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妖冥族のメリル

 尻餅を付いたまま、僕は唖然とする。

 先ほどまで緑で溢れていた街道が、一瞬で消え去った。


 一体、何十キロ先まで『力』が発動したのだろう。

 地面が大きく抉れ、砂利のような小石がパラパラと崩れ落ちてくる。


「……ユーミル……さん?」


 震える足を押さえ、彼女の名を呼び立ち上がる。

 しかし、返事はない。


 聞こえるのは、抉れた斜面を転がり落ちる砂利の音だけ。

 襲ってきた盗賊も、馬車もラクダも。

 街道とともにすべてが消え去ってしまった。


「……ユーミルさん……」


 もう一度彼女の名を呼ぶが、当然返事などない。

 僕は俯いたまま途方に暮れる。


 ――彼女は僕を助けようとしてくれた。


 盗賊に囚われた僕を助けるために、危険を顧みず。

 身体中に族の刃を受けながら、それでも僕に必死に腕を伸ばして――。


「…………僕が…………殺した…………?」


 僕が、彼女を殺した?

 どうして?

 助けようとしてくれたのに?


 僕のことをずっと気にかけてくれていたのに?

 命令に背いてまで、僕に不都合な報告を祖国に送らないでくれた彼女を?


 ……僕が、ころした?


「…………ふふ…………あはっ、」


 僕が、殺した。

 僕が殺した僕がころした。

 僕がころした僕が殺したぼくがころした僕が殺した。

 僕が殺したぼくがころした僕が殺した僕が僕がぼくがぼくがぼくが僕が…………!!


「あははっ、あはははは。ははははは! あはははははは!!」


 ――何故か、笑いが止まらなかった。


 涙を流しながら、それでも僕の笑い声が荒野に響き渡る。


 これは、《王者の力》なんかじゃない。

 僕に、そんな大層な力が宿るわけがない。


 やはりこれは『拒絶の力』だ。

 僕は現実世界からも、この異世界からも拒絶された人間なんだ。


 あの日、姉さんがいじめられていた時だって、僕は足が震えて教室の扉を開けることすらできなかった。

 今だって、ユーミルに助けられたばかりか、僕は彼女を……彼女を……!


「ははははは! あはははははは!!!」


 よく分かったよ、神様。

 僕は、誰とも触れ合えない。

 復讐に、平穏な感情など必要ない。


 ただひたすら冷徹に。

 標的を殺すことだけを考え。

 実行に移し、証拠を隠滅するだけ――。


 感情は、もう捨てよう。

 復讐の邪魔になるものは、僕には必要ないから。


 ――懺悔なら、死んでからいくらでもしてやる。


「……ごめんなさい、ユーミルさん。もう少し……あと少しだけ待っていてください。そうしたら、すぐに謝りに行きますから――」


 もうすでに、涙は枯れていた。



 僕は傍らに落ちているポシェットと指輪を拾い、その場を後にした――。





 数時間ほど歩くと、深い森が前方に広がった。

 ポシェットから地図を取り出し指輪を翳す。

 指輪から放たれた紫色の光は、この森の先にある大きな都市を指し示していた。


「……要塞都市グランザル……」


 地図に描かれた都市の名前を呟く。

 ここに《亡者》の力を得た大木潤一おおきじゅんいちがいる――。


 地図をポシェットにしまい、しばし思案する。


 ユーミルが死んだ今、欺の国とコンタクトをとることが出来なくなった。

 今朝方、ギジュライに2日分の報告をしていたユーミルだったが、今夜も報告が無いとなるとさすがに異変に気付くかもしれない。


 彼女を殺した僕を、欺王は同志と認めるだろうか?

 そもそも、僕はもうあの国に戻るつもりはない。

 

 クラスメイトを殺すための支援は必要だが、欺王はすでに《王者の力マスター》を覚醒している。

 すでに隣接する3国に同時侵攻を仕掛けている最中だ。

 これならば、ある程度の目くらましにはなるだろう。


 戦争の混乱に乗じて、一人ずつ確実に、殺していく。

 

 しかし、問題は当面の『資金』だ。

 暴走したこの『力』のせいで、ギジュライから手渡された宝玉や金貨もすべて消失してしまった。

 幸い魔法の地図と指輪は手元にあるが、それ以外は2つの召喚石だけだ。


ガサガサッ――!


「!」


 前方の森の茂みが大きく揺れ、僕は召喚石を握り警戒する。

 まさか、モンスターか……?


「いてて! くっそぅ、あいつらホント容赦ないんだか……ら?」


「……?」


 茂みから転がり出てきたのは、小さな女の子だった。

 しかしよく見ると、背中に羽のようなものが生えている……?


「お、おおおお前! そこのお前!」


 急に大きな声を出した少女は、埃まみれの顔のまま僕に指を差した。


「お前、あれか! 人間だろう! 私か? 私は妖冥族のメリルっていう、この森の云わば……そう! アイドルだ!」


「……アイドル?」


 彼女――メリルの言っている意味がさっぱり理解できない僕は、そのまま彼女の脇を素通りしようとする。


「ちょ、無視か! びっくりだよ! うわ、めっちゃ傷ついたよ! ブロークンハートだよ!」


 慌てて僕の後を追ってくるメリル。

 しかし僕は足を止めず、そのまま森の奥深くへと進んでいく。


「ちょ、聞けよ! お前、あれだろ! 今話題の異世界人だろう! 私、知ってるんだ! 欺王ジル・ブラインドが軍隊を率いて冥王様を亡き者にしようとしているのを!」


 ついに僕の制服の裾を引っ張り、否が応でも振り向かせようとするメリル。

 僕はため息を吐き、彼女の手を乱暴に振り払った。


「痛い! レディに対してその態度! ひどい! このケダモノ!」


 ジタバタとその場で足踏みをするメリル。

 しかし、僕に危害を加えようというわけではないらしい。

 妖冥族というものがどういった種族なのかは知らないが、冥王ゼノンのことを『冥王様』と呼ぶくらいだ。

 僕にとって害はあれど益は無し。

 他者との関わりは、僕にとってマイナス要因でしかない。


「お前もどうせ《者の力パーソナル》を使って冥王様を倒す気だろう! そうなんだろう!」


 ビシッと僕に人差し指を立て、指摘するメリル。

 その真剣な表情に、僕はもう一度大きくため息を吐いてしまう。


「……僕は違うよ。《亡者》の力を持っているのは、大木潤一っていう奴だ」


「オオキジュンイチ?」


「そう。僕も異世界から来た人間だけど、この世界にいる20人の『王』とは誰とも戦わない」


「……どうしてだ?」


「簡単だよ。力を授からなかったからさ。僕は欠陥品なんだ」


 それだけ答え、メリルの脇を抜けようとする。

 ――が、またもや僕の制服の裾を掴み、進行を妨害しようとする。


「……まだ何か用があるの?」


「ある」


 まっすぐに僕の目を見つめたメリルは、一度大きく深呼吸をし、こう切り出した。



「そのオオキジュンイチとやらに頼んで、冥王様を倒して欲しい」



「……は?」

















 

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