この醜い姿と同じように
長い荒野の旅を終え、僕はメリルと出会った森に辿り着く。
この森を抜ければ大木がいた要塞都市グランザルがあり、その先に冥の国の首都セブレスがある。
僕に残された時間は残り五日。
ここから真っ直ぐに最短でセブレスまで向かったとしても、二日はかかってしまう。
とにかく僕には時間が無い。
冥王を倒し、王者になることが出来れば、女神の杖を――。
「おいおい、そこの醜い顔のニンゲン。誰の許可があってこの森を通過しようってんだ。あぁ?」
森の中から半獣姿のモンスターがぞろぞろと出現し、僕を取り囲む。
こいつらは……あのときの?
「俺達はなぁ、いま無性にムシャクシャしてんだよ。玩具はいなくなるわ、変な力を持った奴に仲間を一人殺されるわでよぅ」
「……」
奴らは僕のことに気付いていない。
半獣モンスターというのは、脳味噌まで筋肉で出来ているのだろうか。
「おい、無視してんじゃねぇぞニンゲン。その顔じゃぁ、ニンゲンが住む街で生きていけなくなって、この森に逃げてきたっつーところか。けけっ、お前も運がねぇな」
「ここを通りたかったら有り金と持ち物を全部置いていけ。それで命だけは助けてや――びゅ?」
僕の肩に手を乗せようとした半獣の一人の首が宙を舞う。
その表情は今、僕になにをされたのか理解していない顔だ。
「……え?」
首が落ちた瞬間に、僕はその場で一回転する。
僕を取り囲む四人の半獣の腹に、一筋の線が浮かんだ。
「あ……」
「い……?」
徐々に体がずれていく半獣達。
そして次の瞬間、四人の半獣の上半身は地面に落下した。
「ひ、ひいいいいいいぃい!」
「な……何だ……!? 斬られたのか……! おい、こいつ、まさか――」
事態に気付き、逃走しようとする残りの半獣達。
僕は右手に持った大鎌を消滅させ、片膝を突き、地面に手を置いた。
「《亡剣》」
僕を中心に地面に赤い魔法陣が出現する。
そして血塗られた複数の剣が魔法陣から突き上げる。
「ぎゃああああああああああああ!」
「ぐうぅえええぇぇぇぇ!」
串刺しにされたまま身動きが取れない半獣達。
わざと急所を外したおかげで、皆かろうじて息がある。
「ぐふっ……! て……めぇ、は……《者の力》つか、い……!」
「……」
何も答えず、僕は串刺しにされたままの半獣の傍まで歩く。
あのときは、一人だけを見せしめに殺し、残りの者は見逃した。
でも、今の僕にはそんな人間らしい心なんて、これっぽっちも残っていない。
「……けけっ、殺せよ! さっさと、殺せ……! この世は弱肉強食の世界! けけけっ! けひゃひゃひゃ!」
「…………《死霊》」
地面からボコボコと骸骨剣士達が出現する。
後の掃除はこいつらに任せておけば十分だ。
僕はその場を骸骨剣士らに任せ、先を急いだ。
◇
森を抜け、要塞都市に到着したころには日が暮れていた。
このままここに泊まることなく、僕は首都へと急ぐ。
首都への道は石畳で舗装された道だ。
これを道沿いに北へと進めば、首都のセブレスまで到着する。
静かな闇夜の中、僕の足音だけが木霊している。
今は戦争が起きている真っ只中だというのに、この静けさはおかしい。
「……もしかして、すでにジルが?」
彼が冥王を倒し、冥の国を手に入れていたとしたら、どうだろう。
冥王の持つ王召石を、素直に僕に渡してくれるだろうか。
「……」
王者となったジルと、欺の国の軍団と戦うには、あまりにも戦力不足だ。
交渉しようにも、ジル側にとって何も得るものがない。
僕に王召石を渡すということは、余計なライバルを増やすことになるだけだ。
王者は世界に一人でいい――。
きっとジルならそう考えるはず。
そんなことを考えていると、暗闇の先に大きな砦が見えてきた。
岩肌と一体化した、巨大な砦だ。
この先に冥の国の首都がある。
「……これは……」
が、その砦のほとんどが崩壊していた。
辺りに焼け焦げた跡も残っている。
そして冥の国の兵士と思われる遺体も――。
「……が……はっ……」
息のある兵士を見つけ、彼の元へと駆け寄る。
そしてポケットに仕舞ってある聖者の石を取り出し、口が利ける程度に回復させる。
「……これは……貴様は……?」
目を見開き、僕の正体が《者の力》使いだと気付いた様子の兵士。
僕はそっと彼に質問した。
「何があったんですか? まさか、もうここまで欺の国の軍勢が……?」
「……あ、ああ、そうだ。奴らの長、欺王ジル・ブラインドの強さは尋常ではない……。我が王のお命が……お命が危ないのだ……!」
そのまま僕の腕にしがみ付く兵士。
僕が各国の王を脅かす存在だと知っても、彼らの王を狙う異界人だとは思いもしていないのだろう。
本来ならば《冥王》を狙う《亡者》に、回復魔法は使えないのだから。
「貴様が世界の王を脅かす異界の者なのは分かっている……! こんなことを頼むのは筋違いだが……どうか、頼む! 我が王を、冥王ゼノン・オルルスト様を……!」
「……ええ」
兵士の腕を放し、僕はそっと呟いた。
ほっとした表情を浮かべた兵士だが、僕の口の端に笑みが浮かんでいることに気付いたのだろう。
次第に笑顔が消え、恐怖の表情に変わっていく。
そして、僕は彼にこう告げた。
「ええ、貴方の王を、冥王ゼノンを……僕は必ず、殺します」
「貴様――っ!?」
何か言いかけた兵士の口を無造作に掴み、亡者の力を発動する。
彼の体内に、漆黒の大鎌が具現化したころには、彼の魂はすでにこの世に存在しなかった。
――もう、僕はためらわずに人もモンスターも殺せるんだ。
この醜い顔と同じように、僕の心も醜くなればいい――。
絶命した兵士を踏みつけ、僕は砦を抜ける。
目指す先はただひとつ――。
――欺王と冥王のいる、首都セブレスへと。




