意外な人物
【注意】残酷描写があります。苦手な方はご注意下さい。
黒く輝く《冥王》の王召石。
それが僕の体内にある《亡者》の召喚石と共鳴し、光を放つ。
僕はそれを拾い上げ、一息に飲み込んだ。
するとすぐに王召石は溶け、僕と一体化する。
「う……」
強烈な眩暈が僕を襲う。
そして側頭部に強烈な痛みが走った。
痛みは内部に侵入し、脳内を駆け巡る。
眼球に強い圧迫感を感じ、僕は強く目を閉じた。
――どれくらい、僕は痛みにもがいていたのだろう。
時間にして五分かそこらだろうか。
痛みが治まり、ゆっくりと目を開けた。
そして、そこに思いもしなかった人物を発見する。
「……ジル……」
欺の国の王、ジル・ブラインド――。
彼は首を骨を鳴らし、僕を見下すような視線でこちらを見ていた。
「……よぅ、ホムラ。久しぶりだな」
彼はそれだけ言い、僕にゆっくりと近づいてくる。
そのあからさまな殺意に僕は身構えてしまう。
――彼は僕を殺そうとしている。
でも、それは容易に想像できたことだ。
今更、何を言いわけする必要があるだろう。
全てが過去の話。
全てが偽りの話――。
「俺様になにか言わなきゃならねぇことがあるんじゃねぇのか? それとも口を閉ざしたまま、惨めにあの世に行くか――」
僕の目の前で立ち止まり、顔を近づけてくるジル。
彼の大きく開いた瞳に醜い顔の僕が映っている。
「……」
僕は、何も答えない。
だが、このまま素直に彼に殺されるわけにはいかない。
僕には成し遂げなければならないことがある。
殺されるのは、全てが終わった後だ。
「そうやってだんまりを決め込んで、心を殺して自分を殺して、復讐を成し遂げたら満足か。俺はお前を許さねぇ。先に俺を裏切ったのはお前だ」
彼の言葉は、今の僕には届かない。
欺王と呼ばれた男が、一体何をペラペラと喋っているのか。
さっさと殴れ。僕を殺せ。
もっと僕に殺意を向けてくれ――。
「……ちっ」
しばらく僕の回答を待ったジルだったが、そのまま舌打ちして僕から顔を離した。
――彼はどうしてすぐに僕を殺さないのだろう?
絶好の機会を与えたのに、僕を生かしておく理由など無いはずなのに。
「あー、面倒くせぇ。芝居は終わりだ。おい、連れてこい」
「……え?」
ジルが近くの木陰に向かい声を上げた。
彼に呼ばれそこに現れた一人の女性と彼の部下である数人の兵士達。
そして兵士達に捕えられている、一人の少年――。
「ひいぃ! ひ、日高! 助けてくれ!」
「……烏庭……」
全身を鎖に繋がれているのは、烏庭涼太だった。
あの日、井上と共に僕を待ち伏せし、大事なひとの命を奪った《忍者》の力を持ったクラスメイト――。
「ホムラ様……」
「あ……あ……」
僕は何故か両膝を突いていた。
どうして自分がそんなことをしているのか理解が出来なかった。
――僕の目の前に立っているのは、あの日、烏庭にさらわれたユーミルだった。
「……どうして……?」
僕は夢でも見ているのだろうか?
いや、それよりも、どうして僕は――。
そっと僕の傍に寄り、優しく僕を抱きしめるユーミル。
彼女の体温はまったく感じないが、その心の優しさが僕に注がれていく。
「――あの日、あの少年にさらわれた日。私は国境付近で欺軍を指揮していたジル様に救出されました。すぐにこれまでの経緯を説明し、ホムラ様をお救いしようと探していたのです」
彼女の言葉がひとつひとつ、ゆっくりと僕の体内に染み込んでいく。
しかし、彼女の言葉に救われる資格なんて、僕には存在しない。
――僕はメリルを救うために、ユーミルを見捨てた。
冥王を倒し、力を得ることを優先した。
彼女が烏庭から酷い目に遭わされることは予想していたのに。
僕には彼女に優しくされる理由も、資格も、無い――。
「ホムラ様。ご自分を責めないで下さいませ。私は貴方の眷属。ずっとずっと、離れていても、ホムラ様のお心は承知しておりました。復讐を成し遂げたいというお気持ちも、メリルさんを救いたいというお気持ちも。――そして、私のことを常に気にかけて下さっていたお気持ちも」
――僕はもう、何も答えられなかった。
何を答えても眷属である彼女には、全てが分かってしまうのだ。
自分の心を欺いても、彼女には通用しない。
「お、おい日高! 聞いてんのかよ! この前はお前に酷いことをしちまったのは謝るから、さっさとこいつらをやっつけてくれよ! 今のお前なら出来るんだろう? その女にはまだ何もしてねぇ! お前を待ち伏せしてたのだって、井上に唆されてやったことだ! 俺は何も悪くねぇだろ? な?」
兵士に捕えられたまま、烏庭が必死に僕の名を呼んでいる。
彼を捕えている鎖は《者の力》を封じる鎖かなにかなのだろうか。
