魔力の系統
人ごみをかき分け、中央通りを歩く。
僕の後を早歩きで付いてくるメリル。
異世界に来てから早数日が経とうとしているが、やはり人ごみは苦手なままだ。
現実世界でもひとりでいるか、姉さんと2人きりでいることが多かったから、これだけ大勢の人がいる中では吐き気を催してしまいそうになる。
商人らしき風貌の男に声を掛けられ、苦笑いをしながらやんわりと断る。
それを後ろで見ていたメリルにこっそりと笑われながら。
しばらく歩くと、壁面に大きなエンブレムが描かれた図書館に辿り着いた。
王立図書館――。
世界中のありとあらゆる本が収められた、各国に数か所存在する『魔法図書館』なのだとメリルは言う。
大きな門を潜り、図書館へと足を踏み入れる。
が、見えない壁のようなものが僕の行く手を塞ぎ、そこから先に進めない。
「あ、ホムラ。どれでもいいから、召喚石を握るんだ」
「召喚石を?」
言われたとおり左手に《聖者》の召喚石を握る。
どれでもいいとは言われたが、こんな場所で『拒絶の力』や《亡者》の力が誤って発動してしまっては大変なことになる。
召喚石を握った直後、見えない壁が取り払われた感覚がして一歩足を前に踏み出す。
……どうやら無事に入館出来るようだ。
「ここは別名『魔法図書館』だと言っただろう? 魔力を持たない者は入館できないのだよ、ホムラ」
胸を張り、そう答えたメリルはさっさと中に入っていってしまった。
僕は頭を掻きながら彼女の後についていく。
館内は外と違い静まり返っていた。
ちらほらと利用者はいるようだが、これぐらいの人数だったら落ち着いて調べ物が出来るだろう。
「ホムラ! こっちこっち!」
メリルが手招きする場所に向かい、天井までびっしりと敷き詰められた本棚の前へと到着する。
しかし、どの本の背表紙も何と書いてあるのかさっぱり読めない。
この異世界の言語は脳内で日本語に翻訳されることは経験則で知っているが、魔法の本となるとそうもいかないらしい。
「うーん、召喚石、召喚石……」
メリルが唸りながら目的の本を探してくれる。
彼女がいなかったら、僕は今頃途方にくれていたことだろう。
「あ、上のほうにあるぞ。ホムラ、取ってくれ」
メリルの指さす先にある一冊の辞書のようなものを本棚から抜き出す。
それを彼女に差し出し、覗き込むようにしながら中のページ捲った。
「……何も書いてないけど、まさかこれも?」
「ああ。基本的にここにある本は魔力を用いて読むものだからな。しかも自身の魔力の『系統』に属するものしか読めない」
「系統?」
「例えば私は妖冥族だから、妖魔法や冥王術が使える。系統としては『陰・冥』となるから、読める魔法書は――」
「ちょ、ちょっと待って。メリルが何を言っているのかさっぱり分からない」
当たり前のように先を続けようとするメリルを制する僕。
妖魔法? 冥王術? 系統が『陰・冥』?
