高飛車な女
ニーベルングの指輪が地図に指し示した場所にまっすぐに向かい3日目。
ようやく旅に慣れてきた僕は、横を歩くユーミルに声をかける。
「もうそろそろ『天の国』に到着しますね。ここまで無事に旅をしてこれたのも、ユーミルさんのおかげです」
素直に彼女に礼を言い、ニコリと笑う。
「……そんなお顔もできるのですね」
「え?」
彼女の言葉の意味が分からなくて、つい疑問符を投げかけてしまう。
「ホムラ様はいつも、険しい表情をなされていますので」
「……」
彼女の言葉に返答せず、ただ黙って下を向いた。
そしてそのまま、またしばらくは無言の時間が流れる。
「今日はかなり歩きました。『天の国』に入国する前に、直前にあるガレイの街で一休みをしましょう」
沈黙を打ち破ったユーミルは前方に見える国境の街を指し示した。
もうそろそろ日が傾きかける時間だ。
足はパンパンだし、休憩できるのであれば少しでも寝ておきたい。
首を縦に振った僕は、彼女とともにガレイの街へと向かうことに――。
◇
少し寂れた感じの、小さな街。
宿をとってくれたユーミルに断り、軽く仮眠をとらせてもらうことにする。
すぐに瞼が重くなり、ウトウトとし始めた頃。
いつの間にか部屋にユーミルがいないことに気づき、顔を上げる。
「……ユーミルさん?」
耳を澄ますと、すぐ隣の部屋からシャワーの音らしきものが聞こえてきた。
慌てて飛び上がった僕は、そのまま部屋を飛び出すことに。
「……はぁ。別に宿を出ることはなかったんだけど……」
頭の後ろを掻きながら、街をぶらぶらと歩き時間を潰す。
あまりにも無防備なユーミルに赤面しっぱなしの僕。
『欺の国に生まれた女は、どれだけ優秀な夫に娶られるかで優劣が決まりますから』
数日前のユーミルの言葉が頭の中で反芻する。
ここ数日、彼女はあえて僕の前で着替えてみせたり、今もこうしてシャワーを浴びたりして心を乱そうとしてくる。
そのたびに僕はこうして慌てて逃げる羽目になるのだが――。
「!!」
慌てて物陰に隠れる僕。
心音が高鳴り、呼吸が荒くなっているのが分かる。
前方には3人の男に囲まれ、嬉しそうな表情をしている女が――。
「蓮見明日葉……!」
僕は彼女に気づかれないようにそっとポケットから地図を取り出す。
ギジュライに渡された魔法の地図。
僕が念じると、地図の風景がガレイの街周辺に切り替わる。
そこに指輪を翳すと、指輪から放たれた青い光が確かにこの街を指し示していた。
『青い光』は《聖者》を指し示す光――。
僕の脳内でぷつりと何かが弾ける音がした。
「ふふ、じゃあ後でね」
男3人と別れ、軽い足取りで裏路地へと向かっていく明日葉。
もう辺りはだいぶ薄暗くなってきているというのに、まったく用心のかけらも見当たらない。
僕は無表情のまま、彼女の後を追う。
人気の無い裏路地。
カツン、カツンと小気味良い足音を立てながら歩く明日葉。
その歩調に合わせ、ゆっくりと彼女の後を追う僕。
左手には、すでに召喚石を握っていた。
感情は、驚くほど冷静だ。
「……誰?」
気配に気づいた明日葉が、僕を振り返る。
そして僕を見るなり、一瞬驚いた表情に変わったが、すぐにいつもの余裕の表情に変わる。
――あの『顔』だ。
姉さんをいつも苛めていた、あの人を見下したような顔――。
「あーら。これはこれは、日高くんじゃない。よく生きていたわね。元気だった?」
腰に手を当て、高飛車な態度でそう言う明日葉。
僕は何も答えずに、ただゆっくりと彼女に近づく。
「こんな寂れた街で会うなんて、奇遇じゃない。あ、もしかしてさっきの見てた? あの男達ったら、私と出会うなりいきなりナンパしてきてね。ちょうど『天の国』に入国する前にどこかで休みたかったから、彼らの家に泊まらせてもらえることになってね」
