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それ以上に現実は腐っていて

 井上と友達になってから1週間が経過した。


 毎日のように3人で登校し、お昼休みには一緒にお弁当を食べた。

 土日の連休には電車に乗り、近場の遊園地に遊びにいった。

 

 教室での嫌なことは、休日に遊ぶことで忘れられた。

 井上もこの1週間でずいぶんと明るくなったように思う。


 ある日、井上は姉さんのいない隙に、僕にこう告げた。

 『日高くん。本当に、ありがとう。私、日高くんのこと――』。


 その先の言葉を遮ったのは姉さんだ。

 いつもの満面の笑みで僕らの前に登場し、『あれ、もしかしてお邪魔だった?』と笑ってみせた。


 顔を真っ赤にして反論した井上。

 それを茶化す姉さん。

 僕は頭を掻き、そっぽを向くことしかできなかった。


 あのとき、井上の言葉を最後まで聞いていたら、僕はどう返答しただろう。

 しかしもう、彼女からその先の言葉を聞くことはなかった。


 ――何故なら、次の日のHRの後から、僕と姉さんの環境が激変したからだ。





 いつものとおりに3人で登校し。

 いつものとおりに3人でお弁当を食べた。


 その日の授業が終わり、HRも終えた後。

 僕と姉さんは数学教師の飯原先生に呼ばれ、職員室へと向かっていた。


 そしてレポートを提出し、教室に戻ろうと扉を開けた瞬間、異変に気付いたのだ。


「……! 何をしているの……!!」


 慌てて教室に入る姉さん。


 クラスメイトはまだ全員教室内に残っていた。

 そして井上の机の周りを取り囲んでいた。


 姉さんい続き、僕も彼らの元へと急ぐ。


「お、来た来た。良かったな井上。正義の味方の双子が戻ってきて」


 ケラケラと笑いそう切り出したのは烏庭だ。


「やめてよ。双子とか言われると私達姉妹も仲間に見られちゃうじゃない」


 蓮見姉妹の姉、明日葉がそういうとクラスメイトに笑いが起こった。


 井上を囲っているクラスメイトらを掻き分け、彼女の元に辿り着いた僕と姉さん。

 しかし井上の姿を見た瞬間、僕と姉さんは言葉を失ってしまった。


「う……。ううぅ……。見ないで……見ないで……焔くん……」


 泣きながら懇願する井上。


 ――彼女は、椅子に座らされていた。

 しかし、衣服を身に付けていなかった。

 そして身体中に油性マジックのようなもので落書きをされていた。

 すぐに目を逸らした僕だったが、『メス豚』という文字だけは読みとれてしまった。


「こ、んな……こんな酷いことを……貴方達は……!」


 声を詰まらせながら、上着を脱いで井上に羽織らせた姉さん。

 しかしその手は恐怖で震えていた。


「お前らさぁ、なにも知らねぇくせして良くそんなことが言えるよなぁ」


 ニヤニヤしながら二階堂が発言する。


「知らないって……何がだ!」


 精一杯の虚勢を張って、僕は叫ぶ。

 自分でも声が震えているのが分かるが、そんなことを気にしていられない。


「彼女の父親のことだよ。君達だって知らないんだろう? 井上絵里の父親は、去年警察に捕まったんだよ。婦女暴行容疑で」


「え……?」


 秋山の言葉に困惑する僕と姉さん。

 井上に視線を向けると、彼女は項垂れたまま泣いているだけだった。


「彼女の父親は、平たく言えば『レイプ魔』だったんだ。余罪も5件以上あるらしい。しかも狙うのは中学生っていうとんでもないクズだっていう噂さ。信じられないだろう?」


 秋山の言葉にクラスメイトが同意の声を上げた。

 ――それが、井上がいじめられていた理由?

 でも、それは――。


「……それが、一体なんだっていうのよ」


 肩を震わせながらそう答える姉さん。

 皆の視線が姉さんに注がれる。


「……井上さんは関係ないじゃない。確かに彼女のお父さんは大変なことをしてしまったかもしれないけど……」


「はぁ? 関係ない? 関係ないこたぁないだろ。父親がレイプ魔だぞ? じゃあその娘はレイプ魔の娘じゃねぇか。同じ血が通ってるクズってことだろうが」


「うぅ……!」


 桐生の言葉に井上が泣き崩れてしまう。

 しかし、姉さんは引かなかった。


「……もう、いじめなんて、やめようよ。これじゃあ、井上さんが可哀想だよ……」


 姉さんは、泣いていた。

 もう、どうしていいのか分からないといった表情で――。


「じゃあ、君が彼女の代わりになればいいんじゃないかな」


「……え?」


 秋山の氷のように冷たい声が木霊する。

 僕はその言葉を聞いた瞬間、全身に電流が流れるような感覚に陥った。


「やめろ!」


 僕は咄嗟にそう叫んでいた。

 そして姉さんを庇うように、クラスメイトらの前に立ちはだかった。

 しかし、クラスメイトらは一斉に笑い出す。


「なんだこいつ、ヒーロー気取りか?」

「姉さんを守る僕カッコいいとか勘違いしてるのかな」


 僕は耐えられなくなり、拳を強く握りしめた。

 しかし、その手を姉さんの手が包み込んだ。


「姉さん……」


 彼女は真っ直ぐに僕の目を見つめた。

 そして悲しそうに首を横に振った。


「……でも……」


 納得のいかない僕は、その手を振り払おうとする。

 しかし、姉さんは僕の手を解放しようとしない。


「ふふ、決まりだね。じゃあ、今日から井上さんじゃなくて、日高さんに僕らの『制裁』を加えよう。それでいいかな、みんな」


 秋山の言葉にクラスメイトが同意した。

 当然、僕は声を荒げて反論する。

 しかし、すぐに大木と二階堂に取り押さえられてしまう。


「いいかい、日高さん。このことは誰にも言ってはいけない。言えば、井上さんはもっと酷い目に遭うし、そこにいる君の大事な弟――焔くんも取り返しのつかないことになるかもしれない」


「秋山……!」


 秋山の言葉が脳内を木霊し、僕は叫ぶ。

 すぐに口を押えられ、強く腹部を殴られ、うめき声を漏らす僕。


「やめて! …………分かったわ。誰にも言わないから、焔に手を出さないで。お願いだから……」


「……ね、姉さん……」


 胃の中の物が喉元まで逆流し、その場で蹲る僕。

 駄目だ、姉さん。

 そんな約束をしては、絶対に、駄目だ――。


「ふふ、明日から楽しくなりそうだね」



 気を失いかけている僕の耳に、秋山の悪魔のような言葉がそっと届けられた――。


















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