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憎しみの糧

 次の日の朝。

 森を出発した僕たちは北に位置する山岳へと向かった。


 空には厚い雲が覆い、今にも雨が降りそうな天気だ。

 僕はポシェットから地図を取り出し指輪を翳す。


 昨日と変わらず白い光は一点を照らしたまま動かない。

 僕はメリルとユーミルを振り返り、お互いにアイコンタクトをとった。



 山岳に足を踏み入れ、昨晩立てた作戦通りに皆が動く。

 メリルは気配を消し、上空からタイミングを見て急襲。

 ユーミルは異界の扉に潜み、僕が『拒絶の力』の発動に失敗したときに備える。


 メリルの急襲に意識を逸らした井上を、僕が背後から近づき、彼女を『溶かす』――。

 今回は蓮見や大木のときのように、死の苦痛を与えることに重点を置かない。

 これは一時期でも友人であった彼女への、僕のせめてものはなむけだ。


(……いた)


 制服姿の井上を発見し、僕は左手の召喚石を握りしめた。

 彼女は岩垣に座り、本を読んでいるようだった。


 周囲には彼女以外誰もいない。

 僕は足音を立てないように、ゆっくりと彼女の背後へと迂回するように進む。


 息を殺し、全神経を左手に集中する。

 『殺意』は能力発動の直前まで溜めておく。

 そして右手で彼女の身体に触れた瞬間、一気に放出する。


 目標の位置まで近づくことができた僕は、上空に左手を掲げてメリルに合図を送る。

 次の瞬間、風を切り、井上に向かい上空から急降下していくメリル。


 井上はそれでも、まだ岩垣から動かない。

 本を読む手を止めず、音のする上空に視線を向けようともしない。


 ――何かが、おかしい。

 

 そして、僕は見てしまう。

 井上の・・・口元が・・・笑っている・・・・・のを――。


「!! メリル! 待って!」


「……え?」


 溜らず僕は叫んでしまう。

 そしてそのまま地面を蹴り、井上へと向かっていった。


『ガルルルルゥ!!』


 それとタイミングを同じくして、岩陰から大きな白い獣が飛び出してきた。

 そのまま大口を開け、急降下するメリルに向かい跳躍し――。


「メリル!!」


「きゃあああ!」


 白い獣に襲われたメリルは獣もろとも崖の下に落ち、見えなくなってしまう。


「ユーミルさん!」


 僕はそれだけ叫び、微動だにしない井上へと突っ込んでいく。

 僕の心を読める眷属フォルクである彼女ならば、僕の意図を汲み、メリルを救出しに行ってくれるだろう。


 右手を伸ばし、『殺意』を込める。

 そして今まさに、彼女の背中に触れようとした瞬間――。


 ――彼女の身体がその場から消えた。


「え……?」


 そのまま空を掴み、僕は岩垣から転落してしまう。

 でもそこまで落差があるわけではない。

 すぐに体制を立て直し、井上の姿を探した。


 しかし、左手に異変を感じ、視線を落とす。

 すると左腕に赤い百足のような虫が這い回り、僕の腕に食いついた。


「ぐっ……!」


 鋭い痛みとともに左腕全体に痺れが生じ、僕は召喚石を落としてしまう。

 岩肌の斜面を転がり落ちる召喚石は、そこに立つ人物の足元で停止した。

 そして石を拾い、まだ幼さの残る顔を上げて、彼女・・は微笑んだ。


「ふふ、久しぶりね。日高くん」


 セミロングの髪を耳に掛け、僕の名を呼んだ井上。

 彼女に奪われた召喚石を取り戻そうと、足を一歩前に踏み出すが、そこで僕は前のめりに倒れてしまう。


「井……」


 彼女の名を呼ぼうとしても、舌が上手く回らない。

 左腕に感じていた痺れが全身に広がり、僕は身動きが取れなくなってしまった。


「ああ、その百足の毒は烏庭からすにわくんの能力だから。私じゃないわよ」


「……あ……が……」


 全身が痙攣し、風景が二重に見えてくる。

 今、井上は何と言った――?

 烏庭からすにわくん――?


「う……。ホムラ……様……」


 虚ろな視線の先にユーミルの姿が見える。

 彼女は長い髪を引っ張り上げられ、苦しそうな表情で僕の名を呼んだ。


 彼女を捕えて猟奇的な笑みを浮かべている青年――。


 ――烏庭涼太からすにわりょうた


「よう、日高。その顔は『なんでお前がここにいるんだ』って顔だな」


「うぅっ……!!」


 烏庭に強引に髪を引っ張られ、苦痛に顔を歪めるユーミル。

 メリルを救出しにいった彼女が、烏庭に捕えられた……?

 ならばメリルは……?


『グルルルゥ……』


「ホ……ムラ……」


 崖の下からメリルを咥えた白い獣が駆け上がってきた。

 そして井上の横に座り喉を鳴らしている。


「いい子ね。ご褒美はもう少ししたら・・・・・・・あげるから・・・・・、ちょっとだけ待っててね」


 優しい顔で獣の頭を撫でた井上。

 彼女の言うことを聞き、メリルを咥えたまま獣は大人しくなった。


 これは、罠だったのか――?

 井上と烏庭が僕を待ち伏せして――?


