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王者の力(マスター)

 宿に戻り、心配そうな顔のユーミルに出迎えられた僕。


「……ホムラ様。その召喚石は……」


「……うん」


「!! ホムラ様!!」


 何故か眩暈がしてそのまま前のめりに倒れそうになったところを、ユーミルに支えられる。

 彼女の豊満な胸に顔を埋めたまま、僕は意識が遠のいてしまった。





 ここは……どこだろう。

 ああ、そうか。

 これは夢の中だ。


 夢の中で麗子姉さんが僕に優しく微笑みかけてくれる。

 僕はずっと、姉さんのこの笑顔が大好きだった。


 あの学園に引っ越してくるまで、僕らはずっと幸せだった。

 なのにどうして、こんなことになってしまったのだろう。


 ただ、静かに暮らせればよかった。

 誰にも迷惑などかけていないし、成績が悪いわけでもなかった。


 でも、ある日姉さんは一人のクラスメイトが虐められているのを庇ってしまった。

 井上絵里いのうええり――。

 《勇者》の力を得たクラスメイト――。


 それからというもの、クラスメイトの標的は姉さんに絞られた。

 そして姉さんを守ろうとした僕にまで虐めの火の粉が降りかかった。


 何故、『いじめ』は無くならないのだろう。

 皆で楽しく、学園生活を送ればいいのに。

 そうすれば、奴らは皆、僕に殺されずに済んだのに――。


 笑顔の姉さんの顔が徐々に溶けていく。

 ああ、そうか。

 これは僕に対する『戒め』だ。


 きっと僕の深層心理は自己嫌悪に陥っているのだろう。

 でも、もう後には引けない。

 心が壊れようと、命を危険に晒そうとも――。


 ――僕は絶対に、クラスメイトを殺すことを、止めないのだから。





 目を覚ます。

 

