不死者
ユーミルを復活させた僕は気絶したままの彼女を背負い、宿へと戻った。
衣服は再生されず、生まれたままの姿のユーミルに対し、メリルは急いで部屋から毛布を運んでくる。
「ホムラ! いいと言うまで、こっちを向くなよ!」
強制的に後ろを向かされた僕は、メリルの言うことを聞き、そのまま目を瞑った。
がさごそと音がするが、きっとユーミルに合いそうな衣服を探しているのだろう。
僕はポケットに仕舞ったままの3つの召喚石の感触を確かめる。
ユーミルを復活させるために使用した能力は3つ。
《亡者》の『口寄せ』と『死霊』。
そして《聖者》の『蘇生』だ。
使用方法は今までの召喚石と同じく、脳内で強く念じることにより発動するようだった。
『死霊』を唱え、冥府からユーミルの肉塊を復活させ、そこに『蘇生』を加え肉体を再生させた。
昨日図書館で調べた条件では『死者を復活させるには体組織の70%が現存していなければ不可能』とあったが、肉塊の状態のユーミルは明らかに半分以上の体組織を失っていた。
――なのに、僕はあの時、成功すると確信していた。
僕の持っている『拒絶の力』を宿した召喚石。
これの正体は一体何なのだろう。
『他の召喚石の力を増幅させる能力』――。
そして、本来であれば体内に召喚石を宿しているはずの僕――。
ならば、この『溶かす力』は僕の心が他者を『拒絶』しているから、発動する能力なのか……?
僕の心に反応し、それを増幅させて具現化している現象が『溶かす力』……?
「ん……」
「あっ、ホムラ! 目を覚ましたぞ!」
メリルの声で我に返る僕。
しかしまだ、ユーミルは着替え途中だったようで――。
「まだこっちを向いていいとは言ってない!」
――大きく羽を広げたメリルに叱られたのは言うまでもなく。
◇
服を着たユーミルをそのままベッドに寝かせ、僕とメリルは椅子に座る。
まだ新しい身体に慣れていないのか、しきりに瞬きをしているユーミル。
「眩しいのか? ちょっと部屋を暗くするか」
窓際の外扉を閉め、部屋を暗くしたメリル。
すると安堵のため息を吐き、ユーミルは話し始めた。
「ホムラ様……。死の国から私を蘇生してくださり、本当にありがとうございます」
半身を起こし、丁寧にお辞儀をしたユーミル。
しかし、その目を見た瞬間、僕は気付いてしまう。
「ユーミルさん、その『目』は……」
「……はい」
彼女は悲しそうに視線を逸らした。
まるで血のように赤い目は、暗闇の中でわずかに光を灯していた。
「ホムラ様の『蘇生』により、肉体は元の姿に戻りましたが、魂までは復活できませんでした。私は命を持たない『不死者』なのです」
「不死者……」
『拒絶の力』の召喚石を持ってしても、ユーミルを完全に蘇生することは出来なかったのか。
これでは彼女を救ったことにはならない。
「……そんなお顔をなされないでください。私はホムラ様に感謝をしております。あの時……賊に刃を貫かれた時、私はすでに息絶えておりましたから」
「……」
彼女はそっと手を伸ばし、僕の頬に触れた。
その手の冷たさに、僕は唇を噛み締めてしまう。
僕は、誰も救えない――。
救えないから、壊し続けるしかない――。
「……ホムラ?」
何も言わずに立ち上がった僕を見上げるメリル。
しかし僕の顔を見た瞬間、彼女は押し黙った。
表情から僕の心を読んだのか。
それとも僕の眷属だから分かるのか。
「ユーミルさん、お願いがあります」
「……はい。ホムラ様のお力になれることでしたら、なんでも」
ベッドから身を起こし、僕に向き直ったユーミル。
彼女のその赤い瞳が僕の全身を捉えた。
僕はポシェットからナイフを取り出し、自身の左指の先に刃を滑らせる。
指先に描かれた赤い線から血の滴が滴り落ちた。
「僕と契約を結び、『眷属』となってくれますか?」
救えないのであれば、僕の復讐の助けとなってもらう。
彼女に血を与え、魔力を増強させ、不死の魔道戦士として常に僕の傍らにいるように――。
「……謹んでお受けいたします」
ベッドから立ち上がり、僕の前へと跪いたユーミル。
そして舌を出し、喉を鳴らしながら僕の血を飲み込んでいく。
ユーミルの全身が赤い光に包まれていく。
これで彼女はメリルに続き、僕の2人目の『眷属』となった。
それを横で黙って見ていたメリルは、何故かふくれっ面で僕の前に顔を突き出し――。
「えいっ! チューーー!」
――あろうことか、僕の指先に食いつき、僕の血を吸いだしたのだ。
「……ホムラ様。これは……?」
「……うん。僕にも分からないよ……」
腕を振り、彼女を放そうするが、指に食いついたまま離れない。
その様子を見て、ついに笑い出してしまったユーミル。
僕もつられて苦笑してしまう。
「笑うな! なんかすっごい悔しい! 笑うんじゃない!」
僕の手を放そうとせず、僕らに向かい叫び散らすメリル。
でもきっと彼女も気付いているのだろう。
僕の心の冷たさを。
誰とも交われない『拒絶』の心を――。
僕の心の氷を溶かすことができるのは、姉さんだけだ。
でももう、その姉さんはどこにもいない。
だから、僕が代わりに溶かしてやる。
全てを溶かし、全てを無に帰す。
使えるものは全て使い、それらがすべて枯れ果てようとも、僕は――。