僕が立ち上がると、ユーミルは何も言わずに道を開けてくれた。
「……ジル。君は何もかも知っていたんだね。……僕は君から見て、一体何に見える?」
「ただの阿呆だな。それ以外に言葉はねぇ。さっきも言ったが俺はお前を許す気はねぇ。……でもなぁ。そこのユーミルとか小うるさいギジュライとか、お前を受け入れた俺の国の国民どもがうるせぇンだ。ホムラ、ホムラってよ。欺の国の民は単純な阿呆どもが多いからな。お前と一緒で」
苦虫を噛み潰したような顔でジルがそう言うと、兵士達が軽く笑った。
彼は、彼らは、僕を許そうと言うのか。
何故そこまで僕にしてくれるのだろう。
「……ホムラ様は、私達の国の救世主ですから。たとえ国を救ってくれた理由がホムラ様の復讐のためだとしても、結果はなにも変わりません」
「まあ、そういうこったな。俺が王者たる力を得たのは、紛れもなくお前の功績だ。これだけはどうあっても動かせねぇ。ギジュライのじじいもボケちまったか知らねぇが、それの一点張りだからな」
そう言ってジルも皮肉な顔で笑った。
僕にはまだ、帰る場所があったのか。
それは僕にとって、どういうものになるのだろう。
――その答えが、今この場で証明できる。
「ホムラ……! お前、こいつらと繋がってたのか!? こんな異世界の野蛮人とつるんで、クラスメイトを殺しまくって……! 頭イカレてんのかよ……!」
烏庭に視線を戻した僕は、そのまま彼に近づいていく。
彼が何を言おうと、僕の心に迷いはない。
「……ジル様」
「ああ。お前ら、錠を解け。あとはホムラに任せろ」
「はっ!」
ユーミルの意図を理解したのか。
ジルは部下の兵士に命令し、烏庭を拘束していた鎖が解かれる。
「へへ、やっぱ分かってんじゃねぇか。俺達、友達だもんな? まあ色々あったけどよ、お前も意地張ってないで、井上と秋山君につけよ。秋山君、すげぇんだぜ。もうこの異世界を攻略する方法を見つけたみたいで、他のクラスメイトをみんな集めてんだよ。井上は井上で勝手にやってるみたいだけどよ、あいつの《勇者》の力は侮れねぇからな。もし良ければお前を秋山君のところに――」
「黙れ」
「っ――!?」
烏庭の口を異界から召喚した魔法の針と糸で瞬時に縫う。
何が起きたか理解できず、慌てふためく烏庭。
「次は目だ」
「!!??」
連続して魔法を使い、今度は両目を縫った。
彼にはこの世界を見据える資格もなければ、言葉を発する価値もない。
「……ユーミル。目を瞑っていて」
「……はい。ホムラ様」
僕の意図を理解したユーミルは、目を瞑り後ろを向いてくれた。
ジルや兵士らは、これから僕が行う非道な行為を見守ろうとしている。
「!!! …………!!!!」
「《死霊》」
地面からボコボコと骸骨剣士らが召喚される。
彼らにより目と口を封じられた烏庭が拘束された。
「《大鎌》」
僕の手に漆黒の大鎌が召喚される。
僕はまるで処刑人のように押さえつけられた烏庭の元に歩み寄った。
「!!!……!!! ……!!、!!!」
恐怖に表情を引き攣らせた烏庭は、どうにかして逃げようと暴れ出す。
僕は鎌を振るい、彼の四肢をそぎ落とした。
「!!??!!??」
声にもならない叫びを上げた烏庭。
さすがに周囲にいた兵士達も口に手を当て、目を背ける。
烏庭の周囲は彼の四肢から飛び出す流血で真っ赤に染まる。
胴体だけになりその場でもがく彼は、まるで芋虫のようだ。
僕は右手に聖者の石を握り、彼の四肢の流血を止める。
完全に傷が塞がり、痛みから解放された烏庭は閉じられた目で僕を見上げた。
「《歯車》」
僕が魔法を唱えると、巨大な歯車がいくつも埋め込まれた機械が出現する。
ギリギリと機械音を発したそれは、烏庭の全身に装着される。
「…………!!!!」
「耳だけは残してあるから、よく聞こえるだろう? 生きたまま、巨大な歯車で胴体をねじ切られるのはさぞかし苦しいだろう。でも、誰も君を助けにこない。井上も、秋山も、君を救えない」
徐々に彼の首、胸、腹、下半身が別の方向に折れ曲がっていく。
一秒刻みに、少しずつ。
無機質な歯車の機械音は、烏庭の命を削っていく。
「……!!! ……!!! ……!!!!!」
彼をそのままにし、僕は後ろを振り向いた。
そこには猟奇的な笑みを浮かべたジルが立っていた。
「くく……くくく! お前のその二面性……! やはり俺の目に狂いはない……! くははは! いいぜ、お前のことを許そう! お前と俺、二人の王者がこの世界を奪うんだ! 世界は、欺の国がいただく! くはは! くはははは!」
ジルの豪快な笑い声と、烏庭の声にもならない叫びがリンクする。
――そして数秒後。
全身をねじ切られ絶命した烏庭が消滅したあとには、《忍者》の召喚石が残った。




