人を殺す快楽
要塞都市を抜け、沼地を進む。
足元が安定しないこの場所でも、モンスターどもはひっきりなしに襲い掛かってくる。
「ああもう! しつこい!」
「メリルさん。前方のモンスターは私が引き受けますから、メリルさんは上空の奴らを」
「私に指図するなぁ! だから私のほうが先輩だと何度も――」
指示を出したユーミルに文句を言いながらも、上空から急襲してくるモンスターに向かっていくメリル。
何だかんだで連携は取れているようにも見える。
僕は彼女らの背後に隠れながら左手で《亡者》の石を握り戦況を見守っている。
ここら一帯のモンスターだったら、彼女ら2人でも十分に対応できるはずだ。
「ホムラ! そっちにも一匹行ったぞ!」
上空から叫んだメリル。
大きな鴉のようなモンスターが口を開けながら僕に急降下してきた。
「ホムラ様……!」
「大丈夫」
前方にいる数匹のモンスターを抑えていたユーミルが、慌てて僕の傍に駆け寄ろうとしたが、僕はそれを制した。
そして左手に握った召喚石を前に突き出し、強く念じる。
『キキキョエエェェ!!』
まさしく今、僕の頭を丸飲みしようとしたモンスターに、僕は右手を振り抜いた。
そのまま僕の脇を抜け、勢いよく地面に落下し、息絶えたモンスター。
「あれは……?」
「ふふ、メリルさん。ホムラ様はだいぶご成長されたようですね。これならば私も安心して戦うことが出来ます……!」
ニヤリと笑ったユーミルは、そのまま数匹のモンスターを刀で一刀両断し、次のモンスターに標的を絞った。
僕の右手に召喚された物――。
それは大きな漆黒の鎌だった。
『死神の大鎌』。
即死効果が付与された、闇魔法により具現化された僕の得物。
これだけ巨大な鎌なのに、重さをまったく感じない。
これならば非力な僕でも使いこなせるだろう。
「う……。くそっ! 格好いいじゃないかぁ……! おりゃあーー!」
何かを叫びながら、上空のモンスターを追いかけまわしているメリル。
僕は彼女らが取り逃がしたモンスターを一匹ずつ、確実に仕留めていく。
そしてついに湿原のモンスターを殲滅し、ひと息吐く頃には日が落ちかかっていた。
僕らは湿原の先にある森まで進み、そこで夜を明かすことにした。
◇
「ホムラ様。いつの間に戦術を身に着けられたのですか?」
火を囲み、街を出るときに用意しておいた食事に手を付けながら、ユーミルが質問してくる。
味はさほどではないが、とにかく腹が膨れる缶詰のような携帯用の食料だ。
「……どうして不死者が缶詰を食べるんだ」
不貞腐れた様子のメリルがユーミルの食べかけに手を出そうとして、その手を彼女に払われる。
僕はその様子を見ながら軽く微笑み、質問に答えた。
「たぶん、僕自身に身に付いたんじゃなくて、この召喚石の能力じゃないでしょうか」
ポケットから《亡者》の石を取り出し、火の光に翳す。
これを構えて『死神の大鎌』を発動した瞬間、急に身体が軽くなったのだ。
「《者の力》……でしょうか」
「うん、そうだと思います。完全に《亡者》の力を覚醒させたわけじゃないから、本来の力のほんの一部だけなのでしょうけれど」
まじまじと召喚石を眺めるユーミル。
その隙に彼女の缶詰から肉を取り上げたメリルは、それを嬉しそうに頬張っている。
「……もしかしたら、それがホムラ様の『本来の能力』なのかもしれませんね。召喚石と融合出来なかったのは、他の召喚石の力を使うため――。そう考えれば色々と辻褄が合う気が致します」
「これが、僕の『本来の力』……」
確かにそう考えれば辻褄は合う。
20人の王に対し、20人のクラスメイトが召喚され、互いに生き残りを賭けた戦いが用意されているのだ。
21人目の僕に彼らと同じ能力が宿っていないことは、考えてみれば当然のことなのかもしれない。
ならば、この『拒絶の力』を宿した石は何だ?
