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幸せな日々が続き

ほむらくん? もう準備はできた?」


 新調した制服に袖を通しながら姉さんが僕に聞いてくる。


「うん。転校初日から忘れ物なんてしたくないからね。昨日のうちに全部カバンの中に入れておいたよ」


 姉さんに背を向けたまま僕はカバンの中身をチェックする。

 もう一体何回目だろう。

 この真新しい制服も、きっとそう汚れることもなく役目を終えるのだろう。


「ふふ、大丈夫よ。お父さんもお母さんも、しばらくはこの街に滞在することにしたって言ってたし。少なくとも卒業までの1年半は新しい学校で過ごせるわ」


 長い髪をゴムで結んでいる姉さんと目が合い、少しだけ目を逸らしてしまう僕。

 姉とは言っても彼女のほうが生まれてくる順番が少しだけ早かったに過ぎないのだ。

 つまり、僕らは双子の姉弟ということ。


 姉さんは母さんの若い頃にそっくりで、僕は父さんの若い頃にそっくりだと昔から言われてきた。

 双子なのに全く似ていない姉弟――。

 登校するときも街に買い物に向かうときも、2人で一緒にいるところを知らない人に見られると、いつもカップルだと間違われてしまう。


「うーん? どうして目を逸らすんですかー? 焔くーん」


 口元をニヤリとさせた姉さんは、ここぞとばかりに僕に顔を近づけてくる。

 ……いつもこうやって姉さんは僕をからかってくるのだ。

 そして僕はその度に顔を赤くして、さらに姉さんを喜ばせてしまう。


「い、いいから! なんでもないよ!」


 咄嗟に姉さんを押し返そうと手を前に出す。

 

 むにゅ――。


「うわっ! 焔くんがおっぱい触った!」


「あ、ちょっと……! ち、違うよ、これは……!」


 大げさに胸を隠し、頬を膨らませた姉さん。

 しかし本気で怒っていないのは顔を見れば分かる。

 ……これではいつもの姉さんのペースになってしまう。

 せっかく新生活が始まって心機一転しようというところで、これではまたイジられキャラに逆戻りだ。


 僕は騒ぎ立てる姉さんから逃げるようにカバンを拾い上げ、部屋から出ていった。


「こら、ちょっと! 私を置いていくなー!」


 慌てて僕を追いかけてくる姉さん。

 その姿を見て母さんが目を丸くしているのが視界の隅に見えた。


「お母さん、行ってきます!」


「あ、おはようお母さん! 今夜も遅いんでしょう? 夕飯はまた作っておくから、ちゃんとチンして食べてよね!」


 僕に続けて姉さんが母さんに早口でなにかを伝えている。

 母さんは眠そうな顔で手をヒラヒラとさせて僕らを見送ってくれた。

 あの様子じゃきっと朝方に帰宅したのだろう。

 父さんもまだ寝室から出てきていないから、2人して午前様だったというわけだ。


 靴を履き、玄関を出る。

 日の光に目を細め、僕は朝の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


「お、もう観念したか、焔くん」


 僕がもう逃げないと確信したのか。

 革靴を履きなおし、姉さんは笑顔でそう答えた。


「……だって、学校までこのまま走るのはさすがに疲れるし」


「いかんなぁ、将来を担う若者がそんなんでは」


「姉さんは僕と同い年だろ!」


 僕が突っ込むと姉さんはぺろっと舌を出しニコリと笑った。

 僕は大きくため息を吐き、そのまま学校に向かい歩き出す。


 僕の横を同じペースで歩く姉さん。

 彼女のシャンプーの匂いが風にそよぎ僕の鼻腔を擽る。


「ねえ、焔くん。今度の学校ってどんな感じなのかな」


「どんな感じって……。一昨日の三者面談だと普通の感じだったけど」


 姉さんの質問の意図が分からず、素直に思ったことを告げる僕。


「うん。私もそう思ったけど、なんていうか……なんか、変な視線を感じたんだよね」


「変な視線?」


「そう、『視線』。学校中の生徒が私達を見てる……とでも言えばいいのかな」


 姉さんは顎に手を置き、なにやら考えている様子だった。

 一体なんのことを言っているのだろう。

 こんな時期に双子の転校生が学校見学に来たら、珍しがって見るくらい普通だろう。

 ……しかし、姉さんの勘は良く当たる。

 しかも、決まって『悪い方向』に。


「やめてよ、姉さん。入学早々、問題を起こさないでよ?」


「あら、言うわね焔くん。さっきはあんなに思いっきり私のおっぱいを掴んだくせに」


「それは今関係ないだろ!」


「左右の大きさが変わったらどうしてくれるのよ。……あ、もしかして、もう片方を揉んで大きくしてくれるとか――」


「するわけないだろっ!!」


 僕がそう叫ぶと、通行人がギョッとした顔で僕らに視線を向けた。

 慌てた僕は冷や汗を掻きながら早歩きで先へと進む。



 普段と同じ、朝――。

 普段と同じ、他愛もないやりとり――。


 姉さんは何かを感じていたみたいだけど、きっとそれは気のせいだ。

 僕らはここで、この新しい学校で、卒業式まで過ごす。


 大学はまだどこにするかはっきりとは決めていないけど、恐らく姉さんと同じ大学になるだろう。

 僕ら2人はきっと、いつまでも一緒にいる。

 だって双子の姉弟なのだから。


 姉さんが『表』だとしたら、僕は『裏』だ。

 もしくは『光』と『影』と言ってもいい。


 お互いがお互いの考えていることを理解し、尊重し、補い合う――。

 それはとても素晴らしいことで、とてもかけがえのないものだ。


 ……?

 どうして僕は今、こんなことを考えているのだろう。

 ……きっと姉さんが不吉なことを言ったからだ。


 姉さんの勘は確かに良く当たる。

 だから、用心に越したことはない。


「ちょっと~! 速いよ、焔くん~!」



 後ろから姉さんの声が聞こえた気がしたが、何故か風の音にかき消され――。


 ――そのせいで僕の心は余計にざわついてしまったのだった。



















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