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悲劇の幕開け

 この異世界に飛ばされてきてから、僕は毎日夢を見る。

 最初は二階堂の夢ばかりだったが、蓮見、大木と徐々に夢に出るクラスメイトが増えていった。


 3人は悲痛な叫びを上げながら僕に何かを伝えようとし、そして最後には溶けて無くなってしまう。

 僕は無表情のまま溶けゆく彼らを眺め、何も言わずにその場から去っていく。


 奴ら3人を殺したことに、僕はまったく罪を感じていない。

 それだけ奴らクラスメイトは、姉と僕に酷い行為をしてきたのだから――。





 麗子姉さんと僕があの街に越してきたのは、今からちょうど3ヶ月前だ。

 2人とも同じクラスになれたのは担任の先生の配慮だった。

 でも今から思えば、あれもきっとクラスにいじめがあることを認識していたからだと分かる。

 それだけ、もうどうにもならないところまでクラス内にいじめという行為が浸食していたのだ。


 転校初日。

 僕ら2人はクラスメイトらに温かく迎えられた。

 蓮見も二階堂も大木も、皆笑顔で優しいクラスメイトだと感じた。

 ――最初の数日間だけは。


 ある日の放課後、姉と僕は部活動への入部説明を聞き、帰りに教室に寄った。

 そこで見てしまったのだ。

 泣きながら机の落書きを消している、ひとりのクラスメイトを――。


 姉は慌てて彼女に駆け寄り、話を聞き、慰めながら落書きを一緒に消してあげた。

 当然僕もそれを手伝い、彼女がいじめを受けていたことを知った。


 それが井上絵里いのうええりと僕らが初めて会話をした日だった。



 それから僕ら3人は一緒に遊ぶようになった。

 クラスにいじめがあることを知りショックではあったが、前にいた学校でも同じようなことはあった。

 姉は担任の先生に相談することを勧めたが、井上は静かに首を横に振った。


 もう何度も相談しては、いじめの事実を公表しようとしない学校側。

 それどころか、いじめられている井上のほうに責任があると、担任は突っぱねるだけだった。


 あのときの井上の疲れ切った顔は今でも覚えている。

 だから、姉は次の日、HRが終了したあとにクラスメイトらに抗議をしたのだ。


 『もういじめなんてやめようよ』

 『井上さんが可哀想だよ』


 僕らが転校してから数日間、ずっと笑顔で接してくれたクラスメイトらの仮面が剥がれたのはこのときだった。

 そして、その瞬間から『ターゲット』が井上から姉さんに変更された。


 でも、僕は姉さんを誇らしいと感じた。

 堂々とクラスメイトらの前に立ち、いじめを糾弾する姉さんを僕は守らなければいけない。

 彼らと姉さんの間に立ち、震える声で「やめろ」と叫んだ。


 その瞬間、クラス中に笑いが響いた。


 『なんだこいつ、ヒーロー気取りか?』

 『姉さんを守る僕カッコいいとか勘違いしてるのかな』


 僕は唇を噛み締め、拳を強く握りしめた。

 でも、姉さんは僕の拳をそっと手で包み込んだ。

 『暴力を暴力で返してはいけない』。


 まるでそう言いたげな表情で――。



 それからというもの、僕ら姉弟には地獄の日々が待っていた。

 机の落書きから始まり、体操着を捨てられたり、下駄箱に猫の死体を入れられたこともあった。

 

