少年の決意
二階堂を殺した僕は、彼の残した召喚石を拾い上げ、その場を去った。
彼に与えられた『曲者』の力を宿した召喚石。
これを僕の力に変換できないかと考えたが、まるで反応はなかった。
僕が最初に与えられた召喚石のように、ただの石ころと化していた。
あのとき、女神は言った。
「貴方には能力が発現しない」と。
ならばこの『力』は、一体何の力なのだろう。
とにかく今は、この力を検証したい。
二階堂は僕と会うことを誰にも告げていないと言っていた。
ならば、彼が死んだことを知る人間は僕以外にはいない。
問題は女神だが、もしも二階堂が死んだことを知ったとしても、それが僕の仕業だとは思わないだろう。
しばらく歩くとオアシスのような場所を発見した。
喉がカラカラだった僕は、急ぎ足でそこまで向かった。
「……ん」
泉で喉を潤し、一息つく。
まだ少し、手が震えている。
初めて、人を殺した。
でも、思っていたよりも僕は冷静でいられた。
この力を使えば、僕は復讐を成し遂げることができるかもしれない。
僕はポケットから召喚石を取り出す。
さきほどと同じように、左手で石を軽く握る。
そして身近にあった小枝を右手で握り、殺意を込める。
ジュワっという音を立て、小枝は消失した。
左手に握った召喚石に視線を移すと、やはりわずかに光が灯っていた。
今度は地面に右手を翳す。
そして先ほどよりも強く殺意を込めた。
左手の召喚石が先ほどよりもわずかに強い光を発する。
そして数秒後――。
「……まさか」
僕は慌ててその場から離れた。
ゴゴゴ……! という音とともに地面が徐々に溶けていった。
しばらく離れた場所からそれを観察し、元の場所へと戻る。
オアシス周辺の地面が、直径約5メートルほどのドーム状にえぐれていた。
地面に触れ、状態を調べてみる。
溶かされた跡のようなものは残っていない。
これでは知らぬ人が見たら『溶かされた』とは思いもしないだろう。
しかし、僕が得た力は『対象を溶かす力』だ。
それがナイフでも人でも、小枝でも地面でも。
溶かされた証拠を残すことなく、消滅させる――。
ふと腰に付けたポシェットに飲みかけのペットボトルがあることを思い出し、中身を捨てる。
その中に泉の水を汲み、考える。
液体を溶かすこともできるのだろうか。
二階堂が消滅するとき、体液や血液も蒸発していたから可能なはずだ。
僕はもう一度、自身の持つ最大限の殺意を込め、泉に手を入れた。
すると地鳴りのような音が周囲に響き渡った。
泉が――沸騰していた。
そして、数十秒が経過したのち――。
――泉の水は完全に消失したのだった。
◇
オアシスを去った僕は、腕時計に搭載されている方位磁石に従い南に進んだ。
道中では見たこともない獣が我が物顔で闊歩していたが、見つからないようにひたすらまっすぐに進んだ。
力を手にしたとはいえ、きっと僕は他のクラスメイトよりも力が弱いのだろう。
本来であればこの召喚石に眩い光が宿り、僕の身体と融合するはずだ。
でも、それでいいと思った。
僕の目的は、女神の望み通りこの世界の『王』を倒すことでも、元の世界に戻ることでもない。
ただ姉さんの敵がとれれば、それでいい。
僕ら姉弟の復讐が果たせれば、僕は死んでしまっても構わない。
姉さんのいない世界で僕一人が残されても、何も意味などないのだから。
延々と続くと思われた砂漠だったが、半日ほど歩くと街が見えた。
しばらくこの街に滞在し、情報を収集しよう。
◇
街には様々な商人が道行く人々に声を掛けていた。
ここは商人の街なのだろうか。
言葉が通じないかと心配だったが、しっかりと日本語に翻訳されて僕の脳内で処理されているようだ。
「今日は特売日だよお兄さん! なんたって女神様が召喚した20人の戦士様が王の圧政から世界を救ってくれるっつう記念日だからな!」
身近にいた商人が嬉しそうに僕に声を掛けてきた。
すでにこの街にも僕らの噂は広まっているみたいだ。
しかし『20人の戦士』ということは、僕はその中に含まれていないということだ。
「すいません、少しお聞きしたいんですけど」
「おう、何でも聞いてくれ! 俺ぁ、今日は機嫌が良いんだ! 何でも答えてやるぜ!」
人当たりの良さそうな商人は、僕の質問に色々と答えてくれた。
――まずは、この異世界のこと。
この世界は20人の『王』と呼ばれる権力者が治める世界で、それぞれが《王の力》というものを宿しているらしい。
魔王グロリアムや剣王ベルゼルスなど、凄まじい剣技で世界の覇権を握ろうとする者。
法王エリウストや天王ヘイラーのように、魔法の力を駆使し他国を牽制する者。
権王ヘルメウスや智王ミハエルのように、人心を掌握する者などさまざまだ。
彼らの圧政により、世界中の人々が苦しんでいると商人は興奮気味に話した。
――そして、女神に召喚されたクラスメイトのこと。
女神が放った召喚魔法により呼び出されたのは、20人の王と渡り合えるだけの力を宿した《者の力》というものを駆使できる戦士達。
『勇者』となった井上絵里、『武者』となった秋山時雨。
そして僕が殺した『曲者』である二階堂陽一などがそれに当たる。
『勇者』は『魔王』に匹敵し、『武者』は『剣王』に匹敵するなど、『者』と『王』の組み合わせが存在する。
この世界の本当の『王者』となるのは、果たしてどちらなのか――。
これが女神の描いたストーリーというわけだ。
「兄ちゃん、ど田舎の出身かい? こんな常識話、誰だって知っているんだがねぇ」
首を傾げる商人に笑顔だけ返した僕は礼を言い、その場を去った。
《王の力》に《者の力》――。
20人の王に、20人のクラスメイトたち――。
やはり、僕だけが除け者だ。
二階堂を殺すことができたのも、彼が油断していたからに違いない。
ならば僕は、この力を隠そう。
このまま無能者を演じ、クラスメイトらを油断させ、ひとりずつ、確実に殺す――。
これは、僕と姉さんの復讐劇だ。
世界のことなど、知ったことか。
必要なのは、ブレない心と『殺す力』のみ――。
日が傾きかけた街で、少年はそう心に誓った。