一つだけの願い
再び目を開けると、そこは見覚えのある場所だった。
僕らクラスメイトが最初に召喚された場所――女神のいる宮殿。
「お久しぶりですね。お元気でしたか?」
ニコリと笑い、そう僕に声を掛ける女神。
僕は何も答えずに、ただ彼女の顔をぼうっと眺めるだけだ。
「ふふ、その顔は色々とあったようですね。この世界に来てから」
ゆっくりと僕に近づいてくる女神。
そして品定めでもするような目で僕の全身を見回している。
「……なるほど。召喚の際にイレギュラーが発生することはしばしばありましたが……。貴方は今までに無いパターンというわけですか」
そう答えた女神はそっと僕の耳に口を近づけた。
「貴方には『資格』があります。……いえ、『資格を獲得した』と言ったほうがいいでしょうか。どうして貴方に、他者に成り代わり、能力を得る力が宿ったのかは分かりませんが、今、貴方は大木潤一という青年に代わり《亡者》の力を得ました」
女神の言葉はまるで僕を誘惑するように。
僕の脳内に響かせるような声で、耳元で囁き続ける。
「私にとって重要なのは、各地に散らばる『王』を倒すこと。貴方が《亡者》となり、《冥王》を倒してくれるのであれば、それで私の目的は達成されます。貴方の望む願いを一つだけ叶えてあげることも出来ます」
「……僕の……願い?」
「ええ。最初にお話ししたとおり、どんな願いでも、一つだけ」
そこまで言って、女神は僕の耳元から口を放した。
そして妖艶な笑みを浮かべたまま、僕の返答を待つことにしたらしい。
「……」
――僕の『願い』。
それを、この女神は叶えてくれると言う。
冥王を倒せば、どんな願いでも、一つだけ――。
「……死んだ人間を生き返らせることも出来るんですか?」
「もちろん出来ますよ。しかし、そうなると貴方は元の世界に帰れないことになります。叶える願いは一つだけ。それでも良ければ、貴方の願いは叶います」
淡々と僕の質問に答えた女神。
その答えを聞き、僕は満足した。
「決心がつきましたか。それでは、もう一つだけ貴方にお願いがあります。《曲者》の二階堂陽一と《聖者》の蓮見明日葉を殺したのも貴方ですね? あなた方が元の世界でどういう関係にあったかは知りませんが……これ以上、私が召喚した者たちを殺すのを止めていただけませんか?」
僕は無言のまま彼女に一歩ずつ近づく。
「すでに《欺王》は王者として覚醒し、各地に戦争を仕掛けています。まあ王同士で潰し合うのは構いませんが、国家が統一され、更なる力を得られては厄介です。一番確実なのは、《者の力》を宿したあなた方が互いに協力して、各地にいる王を倒すことではないでしょうか」
一方的に話す彼女の眼前まで辿り着いた僕は、彼女の瞳を見つめた。
そして、すぐに気づいた。
――同じ目をしていた。
奴らと、クラスメイトらと、同じ目だった。
この女神は最初から最後まで、自分のことしか考えていない。
僕らをこの世界に召喚したのも。
力を与え、王を倒すように命令するのも。
僕がクラスメイトを殺すことを止めさせるのも。
全ては、自己の目的を達成するため――。
「最後に、ひとつだけ聞かせて下さい。僕が得たこの能力って、一体何なのでしょうか」
「それは先ほども言ったとおり、私にも分かりません。もしかしたら大木潤一よりも、貴方のほうが《亡者》として相応しかったのかもしれませんね。21人目のイレギュラーは貴方ではなく、大木潤一のほうだったとしか……」
僕を見つめながら首を捻った女神。
その言葉で、僕は確信した。
――彼女は、本当に何も知らないのだ。
知っているのは、僕が大木に成り代わったことと、二階堂と蓮見を殺したことだけ――。
僕はニコリと笑い、女神に右手を差し伸べた。
その行動に安堵したのか、同じように右手を差し伸べた女神。
そして手と手が触れた瞬間、僕は《亡者》の力を発動した。
「《友引》」
「なっ……!?」
女神と共に地面に吸い込まれていく。
その先に広がるのは亜空間だ。
女神は完全に油断していたらしい。
「《死霊》」
連続して亡者の力を発動する。
直後、僕と女神の周囲に剣を持った10体の髑髏戦士が出現した。
「まさか……! 貴方は……!?」
ようやく事態に気付いた様子の女神だが、僕は彼女の手を放そうとしない。
力一杯に女神のか弱い手を握ると、今にも折れてしまいそうな軋んだ音が周囲に広がった。
「ぐっ……このっ……! 異世界人の分際で、私を……!!」
僕に手を掴まれたまま、女神は魔法を詠唱し始めた。
「んぐぅっ!?」
その口を自身の唇で塞ぎ、彼女を強く抱きしめる。
そして心の中で骸骨戦士らに命令した。
――このまま、僕と共に彼女を串刺しにせよ、と。
「……!! ……!!!」
僕の唇をかみ切り、再び魔法の詠唱を始めようとする女神。
そして最速で詠唱が終わりかけたその瞬間――。
ザシュッ!!
「!? …………うっ…………が…………」
僕と女神の全身を10本の刃が貫いた。
2人から溢れ出た大量の血が亜空間を染め上げる。
「…………ぐっ…………こんな…………自滅行為を…………」
剣が抜かれ、絶命寸前の女神の目の前で。
僕は左手に握った石を見せつけた。
「それは…………《聖者》の…………」
彼女の目の前で聖者の力を発動する。
みるみるうちに全身の傷が癒えていく。
「…………そんな、ことが…………何故…………。…………」
最後まで言葉を発することなく、僕の胸の中で息絶えた女神。
彼女の瞳は僕の顔を映したまま、閉じられることはない。
《友引》を解き、再び女神の神殿へと帰還する。
『ぎっしゃっしゃ!』
『ぎしゃっ、ぎしゃっ!』
骸骨戦士らが嬉しそうに女神の亡骸を見下ろしている。
そして仕留めた得物をよこせとでも言わんばかりの目で僕を振り返った。
「……好きにしろ」
僕の返答と同時に骸骨戦士らは女神の遺体を弄び始めた。
僕は床に腰を下ろし、その光景をぼうっと眺めているだけだった――。




