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ようやく僕は決意をしたんだ

 井上の身代わりとなりクラスメイトに『制裁』という名のいじめを受けるようになった姉さん。

 しかし奴らの矛先は徐々に僕へと向くようになった。


 秋山は姉さんと約束していた。

 弟である僕には手を出さない代わりに、姉さんが『制裁』の対象になると。

 だが事あるごとに仲裁に入ろうとする僕を邪魔だと感じたのか。

 姉さんの見ていない場所で僕はいじめを受けていた。


 僕ら姉弟がいじめを受けるようになってから1週間後のある日。

 2人で下校しようと帰宅の準備をしていたときに、クラスメイト数人に囲まれ、体育館の裏に連れ出された。


 僕らを連れ出したのは蓮見明日葉、扇詩鶴、緒方美鈴、それに二階堂と大木だ。

 彼らはニヤニヤとした顔を僕らに向け、体育館側にある裏門から誰かが来るのを待っている様だった。


 しばらく待ったのち、現れたのは3人のスーツ姿の大人だった。

 嫌な予感がした僕は姉さんの腕を掴み、その場から逃げようと目論んだが――。


「おっと。どこに逃げようってんだよ日高ぁ!」


 姉さんの手を払われあっけなく二階堂に羽交い絞めにされてしまう僕。

 それでも抵抗を止めない僕に、今度は大木が腹パンを食らわしてきた。


「うっ……」


「はは、情けねぇなぁ。そんなに強く殴ったつもりはねぇんだけどな」


「焔くん!」


 項垂れる僕に慌てて駆け寄る姉さん。

 それを見て女子の3人が大笑いをした。


「焔には手を出さないって約束でしょう……! 秋山に言いつけるわよ……!」


 大木を睨み、叫んだ姉さん。

 まだ姉さんは秋山が約束を守っていると信じている。

 僕が、姉さんに真相を伝えていないからだ。


 本当はすでに奴らのいじめの対象となっているのに――。

 姉さんを心配させたくなくて、落胆させたくなくて――。


「あ、やべ。すっかり忘れてた」


 ニヤニヤしながら頭を掻いた大木。

 彼らも僕が姉さんに告げていないことを分かっていてやっているのだ。


「あー、駄目だぞー、大木。秋山君に言いつけられたら、俺らもヤバいぞー」


 白々しくそう答えた二階堂。

 僕は羽交い絞めにされながら姉さんから目を背けることしかできない。


「おいおい、大人の前で堂々といじめをするんじゃないぞ。……で? この子が例の?」


 男達のうちの一人が姉さんを横目に蓮見に話しかけている。

 歳は20代後半から30代全般くらいだろうか。

 他の2人も同じくらいの年齢に見える。


「ええ、そうよ。秋山君の指示で井上さんからこの子に変更するようにって」


「へぇ……」


 舐めるような視線を姉さんに向けた男。

 そして後ろにいる2人の男達とひそひそ話をし始めた。


「ねえ、日高さん。あなた、弟くんのためだったら何だってできるのよね?」


「え?」


 不意に扇が姉さんに耳打ちした。

 目を丸くして返答に困っている姉さん。


「ふふ、大丈夫。実は私達もこっそりやってるから。いいお金になるし」


 扇に続いて緒方が耳打ちする。

 僕には彼女らが姉さんに何を吹き込んでいるのかは聞こえない。


 しばらく2人が説明すると、姉さんの顔が一瞬にして青ざめていった。


「そんな……こと……」


 姉さんはそう呟いた。

 しかし僕と視線が合った瞬間、すぐに目を逸らし口を閉じた。


「出来ないんだったらそれでもいいわ。秋山君にそう報告するだけだし」


「……」


 冷たく言い放つ扇に沈黙してしまう姉さん。

 そこに蓮見が加わり、3人で姉さんに何かを吹き込んでいた。


「姉……さん」


 ようやく声が出せるようになり、姉さんに手を伸ばそうとする僕。

 だが二階堂は僕を解放しようとしないし、大木がまた僕を睨みつけた。


「…………分かった」


 姉さんは俯いたまま、そう呟いた。

 その答えに満足したのか、にっこりと笑った蓮見。


「じゃあ今からお願いね。もう場所も決まってるから。あそこなら誰もこないし、声も聞こえないわ」


「今から……? そんな……」


「お待たせしましたー。日高さん、やってくれるって。振り込みは前にメールした口座にお願いしまーす」


 無理矢理姉さんの背中を3人の男達に向かって押した蓮見。

 困惑する姉さんの表情を見てニヤついている男3人――。


「姉さん……! 駄目だ……行ったら、駄目だ……!」


「あー、うるせぇな。お前は黙ってろ」


 暴れる僕を強く抑える二階堂と大木。

 裏門を抜ける途中で、一瞬だけ姉さんが僕を振り返った。


「姉さ――」


 僕は絶句してしまう。

 姉さんの顔は、もう僕が知っている彼女の顔ではなかった。


 疲れ果て、涙も枯れた姉さんの顔――。

 何もかもを諦めた、顔――。



「ふふ、大人の時間はこれからね」



 悪戯に笑った蓮見の声が僕の脳内に木霊した。





 ようやく二階堂らに解放された僕はすぐに姉さんの足取りを追った。

 商店街、ゲームセンター、公園、近所のスーパー。

 どこを探しても彼女は見つからなかった。


 両親に相談しようとも考えたが、2人とも帰宅はいつも朝方だ。

 姉さんのことだから、絶対に仕事中に電話をするなと注意するだろう。

 

 僕が、一人でどうにかするしかない――。

 蓮見は何と言っていた?


 ――『あそこなら誰もこないし、声も聞こえないわ』。


 近所に人気のない施設などなかったはずだ。

 ならば市街か?

 車で連れ去られたのか?


「……くそっ!!」


 足元にある石を蹴とばし、何もできない自分にイライラが募る。


 なぜ、僕はいつもこうなんだ?

 姉さんに頼ってばかりで、肝心な時に彼女を守ることもできない。

 無力で、非力で、弱虫で――。

 もう、自分自身が嫌になってくる。


「……姉さん……」


 彼女は今、どういう目に遭っているのだろう。

 あの男達は何者なのだろう。

 僕ら姉弟が何をしたっていうんだ。

 僕らをこれ以上苦しめないでくれ。


 ――誰も救ってくれない。

 ――誰も守ってくれない。


 救ってくれたのは、いつも姉さんだけだ。

 守ってくれたのは、いつも姉さんだけだ。


「……姉さん……姉さん……」


 次第に心が歪んでいく。

 この世の全てが憎しみで満ちていく。


 もしも、姉さんが今よりも酷い目に遭っていたとしたら――。



 僕の心の中で少しずつ殺意が芽生えていった瞬間だった。




















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