プロローグ
姉さんが、死んだ――。
告別式が終わり、僕はひとり暗い部屋で一昨日の光景を思い出す。
一日の授業が終わりホームルームが始まるまでの休憩時間。
トイレに行き、教室に戻ろうとしたら姉の悲鳴が扉の隙間から聞こえてきた。
僕は扉に手をかけたまま恐怖のあまりに硬直してしまった。
――まただ。
また、姉がクラスメイトにいじめられている。
僕たち姉弟はこの学校に転校してから3ヶ月、ずっといじめに耐えてきた。
担任の教師も、他のクラスのやつらも見て見ぬふりをしていることも知っていた。
僕は手が震えたまま、扉を開ける勇気が出ずに、そのまま一部始終を見るだけしか出来なかった。
クラス中の人間が、姉さんのことを嘲笑っていた。
実際に姉さんを取り囲んでいるのは数名の男女だが、誰も姉さんを助けようともしなかった。
取り囲んでいるうちの1人が姉さんを羽交い絞めにし、もう1人が姉さんの髪を引っ張ったりするたびにクラス中に笑いが起こった。
何とか彼らの手を振りほどいた姉さんだが、逃げようとした瞬間に足を引っ掛けられた。
そしてそのまま前のめりに転んでしまった。
――鈍い音が教室中に響き渡った。
一瞬、静かになった教室。
取り囲んでいたうちの一人が姉さんの口に手を当てた。
そして、青ざめた表情で呟いた。
「……こいつ、息をしていない」
焦った彼らは動かなくなった姉さんの前で相談をし始めた。
もうそろそろホームルームが始まってしまう。
そしたら姉さんが死んだことがばれてしまう。
そして、姉さんの足を引っ掛けたやつが震える声で提案した。
「自殺したことにしよう」
そいつの提案に乗ったクラスメイトらは、4人がかりで姉さんを持ち上げ――。
――そして、そのまま5階の教室の窓から放り投げたのだった。
◇
暗い部屋で音を消したテレビの光が僕の顔を照らす。
姉さんが窓から飛び降り自殺をしたことは、すぐに全校生徒に知らされた。
しかし、僕は一部始終を見ていたのだ。
姉さんはやつらに殺されたのだ。
すぐに救急車と警察が校舎に駆けつけてきた。
僕はクラスメイトに見つからないように勇気を出して警察に事情を話した。
そして告別式の前日。
学校側は『いじめの事実はない』という発表をした。
その場に居合わせたクラスメイト全員が、急に姉さんが窓から飛び降りたとも証言した。
遺書も残っておらず、いじめを示唆するメモなども見つからなかった。
僕は、悔しかった。
そして懺悔した。
あのとき、恐怖のあまりに身体が硬直して姉さんを助けられなかったことを。
僕がいじめられているときは、姉さんは身体を張って助けてくれたというのに――。
僕はポケットから一本のナイフを取り出す。
それがテレビの光に反射して鈍い光を発した。
――殺そう、奴らを。
姉さんを殺したクラスメイトを、一人残らず――。
◇
次の日の朝。
学校に向かった僕は、ナイフを握りしめ教室の扉を開いた。
しかしその瞬間、世界が歪んだ。
教室には目を丸くしているクラスメイトの姿が見える。
僕は気にせず、そのうちの一人に焦点を絞る。
ポケットからナイフを取り出そうとするが、今度は手が動かなくなった。
開いたままの扉が勝手にしまり、教室中に淡い光が照射される。
それからようやく、異変が起きていることに気付いた。
全身が光に包まれていく。
――そして僕を含めたクラスメイト全員は、その場から消え去った。