決戦
首都セブレスに近づくにつれ、風景が激変していく。
周囲はまるで核爆弾でも落とされたのかと見間違うほど、巨大なクレーターで犇めいていた。
「これは……ジルが?」
間違いない。
これは王者の力を手にしたジルの所業だ。
彼は神にも勝る力を得たのだろう。
『拒絶の力』にも匹敵する、ジルの力――。
彼を止める手立てなど、この世には存在しないのかもしれない。
「き、貴様! 何者だ! ここは戦場――」
「《死花》」
声を掛けてきた冥の国の兵士の頭に亡者の力を発言する。
「あ……が……?」
脳内に埋め込まれた死の花が眼球を突き抜けて咲き誇り、兵士は一瞬にして絶命した。
絶命後も花の浸食は止まらず、兵士の亡骸を食い破り、地面に根を下ろした。
漆黒の花はこの戦地に相応しい――。
「急がないと……。ジルに先を越される前に……」
先ほどから前方に広がる城の周辺で大きな爆撃音のようなものが聞こえてくる。
きっと、あそこにジルがいる――。
僕は少し考えた後、今殺したばかりの兵士の鎧を剥ぎ取り、その場で着ることにした。
この顔とこの格好では、ジルは僕のことに気付かないだろう。
冥の国の兵士に混ざり、冥王の元へ最短で向かう。
「《朧月》」
再び亡者の力を発言する。
偽りの月が僕を照らし、極限まで存在感を薄くする。
誰も僕のことなど気にも留めず、王の元まで辿り着くための魔法。
さあ、もう一度心を殺そう。
――僕はただ、冥王を殺すための機械になればいい。
◇
「ちぃ! あれが王者の力か……! ジル・ブラインドめ……!」
「王よ! もうこの城は持ちませんぞ! 従者とともに法の国に向かい、救援を……!」
「馬鹿を言え! エリウストなんぞに頭を下げられるか! そんなことをしては先代の王に申し訳がたたん!」
「しかし……!」
ジルの軍団の急襲に混乱する城に侵入するのは容易かった。
誰も僕を疑わず、王座の前まで難なく辿り着けた。
「(あれが冥王ゼノン・オルルスト……)」
背丈は僕の三倍はあるだろうか。
僕が持つ死神の大鎌よりも遥かに大きな鎌を持ち、宰相らに指示を出している。
「ここで一旦引かねば、冥の国は終わりですぞ! どうか、どうか分かってくだされ、王よ!」
「ぐっ……」
宰相らのしぶとい説得により、どうやら冥王は法の国に一時撤退をするらしい。
そこで法王の庇護のもと、再び戦える戦力を補強し、国と城を取り戻すのか。
「おい、そこの新入り! 我を法の国まで保護せよ!」
叫ぶように僕の周囲の兵士に指示を出した冥王。
「聞こえないのか! そこのお前だ!」
……いや、違う。
どうやら冥王は僕を指名しているらしい。
一瞬戸惑った僕だったが、これは好機だ。
すぐに気を取り直し、王の問いに答える。
「承知いたしました。では王よ、こちらに」
「他の者はギリギリまで応戦せよ! 憎き欺王に傷の一つでもつけて参れ! 冥の国の名の元、死を恐れてはならん!」
「はっ! 仰せの通りに!」
冥王の指示の元、次々と王座を後にする兵士達。
残されたのは数人の宰相と僕だけだった。
「くそっ……! 我にも王者の力があれば、ジルなんぞ……!」
冥王を連れ、王座を後にする僕と数人の宰相達。
彼らに合わせ、僕は城の非常口から王族専用の馬車へと乗り込んだ。
「王よ。あとは私達に任せて、どうか国の再建を」
「うむ。主らの死は決して無駄にはせん」
残りの宰相も城に残し、僕は冥王を連れ馬車を走らせた。
こんな好機は二度とないだろう。
冥王ともあろう人間が、こんなにも簡単に騙されるとは。
◇
一時間ほど馬車を走らせ、城からだいぶ離れたことを確認した僕は馬を止める。
ここならばジルに見つかることはないだろう。
「……どうした? なぜ馬を止める?」
異変に気付いたのか、冥王が殺気を放つのが分かる。
――でも、もう僕の範囲に入っている。
「《友引》」
「なっ……!」
女神を殺したときのように、僕は異次元の扉を開いた。
そして馬車ごと亜空間に瞬間移動する。
「貴様……! 者の力使いか……!」
ようやく事態を飲み込んだ冥王は巨大な鎌を構えた。
直接戦えば、『王』と『者』の力は五分五分。
だが、ここはもう僕の空間だ。
「《大鎌》」
冥王よりも二回りほど小さい、漆黒の大鎌。
しかしゼペットに強化してもらったおかげで、切れ味も属性値もかなり高まっている。
「くく……くはははは! そうか! 貴様が《亡者》か! ならば貴様を殺せば、我も《王者》となれると!」
豪快に笑いながら大鎌を振り下ろした冥王。
難なくそれを避けた僕だが、一瞬のうちに馬車と馬が真っ二つに引き裂かれてしまった。
「(やはり強さは互角か……。戦闘の経験でいえば、断然あちらが有利。でも……)」
地面に左手を置き、亡者の力を発動する。
「《亡剣》」
魔法陣の出現とともに漆黒の剣が地面が突出する。
「ちっ、小細工を……!」
それを大鎌で薙ぎ払い、今度は冥王が大きく息を吸い込んだ。
「《デビル・ブレイズン》!」
「!!」
真っ黒な霧のような黒炎が僕の全身に襲い掛かる。
黒炎が全身を貫き、身体の内部から燃え上がる。
「くはははは! 燃えろ! 闇の炎に焼かれてしまえ!」
僕は大鎌を左手に持ち替え、右手に聖者の石を握る。
そして回復魔法を発動した。
「……? その力は……《聖者》の力……!」
「《死霊》」
黒炎のダメージを完全に消した僕は、すぐさま骸骨剣士を召喚する。
最大出力でも30体が限度だ。
しかしこの亜空間でそれだけいれば――。
「ぐっ……! 貴様の力は一体……!」
骸骨剣士に阻まれ、手数で押される冥王。
僕は彼の視野に映らないように、ぬらりと亜空間を移動する。
「こんな場所で……貴様なんぞに……やられるわけには!」
大鎌を薙ぎ払い、一閃が骸骨戦士を襲ったが、そこには僕の影はない。
「上か!」
すぐに気配を察知し、上空に大口を開け、先ほどの黒炎を吐こうとした冥王。
しかし、そこにあったのは――。
「漆黒の鎌……! これは罠――」
「《死花》」
時すでに遅し。
冥王が背後を振り向いたときには、僕はすでに彼の脳に種を植えていた。
死にゆく者に手向ける花を咲かす種を――。
「う……うがあああああああああああああああ!」
片目を押さえ、悶え苦しむ冥王。
彼の後頭部が内部から盛り上がり、漆黒の花は急成長する。
「お……の……れ……! この異界人めが……!」
脳を切り裂かれ、両目から蔦が伸びようとも、冥王は絶命せず。
ただただ僕への恨みを込め、死に抗うように右手を伸ばした。
「……さようなら、冥王」
再び漆黒の鎌を召喚した僕は、機械的にそれを振り下ろした。
真っ二つに切り裂かれた冥王の身体。
――そして体内から咲いたのは、おどろおどろしい赤い血に濡れた漆黒の大花だったのだ。
彼が消滅したあとに残ったもの。
それは彼の身体の大きさに似た、まるでブラックダイヤのような王召石だった。