「さて、日高くん。種明かしの時間といきましょうか」


 僕の前に屈み、嬉しそうにそう話す井上。

 僕は目だけを彼女に向け、殺意を露わにする。


「ああ……そうよ、その目……。教室でも、ずっと私をそんな目で見つめてくれたわよね。私、日高くんの目が大好きなの。冷徹で、憎しみの籠ったその目が、大好き」


 うっとりとした表情で僕を見下ろす井上。

 彼女の背後では烏庭が溜息を吐いていた。


「おい、井上。早く済ませろよ。お前の言うとおりに手伝ってやったんだ。次は俺の目的に付き合ってもらうからな」


 烏庭の言葉に冷たい視線を向けた井上は、仕方なく立ち上がり再び話し始めた。


「はぁ……。まあいいわ。もう少し楽しみたいところだけど、あまり時間が無いからね。ざっくりと種明かししちゃうと、烏庭くんって《忍者》の力を持っているでしょう? その能力を使って、ニーベルングの指輪の光から身を隠したってわけ。で、日高くんのことは大木くんから聞いてたし、大木くんと連絡を取ろうと思ったら急に音信不通になったじゃない? だから直感したわけ。次はきっと私を殺しに来るだろうなって」


 そこまで話した井上は立ち上がり、獣と烏庭の傍まで歩む。


「だからここで待ち伏せすることにしたの。そして貴方の召喚石を奪おうと思ってね。詳しいことは分からないけど、二階堂くんや蓮見さん、大木くんの3人を殺せるほどの力を宿しているんでしょう? そんな危険な石を放置してたら、私達まで殺されちゃうかもしれないし。あのときみたいに・・・・・・・・


 白い獣の頭を撫でながら、井上は嬉しそうに笑った。


「私、知ってたのよ。日高くんがあの日、ナイフを構えて教室に入ってきたのを。でも誰にも言わなかったわ。だって面白いじゃない。クラスメイトの皆が女神から力を授かったのに、日高くんだけが授からないなんて。きっと力を手にしていたら、貴方はすぐにでも私たちに復讐をすると思っていたわ。でも、貴方の召喚石は光を灯さなかった。だから放置したの。貴方がどんな方法で、力を手にした私たちに復讐をするのかなって」


 井上の言葉に、僕は絶句する。

 全てを知っていて、それでも僕を放置した彼女。

 僕は歯ぎしりをしながら、それでも動けずに彼女の話を聞くことしか出来ない。


「おい、井上」


 もう飽きたのか、烏庭がその場を去ろうとしている。

 しかしユーミルを放そうとせず、彼女をそのまま連れ去るつもりのようだ。


「分かっているわよ。……じゃあ、日高くん。この石は貰っていくわね。これで貴方はまた『無能者』になった。それでもまだ、私たちに向かってくるのかしら。それとも、もっと憎しみの糧が・・・・・・必要かしら・・・・・


 そう言い、メリルに視線を向けた井上。

 僕は目を見開き、手を伸ばそうとする。


「あはっ、あれれ? この子ってそんなに大事な子なの? ずいぶんと変わった眷属フォルクだと思ったけど、日高くんってそういう趣味があったんだぁ。あはははっ」


 お腹を抱えて笑い出した井上。

 メリルを咥えたままの獣は、早く命令してくれと言わんばかりに涎を垂らし続けている。


「メリルさん……! ホムラ……様……!」


「あー、うるせぇな。お前はこれから俺のペットにしてやるから。まあ、性欲処理のペットだけどな。何をしても死なない性奴隷なんて、ホント夢の世界だよなここは! はははは!」


 烏庭の笑い声が周囲に木霊する。


 ――もう、やめてくれ。

 僕の心をこれ以上、かき乱すのは――。


「……よく『待て』が出来ましたね。いい子にはご褒美をあげましょう」


 まるで愛犬に語り掛けるかのように、優しくそう言った井上。

 しかし顔は歪な笑いで塗り固められ、身動きの取れない僕に見せつけるように、――――。


「――喰え」


バリッ、ボギッ!

グシャッ、ベキベキッ――!


 ――メリルの身体が、赤く染まっていく。


ガリガリガリ――!

ブチィッ、ギリギリッ!!


 ――臓腑が飛び出し、それを旨そうに啜る獣。


 生きたまま喰われていくメリル。

 しかし、最初のひと噛みですでに絶命したようだ。

 悲鳴を上げることもせず、ものを言わぬ肉塊となり獣の腹に収められていく。


 僕はただ、それを見ていることしか出来ない。


 ――心が、だんだんと壊れていく。

 

 ふと気が付くと、いつの間にか涙を流していた。

 これは、血の涙――?


「あはははっ! 別に泣かなくてもいいじゃない、日高くん! 私達と同じ人間を喰ったわけじゃないのよ? 人の言葉を話す、羽の生えた化け物よ? そこの女だってゾンビみたいなものでしょう? 何をしたって構わないじゃない。それとも何? 情が移っちゃったとか?」


「おい、もういい加減にしろよ。お前は日高にこだわり過ぎなんだよ。そいつはもう、俺たちを殺せないんだろう? だったら用はねぇ。俺はさっさとこいつ・・・で楽しみたいし、『巫王』だって倒さなきゃなんねぇし」


 ユーミルの髪を引っ張り上げ、そう答えた烏庭。

 大きく肩を竦めた井上は、白い獣と共に烏庭の後を追う。


「じゃあね、日高くん。この辺りは獰猛なモンスターがうじゃうじゃいるから、頑張って食べられないようにね」


 去り際にそう言い残した井上。



 僕はそのまま全身に毒が回り、意識が遠退いていった――。


















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