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氷の檻

 妖冥族――。

 冥の国に住む妖魔の一族である彼らは、冥王ゼノンに古くから仕えてきた。


 彼らが得意とする妖魔術は人の心を惑わせ、意のままに操る力。

 しかし、メリルは一族の中では最も魔力が弱かったらしい。

 冥王から国を追い出された彼女は、この森で別の種族とともに生活をしているという。


「ああ、それでさっき『あいつらは容赦ない』とか言っていたのか」


 彼女が茂みから飛び出してきたことを思い出し、うんうんと頷きながら先に進もうとする僕。


「おいこら! 人の話を聞き流して、先に進もうとするなニンゲン!」


 今度は僕の背中に飛び乗ったメリル。

 そしてそのまま僕の頭をポカポカと殴る。


「私は冥王様をギャフンと言わせたいんだ! 役立たずとして私を国から追い出した恨み……! 今こそ晴らすとき……!」


 そのまま叫び続けるメリル。

 彼女の言いたいことは分かったが、僕には目的がある。

 しかも大木に頼んで冥王を倒す?

 馬鹿馬鹿しい。


「もちろん報酬は出す! 金貨5枚でどうだニンゲン!」


「……報酬?」


 その言葉で立ち止まった僕。

 金貨が5枚もあれば、当分は資金に困らない。


「もし受けてくれるのであれば、前金で1枚、冥王様を倒してくれたら残りの4枚をやるぞ」


 僕の反応を見てニヤリと笑ったメリル。

 僕の背中をよじ登り、肩車のような格好になりながら顔を近づけてくる。


 今、冥の国には欺の国の軍勢が攻め入ろうとしている最中だ。

 そして大木も冥王の命を奪おうと、要塞都市グランザルに滞在している――。


「……分かった。でも、大木に頼むことはしない」


「どうしてだ?」


「言えない」


「なんで! 聞きたい!」


 僕の肩でジタバタしはじめたメリル。

 軽くため息を吐いた僕は、真剣な表情で彼女にこう答えた。


「殺すからさ。彼を」


 僕の返答に、口を開けたまま黙ってしまうメリル。

 きっと心の中で、僕のことを馬鹿にしているのだろう。

 さっき自分で自分のことを『欠陥品』だと言ったばかりだ。

 僕に《亡者》の力を持つ大木を殺せるなんて、これっぽっちも思うはず――。


「……格好いい!!」


「……は?」


「お前、格好いいじゃないか! 敵わない相手でも、向かっていくその姿勢……! ニンゲン、お前名は?」


 肩から飛び降り、嬉しそうに僕の顔を見上げるメリル。

 こうやって見ると、本当に小さな女の子にしか見えない。


「……日高焔ひだかほむら


「ヒダカホムラか! じゃあ、ホムラ! 私と一緒に冥王様を倒そう! そうしよう!」


「あ、ちょっと……!」


 そのまま僕の腕を引っ張り森の中へと連れていくメリル。


 何だか分からないまま、僕は彼女に引っ張られながらぐんぐんと森の奥へと進んでいった。





 薄暗い森の中は僕と少女の足音しか聞こえない。

 何故か鼻歌を歌いながら僕の腕を引っ張る彼女に視線を向ける。


(……あれは……?)


 彼女の首筋にはいくつもの傷痕があった。

 あれは戦闘で受けた傷なのだろうか。

 それとも――。


「じゃじゃーん! ここが私の家なのだ!」


 得意げな表情の彼女が指差す先には、小さいけれども立派なログハウスが建っていた。

 そこまで小走りで向かい、重そうな扉を開く。


「へぇ、これってメリルが作ったのか?」


「そうだ。凄いだろう? 魔力が弱くたって、木を切り組み立てれば、家だって作れるんだぞ」


 僕の言葉に少しだけ頬を染めたメリル。

 内装もしっかりしているし、一人で住むには勿体ないくらいだ。


「まあ、とにかくこれから作戦会議といこうではないか!」


 彼女に促され、中へと入る僕。

 手作りの椅子に座ると、さっそく飲み物を用意してくれる。


「……毒とか入ってないよね?」


「失敬な! そんなに私のことが信じられないかホムラ!」


「だって、妖冥族って人の心を惑わす妖魔術を使うって、さっき」


「そうだった! 余計なこと先に言ってた!」


 頭を抱え、うなだれてしまったメリル。

 彼女が国を追い出されたのは、魔力が弱いせいだけじゃないのかもしれない……。


 ――でも、どうして僕は、彼女の申し出を受けたんだろう。


 資金不足に困っていたのもあるが、それだけじゃない。

 彼女が、僕と似ていたから?

 無能者と罵られ、追い出された僕と――。


「……」


「うーん、じゃあまずオオキジュンイチを殺すのが先か、冥王様を倒すのが先かジャンケンで決めて……それから……」


 一人で勝手に作戦を考え始めたメリル。


 でも僕と一緒にいたら、いつか彼女も死んでしまう。

 僕のこの『拒絶の力』のせいで――。


「? 聞いているのかホムラ?」


「ああ、聞いてるよ」


 僕の表情を見て首を傾げるメリル。

 きっと今、僕は能面のような顔をしていたのだろう。


 ユーミルを殺してしまってから、僕の心は完全に氷の檻に閉ざされてしまった。

 取り繕った笑顔でメリルの話を聞き。

 彼女が死んでしまうことを想像しても、特に何の感情も沸かない。


 でも、それでいいんだ。


 彼女が僕の復讐に利用できるのなら、大木を殺すまではこの茶番に付き合おう――。



 ――メリルの作戦を聞きながら、僕は心の中でそっとそう呟いた。


















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