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亡者の力

「ちっ、《者の力パーソナル》使いなんざ相手にしてられるか! いくぞ!」


 奴らのうちのひとりがそう叫び、僕を取り囲んでいた半獣たちが一斉に散っていく。

 僕は大きく息を吐き、召喚石をポケットにしまい込んだ。


「……いるんでしょ、メリル」


「! ……あうぅ……」


 僕の呟きに反応し、森の陰からメリルが遠慮がちに顔を出した。

 しかし目には涙を浮かべ、僕の傍に近づこうとはしない。


「僕が、怖いかい?」


「う……。そ、そんなこと……!」


 虚勢を張るメリルだが、明らかに表情が引き攣っていた。

 でも、これでいいんだ。

 復讐に馴れ合いなど必要ないのだから。


 僕は何も言わずに森を進む。

 後をトボトボとついてくるメリル。


「……あ、あの……ホムラ?」


「何?」


「あ、えと……その……あ、ありがとう」


「……うん」


 それだけ答え、また沈黙してしまう僕とメリル。



 森を抜け、舗装された街道を進む。

 少し歩いた先に、大きな壁に覆われた都市が見えてきた。

 あれが『要塞都市グランザル』――。


 僕は地図を取り出し、都市の内部構造が分かるくらいまで拡大した。

 そこに指輪を翳すと、紫色の光がある一点を照らし出した。


「メリル。僕が恐かったら、無理しなくてもいいよ」


「え?」


 地図をしまい、さっきから黙ったままのメリルにそう告げる。


「大木は僕一人で殺す。最初からそのつもりだったし、それなら君にも危害が及ばない」


「で、でも作戦が……」


「いいんだ。さっきも見たと思うけど、僕の力は『相手を消滅させる力』だ。でも、まだ僕は力を上手くコントロールできない。君まで巻き添えにしてしまう可能性だってある」


 そこまで言って、ユーミルのことを思い出す僕。

 少しだけ唇を噛みしめたが、それに気づきすぐに止める。


「大木を殺したら、必ず冥王を・・・・・倒すと約束するよ・・・・・・・・。そのときはまた、知恵を貸してくれればいい」


「ホムラ……」


 メリルは少しだけほっとした表情で首を縦に振った。

 これで僕は、たとえ暴走したとしても彼女を殺してしまわずに済む。


 メリルには悪いが、僕には冥王を倒す理由がない。

 僕が大木を殺し、召喚石を奪えば、冥王は《王者の力マスター》を覚醒することができないのだ。

 いずれ欺の国の兵が冥王のいる城まで攻め込み、冥王もろとも冥の国は滅ぶだろう。


 僕が倒さずとも、欺王ジルが必ず倒すはず――。

 ならば僕は約束を破ったことにはならない。


 申し訳なさそうな表情で、その場を飛び去ったメリルを見送った僕。


 ――そして大きく息を吐き、感情を殺した。





 背丈の何倍もある頑丈な門を潜り、要塞都市へと足を踏み入れる。

 まだ昼前だというのに、道行く人々は酒のようなものを飲んで騒いでいた。

 今日はお祭りなにかでもあるのだろうか。

 目と鼻の先にある冥の国には、欺の国の軍勢が押し寄せているというのに呑気なものだ。


 僕は人ごみをすり抜け、迷うことなく一点を目指した。


 しばらく歩くと、急に人ごみが減りだした。

 街のはずれにある大きな教会。

 さすがにここで酒を飲み、騒ぐ人はいない。


