿を隠しながら尾行していた。

 

 御坂の容姿は召喚された当時とほぼ変わっていなかった。

 学校の制服を着て、長い黒髪を後ろで一つに縛っている。


 彼女の持つ『治者』の能力がどんなものなのか想像がつかないが、用心に越したことはない。

 僕はすでに二度も失敗を犯している。

 ここでさらに失敗を重ねることがあれば、秋山や井上に勝てる見込みなど無いだろう。


「あ……」


 風が揺らぎ、御坂の髪留めのアクセサリーが地面に落ちた。

 その瞬間、彼女の横顔が僕の瞳に映った。


「(……なんだ、あの傷は……?)」


 彼女は頬に大きな傷を負っていた。

 こめかみから下顎にかけて、鋭利な刃物で切り裂かれたような傷が。

 この世界に召喚されてから今までに野党にでも襲われたのか。

 それともクラスメイト同士で仲間割れでも起きたのか。


「……」


 一度深く目を閉じ、深呼吸をする。

 彼女がこの世界でどんな目に遭ってきたかなど、僕には関係のないことだ。

 もうすぐ彼女は死ぬのだから。

 この世に生まれてきたことを後悔するぐらい、彼女は壮絶な死にざまを披露することになる。


 ――僕のこの手で。

 ――姉さんの敵を討つのだから。


「……誰かいるの?」


 彼女の視線の先には何もいない。

 きっと僕の殺気を感じ取ったのだ。

 僕は忍者の力を解き、彼女の前に姿を現す。


「……日高……くん?」


 一瞬目を丸くした御坂だったが、思っていたほどに動揺していないように見えた。

 僕は何も答えず、右手に死神の大鎌を召喚した。


「……ああ……そうなのね……。貴方が……」


 彼女は虚ろな瞳のまま、微動だにしない。

 それどころかうっすらと口元に笑みを浮かべている。

 最後まで、死の間際まで、僕ら姉弟を馬鹿にするのか。

 僕はそのまま大鎌を振り上げ、彼女の目の前に振り下ろした。


 空間を切り裂き、彼女の制服を縦に切り裂く。

 一瞬の静寂の後、真っ二つに切り裂かれ、生まれたままの姿となった御坂。

 それでも彼女の瞳は虚ろなままだ。


「……その全身の傷は?」


 初めて口を開き、彼女に質問する。

 御坂の身体は無数の刃物の傷で覆い尽くされていた。

 すでに傷は塞がっているが、大昔の傷というわけではない。

 明らかにこの異世界に召喚されたのちに付いた傷だと分かる。


「……そうなのね。貴方が、二階堂君や明日葉を殺したのね。他にも音信不通になったクラスメイトがいるけれど……それも貴方の仕業なのね」


「答えろ。その全身の傷はなんだ」


 僕の質問が耳に届かないのか。

 それとも僕とまともに会話をする価値がないと思っているのか。


 大鎌の刃を御坂の首筋に当てる。

 鮮やかな色の血の滴が漆黒の鎌を濡らしていく。


「……見て分からないかしら。分からないのなら教えてあげる」


 ようやく僕と目を合わせた御坂は僕の質問に答えだした。

 それはおおよそ僕の想像どおりの回答だった。


「犯されたのよ。この異世界の野蛮な野党どもに。女神様にあの宮殿に召喚されて、みんなそれぞれの『王』を倒そうと散り散りになったわ。私も権王を倒すために、この国に渡った。その道中で野党に襲われて、それでも死に物狂いで戦ったわ。三人殺してやった。この『治者』の力を使って」


 御坂の独白のような語りは続く。


「でも運が悪かった。すぐに生き残りの野党が仲間を集めたの。こんな女子高生に十数人がかりでね。まだ力の使い方がよく分かっていなかった私はあっという間に捕えられたわ。……そこから先は大体予想がつくでしょう?」


 そう言いニヤリと笑った御坂。

 僕は何も答えない。


「何日も何日も、何人もの男どもに犯され続けたわ。食事も与えられず、水も与えられず。次第に私を犯すのを飽きた男達は、今度は身体を刃物で斬りつけたの。何度も、何度も。私が泣き叫んでも、奴らは止めなかった。むしろ新しい遊びを思いついて喜んでいるみたいだったわ。斬り刻みながら犯す男もいた。そうしたら勢い余って刺しすぎたせいで血が止まらなくなって、それで私が気絶して男達が『玩具を壊すなよ』とか笑いながら喋っていて――」


「もういい。お前はここで死ぬんだ」


 これ以上、彼女の話を聞いても意味がない。

 僕がそれを聞いて許すとでも思っているのだろうか。


「……ふふ……そうよね。貴方は私が憎いんだものね。早く殺して。もう楽になりたいの」


 目を瞑り、一粒の涙を流した御坂は幸福そうな笑みを零した。

 僕は一瞬考え、大鎌を降ろす。


「……? 殺さないの? 早く殺してよ……。もう、疲れたの。だから早く――」


「姉さんに対する謝罪を聞いてからだ。すぐには殺さない」


「……謝罪? 貴方のお姉さんに? 何を謝罪すればいいの? いじめたことを?」


「とぼけるな。お前達が結託して姉さんを事故死に見せかけたんだろう」


「……ああ、そのこと。だから何? あれは大木が馬鹿な真似をしたから、秋山君がクラスのために機転を利かしてくれただけじゃない。秋山君のお蔭でクラスは救われたし、貴方の両親だって秋山君のお父さんから葬儀のときにお金を受け取って――」


「姉さんはあのとき、まだ死んでいなかったんだ」


「……え?」


 ……やはり、御坂は知らない。

 この事実は恐らく、大木と秋山の二人だけしか――。


「ちょっと待ってよ。それってどういう意味……? まさか秋山君が私達を騙して……?」


「謝罪の言葉が無いのであれば、お前にはもう用はない」


 王者の力を使い、骸骨戦士らを召喚する。

 すでに戦意を失っている御坂にはこれで十分だろう。


「『十数人の男どもに斬り刻まれながら犯された』、だったか」


「!! ……まさか……」


 十数体の骸骨戦士は不気味な笑い声を上げながら御坂の周囲に群がっていく。

 それぞれが錆びた剣や斧を構え、彼女に覆いかぶさっていく。


「ひっ……!! 嫌ああぁ!! もうあんな目に遭うのだけは……! ひぎぃ!? こ、殺して……!! もう嫌なの……! お願いだから……早く殺し――痛いいいぃぃ!! 嫌あああぁぁぁ!!」


 御坂の叫び声が荒野に木霊する。

 それはただの叫びではなく、この異世界でトラウマを負った彼女に、もう一度同じトラウマを与えさせた悲痛の叫び。

 骸骨戦士に斬り刻まれ、犯されていく彼女を、僕はただぼうっと眺めていた。


「この……クズ野郎が……!! 姉弟揃って、頭がおかしい奴らが……!! いつか、いつか秋山君がお前を死のどん底に落としてくれる……! 私の敵を……秋山君が……」


 血の涙を流し、呪いの言葉を叫ぶ御坂。

 その醜い顔が、更に醜く刻まれていく。

 

 彼女の死の辱めは、一時間ほどで終了した。


 動かなくなった御坂を未だ弄んでいる骸骨戦士の傍らにひとつの石が転がっている。


 ――『治者の石』。



 僕はそれを拾い上げ、意識を次の目標へと向けた。


















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