召喚石でもなければ、王召石でもない、謎の石――。
「欺王やギジュライさんは、僕の能力を《王者の力》だと言っていましたけれど、そもそも《王者の力》ってどんな力のことを指すのですか?」
メリルの視線を感じ、僕は残りの缶詰を彼女に渡す。
溢れんばかりの笑顔でそれを貪るメリル。
「……それは私にも分かりません。ジル様もホムラ様のおかげで『王者』となられましたが、その力を他者に伝えることはなさらないと思いますので」
「そう……ですよね」
少しだけ寂しそうな顔をしたユーミルに、僕は視線を逸らしてしまう。
「ふふ、そんな顔をなさってはいけませんよ、ホムラ様。私はすでに一度命を落とした身。ホムラ様の闇魔法のおかげでこの世に再び復活し、そして今では貴方の眷属となったのですから。今、私の主はジル様ではなくホムラ様です」
「……うん」
彼女の冷たい手が僕の指に触れる。
決して死ぬことのない不死者である彼女だが、僕が死ねばメリルと同じく彼女もこの世から消滅する。
それは即ち『生きている』ということ――。
無理矢理そう考えることで、現実から目を背けることしか僕にはできない。
「っぷはぁ! 喰った喰ったぁ! さあ、今夜はもう寝よう! 相手もまだ山岳地帯から動いていないし、明日の朝には対決が待ってるぞ!」
さきほどから黙々と食事をしていたメリルが、口に食べかすを付けながら話に割り込んできた。
僕は手元の布で彼女の口を拭いてやる。
「見張りは私が致します。お二人は先にお休みになってください」
「え、でも……」
「おお! それは気が利くな! さすがは後輩! そういうの期待してた!」
遠慮しようとした僕を制し、嬉しそうにそう言ったメリル。
そして何故かそのまま僕の膝の上にちょこんと座り、スヤスヤと寝息を立て始めてしまった。
これでは眷属というより、ただの甘えん坊の子供だ……。
「よほどホムラ様に心酔されているのですね。まあ、お気持ちは分かりますが」
まるで我が子を見るかのような目でメリルを見つめたユーミル。
どちらも年齢不詳だが、親子ほどは離れていないと思う。
「さあ、ホムラ様も早めにお休みください。私は不死者ですから、通常の睡眠は必要御座いません。戦いで傷ついたとしても死にませんし、ホムラ様の回復魔法で肉体は再生されますから」
「……うん。ありがとう、ユーミルさん」
彼女の言葉に甘え、そのまま横になる。
しばらくすると火を消してくれたユーミルは、刀を構えたまま静かに目を閉じ見張りについた。
暗い森でメリルの寝息だけが木霊する。
僕は彼女を抱いたまま、明日の戦いへと思いを馳せる。
井上絵里――。
あの学園で数日間だけ友人だった彼女を、僕は明日、殺す――。
ふと自身の顔が歪んでいることに気付き、手で触れる。
僕は、笑っている――?
井上を殺せることに、僕は喜びを感じている――?
「……」
ユーミルが薄く目を開け、僕を見ている気配がした。
僕のこの感情は、きっと彼女にも伝わっている。
落ち着こうにも、余計に息が荒くなっていくのが分かる。
僕はとうとう、殺人を快感として感じる狂人となってしまったのだろうか。
ふと姉さんの悲しそうな顔が脳裏に浮かび、それを打ち消す。
本当にこれは姉さんのためにやっていることなのだろうか?
彼女は僕が殺人者となることを望んではいなかった。
だとしたら、これは姉さんの復讐なんかじゃない。
僕が、奴らを殺したくて、――――。
「あ……」
いつの間にかユーミルが僕の傍に寄り、僕の額に自身の額を触れていた。
熱を帯びていた僕の顔は、彼女の冷たい額に徐々に冷やされていく。
「……眠れないご様子でしたので、もしよろしければ、ホムラ様が眠りにつくまで……」
彼女の心地よい声が僕の脳に響く。
そして胸の中で眠っていたはずのメリルも、少しだけ力を込めて僕を抱きしめてくれた。
顔は暗がりで見えないが、きっと彼女も寂しそうな顔をしているのだろう。
――今夜は、彼女たちに甘えよう。
大きく息を吸い、息を吐く。
心の高ぶりは収まり、次第に眠気が襲ってきた。
そして、そのまま僕はまどろみの中へと――。