表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/63

姉さんの強さに憧れたが

 その日はそのまま井上と一緒に僕らは下校した。

 意外にも家の方角が同じで、明日からは3人で一緒に登校しようという話になった。


 井上を見送る姉さんの横顔はすごく寂しそうだった。

 そして井上が見えなくなるまで手を振った後、そっと僕の胸に顔を埋めて、泣いた。


「姉さん……」


 僕の胸で静かに泣く姉さんの頭を優しく撫でる。

 彼女の頭を撫でながら、僕は明日からのことに思いを馳せる。


 井上と友達になったはいいが、明日から僕らは教室でも彼女と共に過ごすことになるだろう。

 今までは隣の席とはいえ、近寄りがたい雰囲気があったから彼女と会話をしたことがなかった。

 クラスでいじめに遭っている生徒と『仲良くする』とは、一体どういうことに繋がるのか――。


 しかし姉さんが涙を流している理由は、自分の保身のためでないことは確かだ。

 彼女は本当に、心から井上のことを心配していた。

 昔から姉さんはそうだった。

 だから僕は姉さんを誇りに思うし、姉さんのことが大好きなのだろう。


 彼女が聖母のような『光』を携える存在であるならば、僕は彼女を支える『闇』にならなくてはならない。

 ――万が一、姉さんがクラスメイトらから狙われることがあれば、僕がすべきことは何だ?

 担任の石原先生も校長も当てにならない。

 うちの両親も毎晩遅くまで働いているから相談をするのは無理だろう。

 警察に頼る?

 それとも、僕自身が姉さんの盾となって――。


「……ごめん、焔くん。貴方まで巻き込んじゃって」


 僕の胸から顔を放し、涙を拭う姉さん。


「どうして謝るの? 姉さんは正しいことをしたまでだよ」


 再び歩き始めた姉さんの横に並び、そう答える僕。


「うん……。でも……明日から大変だね」


 下を向いたまま、不安そうにつぶやいた姉さん。

 本当は彼女だって怖いのだ。

 誰だって自分がいじめられるのは怖いだろう。

 ――いや、違う。

 姉さんが怖がっているのは、きっとそうじゃない。


「姉さん」


「うん?」


 彼女に向き直り、僕は宣言する。


「僕は大丈夫だから。井上や姉さんと違って男だし、いざとなったらいじめ返してやるさ。だから僕のことは心配しないで」


 本当は、怖い。

 新しい環境でそれなりに人間関係を構築して、残りの高校生活をそれなりに過ごしたい。

 正義感を片手に自分が損をするような人生を送りたくない。

 井上のことも信頼のできる大人に事情を説明して任せたい気持ちのほうが大きい。


 何より姉さんのことが心配だ。

 姉さんが僕を心配しているのと同じように、僕だって姉さんを――。


「んぐっ!?」


 急に僕の唇を抓った姉さん。

 なのでタコのような口になったのは言うまでもなく。


「ふふ、格好良いこと言っちゃって。焔くんが他人をいじめるなんて、できるわけないじゃない」


 少しだけ笑顔が戻った姉さん。

 その顔が見れただけで、僕の心にも晴れ間が戻ってきた。


「うーうー、うーうーうー(できるよ。姉さんのためだったら、僕は、何でも)」


「あはは、焔くん、何を言ってるか全然分からなーい」


 唇から手を放し、笑いながら後ろ向きに歩く姉さん。

 彼女のこの笑顔を、僕はこれからもずっと守り切っていくんだ。


 ――しかし、その約束が守られることはなかった。




 次の日から、僕と姉さん、井上は毎日一緒に登校するようになった。

 楽しそうにお喋りをしながら教室の扉を開けると、ざわついていた教室内が一瞬で静かになった。

 昨日まで仲の良い友人を演じていた蓮見や二階堂、大木なども僕らに対し冷ややかな視線を向けた。


 僕と姉さんは気にすることなく席に着く。

 井上の席は僕と姉さんの席のちょうど真ん中だから、彼女を挟み込むように机を少しだけ移動させた。

 HRが始まるまでの、ちょっとした談笑のときによくやる席移動だ。

 他のクラスメイトだっていつもやっているし、石原先生が来たらすぐに戻せばいい。


 僕ら3人は放課後にゲームセンターに寄ろうとか、服を買いに行こうとか、友人らしい会話に花を咲かせた。

 井上も遠慮がちに、それでも嬉しそうな顔で会話に混ざってきた。


 僕らが話していると、周囲から小さな声が聞こえてきた。

 『何あれ』『やっちまったな、新人さんたち』『せっかく仲間に入れてやろうと思ってたのに』。


 姉さんの表情が変わる。

 井上も青ざめた表情になった。

 僕は声のする方向に鋭い視線を向けた。

 するとすぐに顔を背け、小さく笑い声が上がる。


 笑っているのは中山と新島だ。

 2人が何やらこそこそ話をすると、彼らの周囲にいるグループが一斉に笑い出した。

 それを見てニヤニヤしている他のクラスメイト達。


「……大丈夫よ、井上さん。そろそろ石原先生が来るから、一旦机を放すね? お昼休みに、また」


 小さい声で井上にそう伝えた姉さん。

 井上も遠慮がちに首を縦に振った。


 ――もう、僕たちは後戻りできない場所まで来てしまった。


 机を放し、筆記用具を出そうと身をかがめると、誰かの足が見えた。

 顔を上げると、そこには蓮見が腕を組んで立っていた。


「……ふん」


 見下すように鼻を鳴らした彼女は、そのまま席を通り過ぎる。

 彼女のあとに続いて六神と御坂が僕に冷ややかな視線を向けて通り過ぎていった。


 昨日まで、優しく接してくれていたクラスメイト達――。


 その全てが、今、この瞬間から、僕と姉さんを『敵』だと認識した。



 ――そして、この日を境に、僕らの高校生活は崩壊していった。


















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