 僕はもう一度地図を取り出し、指輪を翳す。

 紫色の光は、確かにこの教会を指し示していた。


 僕は溢れそうになる殺意をなんとか心の中に押し込め、教会の扉を開いた。



 ――そこに、大木がいた。


 聖母の像の前に跪き、祈りを捧げているようにも見える。

 扉を開く音に気付いたのか、祈りを止め後ろを振り向いた大木。


「……日高か? お前、どうしてここに……?」


 彼の顔を見た瞬間、麗子姉さんの悲しそうな顔を思い出してしまった。

 ――まだだ、まだ早い。

 無能者を演じたまま、この右手が届く範囲までは殺意を押さえるんだ。


「大木君……? 僕も驚いたよ。こんなところに君がいるなんて」


 一歩。

 また一歩と彼に近づいていく。


 大木の表情に変化は見られない。

 僕は学校でいつも虐められていた頃の『遠慮がちな笑み』を浮かべ、彼に近づいていく。


「はは、よく生きてたな日高。お前、ひとりでこのグランザルまで来たのか?」


「うん。大変だったよ。分からないことばかりだし、あちこちにモンスターは徘徊しているし」


 あと、3歩。

 すでに召喚石を握った左手を彼に見られないように――。

 瞬時に『殺意』を発動できるように――。


「……そういえばよ、日高。二階堂と蓮見はどこに行っちまったんだろうな」


「……え?」


 あと2歩というところで、僕は足を止めてしまう。

 

 そして次の瞬間――。


ザシュッ――!!


「あ……」


 何かが切れる音がして、僕は視線を下に向けた。

 僕の腹部に何かが2本生えている。

 これは――剣?


「う……が……!」


 そして、まるで津波のように強烈な痛みが押し寄せてきた。

 そこで初めて、背中から剣で身体を貫かれたのだと気付く。

 どうして……?

 何が起こった……?


「ははは! 惜しかったな日高ぁ! あいつらみたいに俺をぶっ殺そうとか思っていたんだろう! 甘いんだよてめぇは!」


「……大木……」


 そのまま膝を突き、蹲る。

 ドクドクと脈を打つように腹部から血液が溢れてくる。

 すでに床には血だまりが出来はじめていた。


『ぎっしっしっし!』

『きしゃしゃしゃ!』


 笑い声が聞こえ背後に視線を向けると、骸骨風のモンスターが2匹いるのが見えた。

 奴らに背後から刺されたのか。

 でも、いつの間に背後に――?


「その顔は『何で?』って顔だなぁ! お前は相変わらず馬鹿なんだよ! 相手の能力を下調べせずに、立ち向かってくるなんてなぁ……!」


 猟奇的な笑みを浮かべた大木は、そのまま右足を上げ、僕の頭を踏みつけた。

 そして何度も何度も足を振り下ろし――。

 そのたびに大きな笑い声を上げ――。 


「俺の能力は《亡者》だ! 死んだやつの言葉を聞くことが出来るんだよぅ……! お前のことは、二階堂や蓮見から、さんざん聞いてるぜぇ……!」


「うう……」


「だからわざと! お前が来るのをこの教会で待ってたんだ! そこの骸骨戦士も俺の能力で作ったのさ!」


 大木が足を振り下ろす度に、鈍い音が教会中に広がっていく。


「馬鹿だな! お前、本当に、馬鹿だな! 死ね! このカスが! 俺を殺そうなんざ、100万年早いんだよ! クズが!」


『ぎっしっしっし!』

『きしゃしゃしゃ!』


 大木の声に合わせ、骸骨戦士が笑い声を上げる。

 