「……ホムラはそんなことも知らずに、ここまで生き残ってきたのか。仕方がない奴だな……」
ため息を吐いたメリルは、魔法書を持ったまま僕の服の裾を引っ張り、奥にある席へと案内する。
そしてこの世界の魔力に対する『ルール』を説明してくれた。
この世界に存在する魔力には『魔法』が20種、同じく『術』が20種あるらしい。
それぞれが合わさることにより自身の魔力の『系統』が決まる。
つまり20×20で、400もの系統に分かれているというのだ。
「妖魔法は『陰』に属するもので、他にも黒魔法や獄魔法などもこれに含まれるかな。ホムラが使える回復魔法は『光』に属する魔法だ」
「ええと、『魔法』と『術』の違いって何?」
「術は王の力と関係するものだからな。私は元々『冥の国』の出身だから、冥王術がこの身に刻み込まれているのだよ」
「つまり、魔法は『血統』に関するもの、術は所属する『国』に関するもの……てことかな」
「まあ、そんな感じだ。魔法に関してはもっと色々と複雑なんだが、それはまた今度教えるとして」
頭を捻ったままの僕を見て、小さく笑ったメリル。
そして先ほどの魔法書を開き、真っ白なままのページを指さした。
「この魔法書には召喚石や王召石に関する記述が載っている。当然、私に読むことは出来ないが、ホムラにだったら読めるはずだ」
そう言い、軽くウインクをしたメリル。
彼女の言いたいことを察した僕は、左手に《聖者》の召喚石を握り、右手で魔法書に触れてみた。
「あ……」
しばらくすると真っ白なページに文字が浮かび上がってくる。
そこに書かれていたのは、《聖者》に関する記述だった。
「読んでみろ、ホムラ」
「う、うん……」
メリルに急かされ、内容を読み上げる。
----------
【聖者】(セイグリッド)
異界から召喚された光魔法を操る戦士。
宿敵として定められた『天王』を倒し、王者の座を狙う者。
[能力①] 蘇生/『光』
傷ついた身体を癒す魔法。
死者を復活させるには体組織の70%が現存していなければ不可能。
ただし魔法発動から10日以内に死んだ者に限る。
[能力②] 聖者の槍/『光』
光属性の槍を具現化し、刃とする魔法。
アンデッドに特効。
[能力③] 暗視/『光』
暗闇でも行動できる魔法。
目を潰されたとしても効果時間内であれば目視可能。
----------
「おお! すごい能力じゃないか!」
一通り読み終えた僕に対し、歓喜の声を上げたメリル。
しかし、腑に落ちない点がいくつかある。
「これは《聖者》の力を手にした蓮見が使える能力だってことだと思う。僕が使えるのは、今のところ回復魔法だけだし……」
《聖者》の召喚石の本来の持ち主ではない僕でも、いつかこれらの能力を使えるようになるかは疑問だ。
「ほら、次、次!」
またしてもメリルに急かされ、今度は左手に《亡者》の召喚石を握る。
そして同じように真っ白なページに右手を当ててみた。
----------
【亡者】(アンデッド)
異界から召喚された闇魔法を操る戦士。
宿敵として定められた『冥王』を倒し、王者の座を狙う者。
[能力①] 死霊/『闇』
命を持たない闇の使者をこの世に具現化させ、思いのままに操る闇魔法。
同時に具現化できる数は能力者の力に比例する。
[能力②] 死神の大鎌/『闇』
闇属性の大鎌を具現化し、刃とする魔法。
確率で即死効果。
[能力③] 口寄せ/『闇』
死者の言葉を聞くことができる闇魔法。
ただし魔法発動から10日以内に死んだ者に限る。
----------
「……死者の言葉を聞く……」
最後まで読み終えた僕に、そう呟いたメリル。
この能力を使うことができれば、死んだユーミルの声を聞くことが出来るのだろうか。
「ホムラ……」
僕の表情から察したのか。
それとも眷属だから分かるのか。
メリルが寂しそうな顔で僕を見上げた。
「大丈夫だよ、メリル。あとは、僕のこの召喚石だけだ」
最後に『拒絶の力』を宿した召喚石を握り、魔法書に右手を触れてみる。
しかし、今までとは違い一向に文字が浮かんでこない。
「……どうした、ホムラ?」
「駄目だ。何も文字が浮かんでこない」
「本当か! じゃあその召喚石は一体……?」
驚き、首を傾げてしまったメリル。
しかし、僕には思い当たる節があった。
「……確か欺王が僕の力のことを《王者の力》だって」
「《王者の力》! そうか、だから召喚石や王召石の魔法書には記載されていないのだな……。でも、どうしてホムラはその力を手にしたんだ?」
「どうしてって言われても……」
元々僕は『無能者』として女神に追い出された人間だ。
つまり、間違えてこの世界に召喚された可能性が高い。
20人の王に対抗するのは20人のクラスメイト達だ。
僕は21人目の『イレギュラー』として召喚され、彼らに復讐を誓った死神というわけだ。
「うーん、通常は召喚石と王召石の争奪戦で勝利した者が『王者』たる力を手にするはずなのに……。ホムラは特別だということなのか……。それとも別の理由で……うーん」
「もういいよ、メリル。考えたって分からないことは分からないんだし」
「失敬な! 主のために頭を悩ます眷属を、もっと大事にしようホムラ!」
急に声を荒げ、怒ってしまったメリル。
僕は普段からこういうところで地雷を踏んでしまう性質なのだろうか。
あまり深く考えたくはない……。
その後も色々調べたが、新しいことは何も発見できず――。
――僕らはそのまま王立図書館を後にしたのだった。