 横を向くと、僕を抱えるように眠っているユーミルの姿が。

 僕はあのまま、ユーミルの胸の中で気を失ってしまったのか。


「……ん」


 徐々に薄目を開けるユーミル。

 そしてそのままの体勢で僕の顔に視線を向ける。


「……おはようございます、ホムラ様」


「……うん。おはよう、ユーミルさん」


 彼女の笑顔に少しだけ動揺してしまう。

 そして、この体勢にも。


「昨日は……申し訳ございませんでした。ホムラ様がいなくなったことにも気付かず、シャワーなどを浴びてしまっていて」


「謝らないでください、ユーミルさん。僕が勝手に出ていっただけですから」


 そう答え、ユーミルの胸から顔を上げる。

 少しだけ残念な気もしたが、起きないわけにはいかない。


「……『聖者』を……倒されたのですね?」


 ユーミルはベッドの脇にあるテーブルを指さした。

 そこには明日葉から手に入れた召喚石が。


「はい。もう『天の国』には用がなくなりました。このまま次の国に向かいましょう」


 極力表情を変えず、それだけ答えた僕。

 2つの召喚石をポケットにしまい、そのまま立ち上がった。


「ギジュライ様にはこれからご報告致します。昨晩はご報告できませんでしたので」


「昨日は報告をしなかったのですか? じゃあ僕がいなくなったことも?」


「はい」


 同じくベッドから立ち上がり、頬を染めたユーミル。

 ギジュライに対する報告は、毎晩欠かさずにしなければならない決まりがあったはず。

 彼女は上官の命を背いてまで、僕が行方不明になったことを黙っていたのか。


「次からは、僕が勝手に行動したことも含めて、包み隠さずに報告してください。でないと、ユーミルさんの立場が悪くなります」


 それだけ答え、制服の上着を羽織る。

 モジモジとしたまま、そっと返事だけを返したユーミル。


 ――僕はきっと、彼女の気持ちには応えられない。


 すべての復讐を終えたら、きっと僕は――。





 ガライの街を抜け、『天の国』との国境には向かわずに西に延々と向かう。

 この国は『欺の国』のように灼熱の砂漠は存在しない。

 緑豊かな涼しい道のりを、ユーミルと共にゆっくりと歩く。


 しばらく歩くと、前方に荷馬車を引いたラクダが目に入った。

 どうやら馬車が故障したらしく、通行人が近くを通るのを待っていたらしい。


「ああ、助かったぜ。お前さん達、これからどこに向かうんだい?」


 馬車の物陰で休んでいた行商風の男がユーミルに話しかける。


「『冥の国』へ向かう途中だ。目的地が一緒であれば、このまま馬車を修理して一緒に――」


 そこまで答えた瞬間、僕の背後から何者かが手を伸ばした。


「!」


 そのまま僕の口を押え、首元にナイフを向ける。


「くはは! かかったな! おい、お前ら! 獲物が掛かったぞ!」


「ホムラ様!」


「おっと。動くんじゃねぇよ、姉ちゃん」


 僕の元に駆けつけようとしたユーミルに、先ほどの行商風の男が刀を向ける。

 そして馬車の物陰から出てきた数人の男たちが僕らを取り囲んだ。


「あー、なんでぇ。こいつ変わった石ころと地図しか持っていやがらねぇ。あ、でもこの指輪は高く売れそうだな」


「っ――!」


 無理矢理指から指輪を引き剥がされ、その拍子に指の皮が剥け、血が滴り落ちた。


「おい! こっちの姉ちゃんの荷物には宝玉まであんぞ! うはっ、なんだこいつら、王族か?」


「くっ……!」


 荷物の中身を全て地面に放り出され、ギジュライから持たされた金や武器、魔道書などが次々と盗賊たちの手に渡る。


「(まずい……。召喚石は取られてしまったし、ユーミルは僕が捕えられていて上手く動けない……)」


 痛む指を押さえ、自身の無力さを呪う。

 結局、自分ひとりの力では何もできないのか。

 中途半端にしか力も覚醒せず、こんな盗賊などに好きにやられて――。


「うはぁ! この姉ちゃん、えらいべっぴんさんだなぁ……! おい、そこの男は殺しちまって、この姉ちゃんだけ持って帰ろうぜ!」


「なっ……!」


「そうだなぁ。ここから一番近い街まで向かうのも、結構な距離だしなぁ」


 ニヤリと笑った盗賊の一人が、刀を抜き、僕にゆっくりと近づいてくる。

 こんな場所で、こんな奴らに殺されるわけにはいかない――。

 僕は目でユーミルに合図を送る。


「……」


 何も答えず、目だけで返事をしたユーミル。

 そして刀が振り上げられた瞬間――。


「《疾風》!」


「うわあああ!」


 すでに魔法を詠唱していたユーミルが突風のような魔法を唱えた。

 盗賊が怯んだ瞬間、僕はナイフを歯で強く噛み、そのまま男のもう一方の手に握られたままの召喚石を取り返す。


「クソガキが! 切り刻んでやんぜ!」


 ナイフに力を込めようとした瞬間口を放し、そのまま反転して男の心臓に右手を翳し、殺意を込めた。


「――へ?」


 次の瞬間、ジュワっと大きな音が周囲に木霊し、男の腹に大穴が開いた。


「う……うわあああああああ!」


「ホムラ様は下がってください!」


 そのまま奪われた曲刀を奪い返し、男たちの中心に突進するユーミル。

 僕は彼女の指示を聞き、溶け始めた盗賊を尻目に馬車の陰に向かった。


「なんだ……あの『力』は……?」


「貴様らの相手はこの私だ!」


 詠唱を始め、曲刀に描かれた紋章に光が宿る。


「くっ! この女、『魔道剣士』だ!!」


 一人の盗賊の叫び声により、全員がユーミルに視線を向けた。

 そして各々の得物を構え、彼女を取り囲んでいく。


(僕が……出来ることは……)


 左手に召喚石を握りしめ、考える。

 今の僕に出来ることは、相手を油断させ奇襲をかけることくらいだ。

 こういった集団戦では、まったくと言っていいほど役に立たない。


「《迅雷剣》!」


「ちいいぃ!」


 雷を纏った曲刀を振り回し、数人の盗賊と渡り合っているユーミル。

 多勢に無勢なのにも関わらず、女性とは思えない強さで盗賊を圧倒している。


「くそっ、一気に行け! 俺はあのガキを捕える!」


「!? ホムラ様!!」


 敵わないと察したのか。

 盗賊のひとりがターゲットを僕に絞り、他の盗賊はユーミルに対し一斉攻撃を仕掛けた。


(考えろ、考えろ、考えろ……! 今の僕に出来ることは、なんだ……?)


「くっ……! 間に合わない……! こうなったら……!!」


 猛攻を仕掛ける盗賊らを押し退け、攻撃を避けることなく僕に向かってくるユーミル。

 身体中に裂傷を負い、それでも僕に迫る盗賊を撃破しようと――。


「かかったな」


「あっ――」


 急に後ろを振り向き、刀を突き出した盗賊。

 その刃がユーミルの腹を貫き――。


 ――その光景を見た僕は、脳内でぷつんと音を立て、いつの間にか右手を翳していて。


「うわああああああああ!」


「ちいぃぃ! さっきの『力』か――」


 振り向こうとした男の後ろ頭に向け、右手が触れた瞬間。

 ドゴンッ!! という強い衝撃とともに後方に倒れ込んでしまった僕。


「う……。なんだ、今の衝撃は……?」


 前方に視線を移しても、何も変化がなかった。

 ――いや、違う。

 何かが・・・僕の背後から・・・・・・物凄いスピードで・・・・・・・・押し寄せてくる・・・・・・・――。


 そして次の瞬間。


 見えない波動のようなものが空気を振動させ――。



 ――一瞬にして盗賊らとともに、前方の風景が消えて無くなったのだった。

















 

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