 大木の《亡者》の能力。

 確かにそれは誤算だった。


 今まであまりにも上手く行き過ぎていたから、僕に慢心があったことは認めよう。

 ――でも、それはお互い様だ。


 僕は静かに、時を待つ。


「おら! 死ねこのカス! 死んで二階堂たちに詫びろ!」


 再び大木が足を振り上げた瞬間。

 パリンと大きな音を立て、教会の窓硝子が割れ――。


「ホムラ!」


「あ?」


 その声を聞き、僕は瞬時に右腕を伸ばした。

 背後にいるモンスターには、彼女が・・・上空から急襲してくれるはずだと確信して――。


「なっ――」


 大木の右足を掴み、『殺意』を込める。

 ジュワっというけたたましい音が周囲に木霊した。


「ぎいいいぃぃ!? て、てめぇ日高ああぁぁ!! どうして、まだ生きて……!?」


 あっという間に右足を消失した大木は、その場に転がり悲鳴を上げる。

 僕はそのまま彼に馬乗りになり、今度はやつの左腕に右手を押し当てる。


「ひいいぎいいぃぃぃ! いてぇえええぇぇ! くそがああぁぁぁ!!!」


 左腕を消失しても、まだ諦めていない様子の大木。

 背後ではメリルが骸骨戦士と戦う音が聞こえるが、僕は大木に意識を集中する。


「君が知っているのは、二階堂と蓮見から得た情報だけだろう? ならば僕が《聖者》の力を使えることは知らないよね」


「せ、《聖者》の力……!? ぐああああぁぁぁ!!」


 彼に説明しながら、今度は目を溶かす。

 ゆっくりと、痛みが全身に広がるように、『殺意』を調整しながら。


「後ろからあの骸骨戦士に襲われたとき、僕は召喚石を《聖者》の石に持ち替えたんだ。もちろん、君に見えないように」


 そして、苦しんで腹部を押さえるふりをして、右手で回復魔法を発動した。

 何度も頭を踏みつけてきた大木の攻撃も、頭を押さえるふりをして回復魔法を発動しつづけた。


「て、てめぇええええ! 『溶かす力』だけじゃなく、他人の能力まで……!? ぎゃああああぁぁぁぁ!!」


 あまりにも叫び声がうるさいので、喉を溶かす。

 そして胸、腹と溶かす場所を下にずらしていく。


「…………!!!!」


 声にもならない叫びを上げる大木。

 そして、僕の右手は彼の下腹部をも溶かした。


「!!?? …………!!!!!!!」


 ぽっかりと空いた大木の腹に右手を突っ込み、彼の腸を引きずり出す。

 それを端からじわじわと溶かし、引き抜いた別の臓腑を彼の口に強引にねじ込んだ。


 でも、それでも僕の殺意は収まらない。

 僕が持っている能力は、もうひとつあるのだから。


「まだ、殺さない。君には聞きたいことがあるから」


 召喚石を《聖者》の石に持ち替え、彼に回復魔法を唱える。

 みるみるうちに溶かされた身体が修復し、再び元の状態に復元した大木。

 しかし、ある一か所は元に戻さない。

 それは――。


「あ……が……」


「どうだい? 心臓だけ抜かれ、それでも生きている心地は?」


 ドクンドクンと脈打つ心臓を、彼の目の前に掲げて見せる。

 再び《亡者》の力を発動しようとしたら、すぐに彼を殺せるように――。


「質問だ。あのとき、教室で姉さんに足を引っ掛けたのはお前だ。それで姉さんは床に頭を打ち、死んでしまった」


 あの時の情景を思い出しながら、ゆっくりと質問する。

 大木が姉さんの足を引っ掛けたりしなければ、彼女は死ぬことはなかった。

 しかし――。


「お……れ……じゃない……。おれは……麗子を……ころして……」


 恐怖の眼差しで僕を見上げる大木。

 彼のそんな様子を見下ろしても、何の感情も沸いてこない。


「お前じゃないなら、誰だ?」


 僕は静かに、そう質問する。

 この大木の言葉は、ある程度予想していた。


 ――教室の床は、木製で出来ている。

 いくら打ち所が悪かったとはいえ、それが原因で死んでしまうとは考えにくい。


 僕は、ずっとおかしいと感じていた。

 もしかしたら、あの時――。


 ――姉さんはまだ・・・・・・生きていたんじゃ・・・・・・・・ないのか・・・・、と。


「…………あきやま…………しぐ……れ…………」


 何とかそれだけ答えた大木。


 秋山時雨あきやましぐれ――。


 大木に足を掛けられ、動かなくなった姉さんの口に耳を当て。

 「息をしていない」と周囲のクラスメイトに告げた人物――。


 僕の中で、モヤモヤとしていた疑問がひとつに繋がった。


「……お前は知っていたんだな? 秋山が嘘を吐いていたことを。あのとき、姉さんはまだ生きていたということを」


「…………たす……け……て……くれ…………!」


 僕はそのまま立ち上がり、無表情のまま彼を見下ろした。

 そして右手に持った彼の心臓を、彼の眼前に掲げる。


「二階堂と蓮見に『よろしく』と伝えてくれ」


「!!!」


 そのまま『殺意』を発動し、一気に心臓を消失させた。


 目を見開いたまま、絶命した大木。



 次の瞬間、彼の身体は消失し――。



 ――あとに残ったのは鈍い光を発したままの《亡者》の召喚石だけだった。 


















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