眷属(フォルク)
大木の残した召喚石を拾い上げ、僕は後ろを振り向く。
さきほどまで骸骨戦士を押さえてくれていたメリルが、悲しそうな表情でそこに立っていた。
「どうして、そんなに悲しそうな顔をしているの?」
僕は一歩、彼女に近づいた。
しかし近づく僕を恐れることなく、彼女は僕の胸にしがみ付いてきた。
そして、何も言わずに、僕の胸で泣いた。
「……聞いていたの? さっきの、僕の話を」
僕の質問に、そのままコクリと首を縦に振ったメリル。
泣きやまない彼女になんと答えて良いのかわからず、ただ茫然と立ち尽くしてしまう。
でも、これだけは彼女に伝えておこう。
彼女が来てくれなかったら、僕の復讐はここで終わっていたのかもしれないのだから。
「助けに来てくれてありがとう、メリル」
僕がそう言うと、さらに声を上げてメリルは泣いてしまった。
彼女の泣き声が、いつまでもいつまでも、教会中に響き渡っていった――。
◇
教会を出た僕らは、そのまま街外れの宿に泊まることにした。
そこで疲れを癒し、今後のことを話し合うつもりだ。
すっかり泣きやんだメリルは、さっきから片時も僕の傍を離れようとはしない。
あれだけ残酷な殺戮シーンを見たばかりだというのに、彼女はもう僕のことが怖くないのだろうか。
「ホムラ。今日はお祭りだから、部屋はあと一つしか空いていないって」
僕の代わりに宿のカウンターで宿泊手続きをしに行ってくれたメリル。
しかし、街の状況を見るに、他の宿はきっとどこも満室だろう。
「うーん、今日はもう何度も『力』を使ったし、早めに休みたいところだけど……」
「だから手続きしておいたぞ。一緒の部屋に泊まろう、ホムラ」
「へ……?」
そのまま強引に僕の腕を引っ張り、空き部屋へと向かうメリル。
僕はため息を吐きながら、彼女にされるがまま部屋へと入った。
ポシェットと指輪、3つの召喚石をテーブルに置き、とりあえずベッドに横になる。
ちょこんと椅子に飛び乗ったメリルは、不思議そうに召喚石を覗いていた。
「これを使って、ホムラは能力を発動しているんだな。ほえぇ……」
「盗まないでよ、メリル。それがないと、僕は何も出来ないんだから」
「盗むか!」
僕の軽い冗談に、瞬時に反応したメリル。
お互い、いじめられていた過去なんて無かったかのように。
今は、無理にでも忘れようとしている。
「……ホムラの『力』のこと、もう一度きちんと聞いてもいいか?」
真剣な表情に戻ったメリルは、僕にそう質問した。
一瞬、返答に困った僕だが、彼女はすでにもう何度も僕の戦いを見てきている。
ならば秘密にする意味がない。
僕は彼女に、この世界に来てからのことを順を追って説明した。
女神に召喚された20人のクラスメートのこと。
僕だけ《者の力》が宿らず、宮廷を追い出されたこと。
追ってきた二階堂を殺し、欺の国に向かったこと。
欺王に《曲者》の召喚石を託し、彼に《王者の力》を授けたこと。
蓮見を殺し、《聖者》の石を手に入れたこと。
そして、ユーミルを殺してしまったこと――。
「……そんなことが……」
ショックのあまり、再び涙を流したメリル。
僕はそこまで淡々と話し、彼女に背を向けた。
「だからホムラは、私を遠ざけようとしたのだな。『拒絶の力』が暴走して、同じことを繰り返してしまわないように」
「違うよ。僕はそんなにお人よしじゃない。君との契約だって、単にお金が欲しかっただけだ」
「私を半獣から助けてくれたのは?」
「半獣の態度が気に入らなかっただけだ。別に助けようと思ったわけじゃない」
「……素直じゃないとは思っていたけど、ここまでとは……」
僕に聞こえない声で、なにかを呟いたメリル。
そしてそのまま椅子から降りる音が聞こえ――。
「よっと」
「うわ、何だよ!」
そっぽを向いたままの僕の上に乗りかかってきたメリル。
そして強制的に仰向けにさせられる。
「ホムラが自分の『力』を怖がっているのはよーく分かった。だったら対策を練ればいい」
「別に怖がってなんて――」
「いいから聞くんだ。さっき教会でホムラの『力』の使い方を見ていたけど、ちゃんとコントロールできていたじゃないか」
「それは……」
確かにメリルの言うとおり、まったくコントロールができないわけではない。
ただ、僕の『殺意』がいつ暴走するのか、僕自身にも分からないのだ。
頭の奥のほうで何かがブツリと切れるような、あの感覚――。
あの状態で『力』を発動してしまったら、僕の周囲のものは一瞬にして消し飛んでしまうだろう。
「要はホムラがぷっつんしなければいいってわけだ。それには協力者が必要だろう?」
「う……」
顔を近づけてくるメリル。
駄目だ。
ここでこれから彼女が言うであろう『申し出』に乗ってしまったら――。
「それに力の発動は常にホムラの前方で起こっている。なら常にお前の背後に陣取れば、巻き添えを喰らう可能性が減るのではないか?」
さらに顔を近づけてきたメリル。
僕はそれに耐えられず、彼女から目を逸らす。
「というわけで、だ。私は今日からお前の『眷属』になるぞ」
「……は?」




