無能者
目を覚ます。
周りには僕と同じく倒れているクラスメイトの姿が見える。
ここは、一体どこだろう。
周囲を見回すと、ここが宮殿のような場所だと気付く。
次々と目を覚ますクラスメイト達。
そして全員が目を覚ました頃、突如眩い光に包まれた女性が僕らの目の前に出現した。
彼女は自身を「女神」と名乗った。
そして僕らをこの世界に召喚した当事者だという。
当然、クラスメイトらは騒ぎ出す。
元の世界に帰せと叫ぶ者もいた。
女神は優しく微笑み、願いを聞いてくれれば元の世界に帰すと言った。
そして目を瞑った彼女は、何かを呟いた。
次の瞬間、僕らの目の前に『光る石』が出現した。
彼女はそれを『召喚石』だと説明した。
召喚石にはさまざまな能力が宿っており、それを使い世界中にいる『王』を倒してほしいと彼女はいう。
クラスメイトの一人、井上絵里が光る石に手を伸ばした。
彼女が石に触れた瞬間、その石は彼女と融合する。
「あ……。この力は……『勇者』……?」
彼女の呟きに女神が嬉しそうな顔をする。
「貴女は勇者の力にふさわしい人間だということです。そして、貴女の宿敵は『魔王』。さあ皆さん、それぞれの召喚石に触れてみてください」
女神の言葉に導かれるまま、クラスメイトは召喚石に手を伸ばす。
「俺は、『武者』の力……?」
「私は『聖者』の力だって!」
クラスメイトの秋山時雨と 蓮見明日葉が当時に叫ぶ。
他のクラスメイトも次々と能力を発現していった。
「武者の宿敵は『剣王』、聖者の宿敵は『天王』……。貴方達には一人ひとり、倒すべき『王』がいます。その力を使ってこの世界を救ってください。もちろん、礼ははずみます。どんな願いでも、ひとつだけ叶えてあげましょう」
その言葉に全員が沸き立った。
さきほどまで不安がっていた彼らも、力を手にしたことにより気持ちが大きくなっているのだろう。
でも、それは僕も同じだった。
「どんな願いでも叶える」ということは、王を倒せば奴らに復讐することができるかもしれない。
僕は目の前に転がっている召喚石に手を触れる。
――しかし、僕が触れた瞬間、召喚石は光を失ってしまった。
「……貴方には能力が発現しないようですね。今、この場にいる戦士は21人。世界に君臨する王は20人。貴方はこの世界にとって必要のない人材ということでしょう」
女神の言葉にクラスメイト全員が声をあげて笑った。
……僕は、この世界でも『必要のない人間』だと嘲笑われるのか。
「力なき者に用はありません。いますぐここから出ていきなさい」
女神の冷たい視線が僕に注がれている。
僕は立ち上がり、振り向きもせずに宮廷を後にした――。
◇
宮廷を出ると、そこは灼熱の砂漠だった。
本当にここは『異世界』なのか。
力を授かることもなく、僕はきっとこのまま野垂れ死んでしまうのだろう。
――悔しい。
何故、あんな奴らにだけ能力が開花し、僕には何も起こらないのか。
握り締めた拳の中には、先ほどの石ころが光を失い、ただそこに存在しているだけだった。
僕にも力があれば――。
世界のことなど、どうでもいい。
奴らに復讐ができれば、僕の命などどうなってもいい――。
「おーい、日高ー!」
僕を呼ぶ声が宮廷の方から聞こえてきた。
手を振っているのはクラスメイトの二階堂陽一だ。
「お前、本当にひとりで出ていくのか? なら俺と一緒に行動しねぇ?」
ニコリと笑った二階堂だが、僕は彼の性格をよく知っていた。
彼はなんでも言うことを聞く「部下」が欲しいだけだ。
今までに何度もお金を強請られたり、万引きを強要されたこともあった。
断ったら暴力を受けた。
僕は歯ぎしりをしながら、石ころを握りしめる。
「……あ? なんだよ、その目は」
僕を睨みつける二階堂。
確か彼が受け取った召喚石の能力は『曲者』だったはず。
それに対応する王は『欺王』……だったか。
「お前、自分の立場を分かってんのか? こんな灼熱の砂漠を一人で渡れるわけねぇだろうが。他の奴らはもう、それぞれの『王』を倒すために準備してるぜ。誰もお前のことなんざ、気にもしてねぇ」
そう答えた二階堂はゆっくりと僕に近づく。
そして耳元でこう囁いた。
「誰にも言ってねぇから、このまま黙って俺についてこい。最初に『王』を倒すのは、この俺だ。あの女神ってやつも胡散くせぇが、利用価値くらいはあるだろ。せっかく能力を授けてくれたんだ。さっさと王を倒して元の世界に戻してもらおうぜ」
それだけ話し、二階堂は僕の肩に手を掛ける。
どうせ、元の世界に戻るのは二階堂だけなのだろう。
僕を救ってくれる気がないのは、最初から分かっている。
――この距離だったら、二階堂を殺せるだろうか?
僕はそっとポケットのナイフに手を伸ばす。
が、すぐに異変が起きた。
ポケットのナイフが徐々に溶けていく――。
慌てて手を放し、その姿を二階堂に見られ笑われる。
「なんだぁ? ポケットに虫でもいたんか?」
何度も僕の頭を叩き、笑い続ける二階堂。
ポケットの中にあったナイフは完全に溶けきったようだ。
これは一体、どういうことだろう。
ふと左手に握ったままの石のことが気になった。
しかし、軽く掌を開いてみたが、とくに異変は見られなかった。
その石を覗き込む二階堂。
「お前は無能なんだよ。元の世界でも、この異世界でも。だから俺の言うことを聞け。じゃなきゃ麗子みたいに本当に死んじまう――」
二階堂の口から姉さんの名前が出た途端、僕の頭の中で何かが音を立てて切れた。
そのまま腕を伸ばし、二階堂の首に手を掛ける。
「はぁ? なにしてんだよ、日高ぁ? 俺の首を絞めるなんざぁ、いい度胸して……がっ!?」
今度こそ、はっきりと見えた。
明確な殺意を込め、右手で二階堂の首を絞めた瞬間。
左手に握った石がわずかに光を灯したのを――。
「てめぇ……何を……! 俺の……俺の喉が……!!」
首を押さえたままその場でもがき苦しむ二階堂。
僕はそのまま、今度はやつの足を掴み殺意を込めた。
「ひいぃ……! ぐっ……!!」
すでに声帯まで溶かされたのだろう。
悲鳴を上げることが出来なくなった二階堂は、くぐもった声をあげ僕を見上げた。
喉とはまた違ったスピードで溶かされていく足。
ジュワジュワと音を立て、すでに骨まで露出している。
しかし他のクラスメイトのように僕の召喚石は強い光を発することはない。
身体と融合することもせず、その力の一部をわずかに発動させているようにも見える。
「あ……が……」
二階堂はすでに左足を消失し、喉から下あごへと浸食は進んでいた。
僕は無表情のまま、もう一度、力いっぱいに殺意を込めた右手を、二階堂の心臓へと押し当てた。
「…………!!」
今度は二階堂の胸に大きな穴が開いた。
そして彼はそのまま動かなくなった。
ジュワジュワという音だけが灼熱の砂漠に響き渡る。
そしてものの数秒で二階堂は完全に消失してしまった。
――あとに残ったのは彼の身体と融合したはずの召喚石だけだった。