一心同体
御坂怜奈――。
『治者』としての力を与えられ、『権王』を倒すために召喚された僕のクラスメイト。
蓮見明日葉が精神的に姉さんを追い詰めた首謀者なのだとしたら。
御坂怜奈は肉体的に姉さんをいじめ抜いた首謀者だった。
姉さんの大事な制服をズタズタに切り裂いたり。
ハサミで姉さんの後ろ髪を掴み乱暴に切り落としたり――。
ある日、体育の授業のあと教室に戻ると、姉さんが耳たぶを押さえて僕と入れ違いに教室を出ていくのが見えた。
嫌な予感がした僕は姉さんの後を追うと、彼女は誰も居ない保健室に入っていった。
扉を開け姉さんに声を掛けると、彼女は慌てた様子でこう言った。
『ちょっと耳たぶを怪我しちゃってね』
僕に見えないように右耳を隠す姉さん。
強引にその手をどけた僕の目に映ったのは――。
――幾重にもホチキスの針で貫かれた姉さんの耳たぶだった。
『ごめん、ホムラくん。また、いじめられちゃった』
笑顔のままそう言った姉さんの目から一筋の涙が零れた。
僕は歯ぎしりをしながら、それでもそっと一本ずつピンセットで針を抜いていく。
毎日、毎日、僕らは地獄を味わった。
御坂だけではない、クラスの全員から、同じような仕打ちを、毎日、毎日――。
◇
欺王ジルとの会談の後、僕は城の庭園で耳を塞ぎひとり佇んでいた。
もうすぐ御坂怜奈を殺せる。
すぐには殺さずに、姉さんが受けてきた苦しみをじわじわと与えながら。
姉さんに対し心からの謝罪の言葉を言わせ、そして――。
掌からメリルの声が聞こえてくる。
彼女の声を聞くと心が安らぐが、僕の殺意が収まることはない。
メリルもユーミルも、すでに僕と心までが一体化してしまったのだ。
僕の殺意は、彼女らの殺意でもある。
それが眷属――僕と彼女らは身も心も一体化した。
「ホムラ様。そろそろ……」
「……うん」
ジルとの話が済んだユーミルは僕の元へと戻ってきた。
故郷の欺の国にも彼女の家族が住んでいる。
国へと戻るジルに言伝を頼んだのだろう。
国民と家族には、ユーミルがこの世を去り、新しい生を得たと説明するのだという。
「本当に、それでいいんだね?」
「はい。すでに私は人間ではありませんから。この新たな生は、ホムラ様と共に」
「……ありがとう、ユーミルさん」
彼女の申し出を、僕は断らない。
もう二度と、ユーミルを手放さない。
愛や恋とは違う、一心同体という感覚。
もう彼女は『もう一人の僕』なのだ。
「……ん? ユーミルさん。メリルがユーミルさんに話があるって」
「メリルさんが?」
彼女の返答に僕は首を縦に振り。
そして右手の掌を彼女の前に掲げた。
「……メリルさん。聞こえますか?」
一瞬の沈黙。
しかしそれもあっという間にかき消される。
『ユーーーーーミルーーーーーーー!! 私がいないからってホムラと二人っきりでベタベタするなああああああああ!!!』
「……」
「……」
いきなりの罵声にユーミルも僕も言葉を失ってしまう。
『くうぅぅ! ホムラ! 今まで私はずっと、復活させてくれなくていいと言ったな! あの発言は撤回するぞ!』
「う、うん……」
『ホムラをこんな色気ムラムラ女と二人っきりになんてさせられるかあああぁぁぁ!! 何をされるか分かったもんじゃない! いくら眷属だと言ってもパーソナルスペースがあるだろ! パーソナルスペースが!』
「パーソナル、スペース……」
メリルの大声が庭園に響き渡る。
が、彼女の声は僕とユーミルにしか聞こえない。
『つまり私がいない間に二人でイチャイチャするんじゃないって言ってるんだ!! もっとホムラから離れて!! 私が知らないと思って、二人で抱きしめ合ったりしてただろ!! キーーー!!!』
……確かに烏庭を殺害し、この城に戻ってくるまでの道中で、僕らは感極まって抱きしめ合ったりしたけれど。
それは別にユーミルが無事でいてくれて嬉しかったからというか。
とくにやましい気持ちがあったわけでも何でもなく――。
『ホムラ! 心の中で言い訳しない!』
「……はい」
『ユーミル! 私がいないうちにホムラに手を出したら承知しないからな!』
「……では、メリルさんが復活したら、手を出しても良いということでしょうか」
『ばばば馬鹿かお前はっ! 駄目に決まってるだろう!! ああもう! 早くこの冥界から私を外に出してくれええええええ!!』
叫び止まないメリル。
僕はそっと掌を閉じ《口寄せ》の発動を停止させた。
「……意外にお元気そうですね、メリルさん」
「……うん。でも彼女がこういう性格だから、僕も救われているんだ」
「はい。早く彼女も助け出してあげないといけませんね」
ニコリと笑いそう言ったユーミル。
僕も彼女に従い首を縦に振った。
「それでは、ホムラ様」
彼女は庭園の地面に魔法の地図を広げた。
僕は何も言わずにニーベルングの指輪を構え、地図に光を当てる。
地図上に点在する様々な光。
その中で『治者』を示す黄色の光を探す。
「治者の力を持つ者は、権の国の首都近辺にいるようです。このままいけば数日後には権王と相見えることになるでしょう」
「うん。その前に御坂に会わないといけない。王者の力を得られてからじゃ厄介だからね」
ユーミルの言葉に答えながら、僕は女神の杖を取り出した。
きっと王者となった今の僕には使うことができる――。
「いくよ、ユーミルさん」
「はい」
地図に女神の杖を翳し、僕は念じる。
僕の手にユーミルも自身の手を重ね、同じように目を閉じた。
二人の周囲を無数の青白い光の玉が覆う。
風景が歪み、脳髄がだんだんと痺れていく感覚――。
僕は魔力を高め、そして一気に解放する瞬間に目を見開いた。
視線の先に地図上の黄色の光を捉える。
その瞬間、僕の意識は地図の中へと吸い込まれていった。
――ぐるぐると、世界が回る。
まるで初めてこの異世界に召喚されたときのような、不思議な感覚。
そして僕は、御坂怜奈のいる『権の国』へと――。




