拒絶の力
宿に泊まり夜を迎えた。
宿泊代をどうしようかと考えたが、いつの間にかポシェットの中に数枚の銀貨が入っていた。
きっとこの世界に僕らを召喚したときに、女神が一人ひとりに配布した金だろう。
もしかしたら《者の力》を宿さなかった僕に金を渡してしまったことを、今頃悔やんでいるのかもしれない。
それなりに寝心地の良いベッドで横になり、自身の掌を見つめる。
僕のこの『溶かす力』にも何か名前があったほうがいい。
散々悩んだあげく、僕はこの力を『拒絶の力』と名付けた。
誰とも触れ合うことのない僕にはぴったりの名前だ。
僕はこの『拒絶の力』を使って、クラスメイトを全員、殺す――。
問題は彼らをどうやって探すかだ。
二階堂の言葉をそのまま信じるのであれば、皆はすでにあの宮廷を出発している可能性が高い。
そして、それぞれに割り当てられた『王』を倒すため、《者の力》を磨き、世界を旅する――。
僕はテーブルの上に置いたままの2つの召喚石を眺める。
『曲者』の称号を授かった二階堂が、倒すはずだった『王』――。
「……欺王ジル・ブラインド」
あの商人から聞いた、この世界の『王』の名前を思い出す。
『欺きの王』と呼ばれるジル・ブラインドが治める国、《デスバレス》。
ここから東に約50ULほど向かった先にある小さな港から船に乗り。
さらに東へ400ULほど向かうと首都に到着するらしい。
この世界でのULという距離の単位は、kmに直すと、1UL≒0.5kmとなるらしいから、距離にしておよそ25kmほどだ。
「確実に奴らを殺すには、戦力が必要……」
ベッドから起き上がり召喚石を握りしめる。
そして目を瞑り、二階堂を殺した瞬間を思い出す。
僕が無能者だと思い込ませ、相手を油断させれば、殺せる。
しかし毎回そう上手くいくとは限らない。
相手がひとりだという保証もないし、一度でも能力を見られてしまえば、いくらでも対策を練ることができるだろう。
奴らも馬鹿ではないから、2人、3人とクラスメイトが行方不明になれば、おのずと自らが狙われていることにも気付く。
やはり、行くしかない――。
「――欺きの王の国、《デスバレス》へ」
◇
次の日の朝。
宿を出た僕は、港に向かうところだった行商に同行させてもらうことにした。
道中には凶悪なモンスターが出現するが、彼らはモンスター除けの秘薬を常に馬車に振り撒いているため、襲われないのだそうだ。
猛烈な日差しが馬車に降り注ぐ。
3時間ほどまっすぐ東に向かい、港に到着する頃には全身が汗だくになっていた。
「ありがとうございました」
残りの銀貨を手渡し、行商に別れの挨拶をする。
持ち金はすでに空になったから、どこかで船代を稼がなくてはならない。
どうしようかと頭を捻っていた僕の視線の先に、汚い字で書かれた看板が目に入った。
『急募! 鍛冶職人の手伝い業務! 日雇い可能!』。
「鍛冶職人の手伝い……か」
他にも看板がないか探したが、その1件しか見つからず。
とりあえず僕は指定された地図の場所まで歩いていくことにした。
小さな通りを進んだ先に、古びた工房を発見した。
中からは小気味のいい音が鳴り響いている。
「すいません、看板の募集を見たんですけど……」
入口から顔を覗かせ、恐る恐る声を掛けてみる。
「あ? なんだって?」
工房の中から返答したのは、背が小さくて髭面の……ドワーフ?
「あの、看板の募集を見て……」
「募集……? おお! そうだった! てことはアルバイト希望者だな!」
作業の手を休め、台から飛び降りたドワーフのおじさん。
顔全体を髭が覆っているので、笑っているのか怒っているのか声だけでは判断できない。
「お前、鍛冶の経験は?」
下から僕の顔を覗くように質問してくるドワーフ。
「特に……ないんですけど、役には立てると思います」
それだけ答えた僕は、工房の中を見回した。
そして作業台の上に乗っている板の切れ端を右手で掴み、念じる。
すぐに『拒絶の力』が発現し、一瞬のうちに板は溶けて消失した。
「うおっ!? 今、なにをした! 手品か!」
驚いてその場を飛び退いたドワーフ。
僕はしゃがみこみ、簡単に能力の説明をした。
もちろん、僕が女神から召喚された異世界人だとは言わなかったけれど。
「ほう……『溶かす力』か。俺も今までに色々な『能力』を見てきたが……。初めてだぜ、そんなヘンテコな力は……」
「お役に立てそうですか?」
「おうよ! お前さん、その力はある程度は調整とかできるんだろ? なら文句なし、合格だ!」
そう言い、豪快に笑ったドワーフは僕を工房の奥に招き入れた。
薄暗い部屋に灯篭の光が淡く灯った場所。
その一角で大量に放置された木材や鉄材の切れ端。
「見ての通り、鍛冶ってのは大量にゴミが出ちまうんだ。木なんかは燃やしちまえばいいんだが、鉄はそうもいかねぇだろう? お前さんの力で、あれも溶かせるかい?」
顎髭に手を乗せ、ニヤリと笑った……ように見えたドワーフ。
彼の言う『溶かせるか』という意味は、おそらく『消失させることが可能か』ということなのだろう。
「……やってみます」
左手に召喚石を握りしめ、右手を鉄材の上にそっと置く。
そして、念じた。
「おお!」
ジュワっと音を立て、見る見るうちに溶けていく鉄。
そして数秒後に跡形もなく消失した。
「うーむ……。お前さんの『溶かす力』ってぇのは、本来の意味の『溶かす』とはちょっと違うみてぇだな。さっきも感じたが、なんかこう、切羽詰まった想いというか……信念? みたいなものを力に変えてるように思うんだが」
「信念……。確かにそうかもしれませんね」
振り向きもせず、ただそれだけ答えた僕。
「……まあいい。お前さんにはお前さんの事情があるだろうし、余計な詮索はしねぇ。俺が欲しいのは仕事ができるアルバイトだからな。日給で銀貨3枚でどうだ?」
指を3本立て、さっそく給与交渉を始めたドワーフ。
これがどれくらいの額なのか分からないが、とにかく金が手に入れば船に乗ることができる。
僕は振り返り、首を縦に振る。
「おっと、悪ぃ。おれはゼペットっつうしがない鍛冶職人だ。お前さん、名は?」
「僕は……焔。日高焔」
「そうか、じゃあホムラ。ここにある鉄材を全部と、あと裏庭にある分。それを全部処理したら、工房のほうを手伝ってくれ」
「分かりました」
さっそく仕事の指示を出したゼペットは僕の腰を強く叩いた。
気合を入れてくれたみたいだが、僕はあまりこういうのは好まない。
「よっしゃ! 今日は仕事が捗りそうだぜ! がっはっは!」
ゼペットの大きな笑い声が工房内に木霊した。