ペラペラとよく喋る口だ。
どうせ身体目当ての男共なのだろう。
現実世界でも異世界でも、明日葉の男好きな性格はまったく変わっていない。
「どう? 日高くんも一緒に来る? あー、でも駄目かぁ。日高くん、童貞だもんねぇ。ふふ、私って童貞くんとか興味が無いし――」
「黙れ」
そのまま彼女を押し倒す。
しかし、明日葉はまだ喋るのを止めない。
「あはっ、あははは! 何をしてるの日高くん! こんな人気のない裏路地で私を押し倒して、正気なの? ……ぷっ、笑わせてくれるわ! 貴方たち姉弟はなーんにも出来ない役立たずじゃない! 勝手に死ぬわ、無能者だわで、ほんっと飽きない――――!?」
そのまま《王者の力》を発動する。
右手に触れた明日葉の制服から、徐々に力が侵食していく。
「な、なに……これ……? 私の制服が……!」
ジュワジュワと音を立て、制服が溶かされていく。
それだけではなく、彼女の衣服はすべて溶け去ってしまった。
「まさか貴方……『力』を……!」
「そうだ。これが僕の力だ」
丸裸になった明日葉の身体にまたがったまま、僕は彼女を無表情に見下ろす。
一瞬表情を歪めた彼女だったが、またすぐにいつもの見下した表情に戻った。
「ふ、ふふ……、日高くん。こんな場所で私を裸にして、本当は私のことが欲しいんでしょう? そうよね? だって私、クラスで一番の美人だったし、付き合っている男だって何人も――」
喋り止まない明日葉にため息を吐いた僕は、そのまま彼女の口を右手で塞ぐ。
「!!??」
ジュワジュワと音を立てて溶けていく彼女の口。
僕の腕を両手で掴み、足をばたつかせながら悶絶している明日葉。
「すぐには殺さない。長年受けてきた姉さんの苦しみの、10分の1でもいい。お前に与えてやりたいから」
手を離すと、彼女の唇は完全溶け落ち、鼻や下あごまで侵食は続いていた。
歯並びの良い白い歯が露出し、声にもならない悲鳴を上げている。
「顔があああぁぁ! 私の大事な顔がああああぁぁぁぁ!」
喚く彼女を無視し、今度は頭に右手を翳す。
そして頭髪ごと彼女の頭を溶かす。
「ひぎいいいぃぃぃ! 熱いいぃぃ! どげるうぅぅぅ!!」
半分以上の頭皮と頭髪が溶け落ち、かつての美貌の欠片も残らない醜悪な姿となった明日葉。
しかし、僕は手を休めない。
「今度はどこを溶かして欲しい? この胸か? それとも数々の男どもを招き入れた部分か?」
自分の声が、まるで他人の声のように聞こえてくる。
僕はもう、人間じゃない――。
姉を殺したクラスメイトを殺す、ただの悪魔だ――。
「も、もう……助けで……。ゆるじで……」
「姉さんは、お前らに何度もそう言った。でも、お前らは許したか? 手を止めたか?」
彼女の右胸に手を置き、力を発動する。
「ぎいぃぃ!! あ……あああああ!!」
今度は彼女の左胸に手を置き、力を発動する。
「あああああああ!! ひいいいぃいぃぃ!!」
僕は無表情のまま、《王者の力》を極限まで押さえ、発動し続ける。
右肩。右足。右耳。
左頬。左目。左手。
わき腹。右太腿。左足首。
最後には指一本一本を順番にすべて溶かしていく。
しばらくそれを繰り返した後、溶かす場所が無くなり、僕は大きく息を吐く。
「……ご……ごろ……じで……。もう……殺……じ……」
「ああ。今度はあの世で、姉さんにもう一度謝るんだ」
左手の召喚石をぎゅっと握り締め、もう溶かす部分の無い彼女の身体の中心に右手を置く。
そして、力いっぱい殺意を込めた。
一際大きな音が彼女を中心に周囲に響き渡った。
そしてものの数秒で、彼女の身体は消失してしまう。
二階堂のときと同じく、そこに残されたのは《聖者》の召喚石だけだった――。