 井上は姉さんと僕がいじめられているのを見て、ただ怯えているだけだった。

 それどころか、奴らに強要されて一緒になって僕らをいじめることもあった。

 それを見るたびに僕は怒りを覚えたが、姉さんは彼女を責めることは決してしなかった。


 しかし、次第にいじめはエスカレートしていく。


 ある日、下校途中で数人のクラスメイトと見たことのない男3人に姉さんは連れていかれた。

 僕は二階堂と大木に腕と口を抑えられ、連れ去られる姉さんを助けることが出来なかった。


 姉さんと逸れた後、町中を探したが姉さんは見つからなかった。

 両親は共働きで、2人とも帰りが朝方になるから、相談する相手もいない。

 家の時計が夜の24時を回った頃、姉さんはやつれた顔で帰宅してきた。


 僕は慌てて姉さんに事情を聞いたが、彼女は「大丈夫」としか答えてくれなかった。

 大丈夫なわけがないのに、どうして彼女は僕に何も答えてくれないのだろう。


 あの男達は誰なのか。

 姉さんに何をしたのか。


 それから、事あるごとに放課後に連れ去られていく姉さん。

 そして帰宅するのは決まって深夜前後だった。



 姉さんが連れ去られるようになってから2週間後。

 学校では『ある噂』が広がっていた。

 それは信じられないような内容だった。


 『日高麗子が売春をしている』

 『金を出せば何でもしてくれる』


 学校に噂を広めたのはクラスメイト達だった。

 すぐに担任に呼ばれた姉さんは何も言わずに職員室へと向かった。

 それを好奇の目で見ているだけのクラスメイト達。


 慌てて姉さんを追いかけたが、付いてくるなと言われた。

 この学校に来て、姉さんまでもが変わってしまったというのか。

 僕は一体、何を、誰を、信じたらいいんだ――。



 その日の放課後も、姉さんはクラスメイト数人と知らない男達に連れていかれた。

 今日は二階堂も大木もいない。

 僕はそっと姉さんらの後を尾けていった。


 姉さんが連れていかれたのは街の外れにある廃工場だった。

 金網のフェンスの一部が切り取られ、そこから敷地内に出入りしているようだった。

 

 ここで、姉さんは奴らと――?


 息を潜め、扉の陰で聞き耳を立てる。

 すると中から姉さんと奴らの声が聞こえてきた。


 『もうこれっきりにして』

 『約束どおり弟にはもう手を出さないで』


 この言葉を聞いて、僕は絶句した。


 ――姉さんは、僕を守るために犠牲になったのだ。


 中からは男達の笑い声と、姉さんの苦痛の叫びが木霊していた。

 男達にまざり、数人のクラスメイトの荒い声も聞こえた。


 僕は下を向いたまま、一旦その場を去った。

 非力な僕では、あれだけの数の男達から姉さんを救い出すことは出来ない。

 それどころか逆に捕まって、もっと姉さんを苦しませるだけだ。


 その足でスーパーに向かった。

 迷うことなく刃物売り場まで向かい、手ごろなナイフを購入した。


 ――殺そう、全員。


 僕の脳内は殺意で溢れていた。

 


 廃工場まで向かうと、やつれた顔の姉さんと道端で出くわした。

 いつもならば深夜まで帰って来ないのに、今日に限り早めに解放されたようだった。


 目は虚ろで、制服には汚れが付着していた。

 しかし、僕の手に握られたナイフに視線を落とした瞬間、姉さんの表情が変わった。


 慌てて僕からナイフを奪い、僕の頬を叩いた。

 そして、涙を流し、僕を抱きしめ、「ごめんね」と何度も何度も謝罪した。


 ――何故、姉さんが謝るのだろう。

 悪いのはクラスメイトの奴らなのに。


 無理矢理姉さんに売春させ、男達から報酬を貰い。

 その噂を学校に流し、好奇の目に晒す。

 僕まで一緒にいじめられていることに心を痛めていた姉さんは、奴らの口車に簡単に乗ってしまったのだろう。


 でも、それが奴らの手だ。

 人の弱みに付け込んで、こんな酷いことを姉さんに――。


 井上も、同罪だ。

 今では彼女もクラスメイトらと混ざって、僕や姉さんをいじめる喜びに浸っている。

 

 ――でも。


 姉さんは、僕が殺人者となることを望んでいない。

 絶対に、それだけはしないでと、彼女は泣きながら僕に頼み込む。


 次第に殺意が引いてきた僕は、姉さんを力いっぱい抱きしめ、その日はそのまま一緒に帰宅した。



 次の日の朝。

 遅れて学校に来た姉さんを、またクラスメイトらは好奇の目で見つめ、嘲笑った。

 僕はじっと拳を握り、それに耐えた。


 姉さんは約束してくれた。

 もう二度とあの男達には会わないと。


 僕も姉さんに約束した。

 姉さんを悲しませるようなことはしないと。


 しかし、その日のHRの時間に悲劇は起きた。


 大木に足を引っ掛けられた姉さんは、床に頭を打って気絶してしまった。

 それを秋山は「息をしていない」と嘘を吐いた。


 焦ったクラスメイトらは自殺に見せかけるため、姉さんを数人がかりで抱え――。



 ――そして5階の教室の窓から放り投げ、殺人を犯したのだった。


















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