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透明人間とシュークリーム

赤い眼鏡とやぶれ饅頭

作者: すろ十五
掲載日:2014/11/09

3、赤い眼鏡とやぶれ饅頭



2013年12月26日



「あれ」

教授の部屋に向かう途中で、よく見慣れている背中を中庭に見つけた。

「英彦くん?」

振り返って僕だとわかるなり、爽やかに微笑んでくれる。やっぱり首なしの英彦くんだ。今日はちゃんと首がある。

「英彦くん、なにしてるんですか?」

英彦くんの手にはスケッチブックと鉛筆が握られている。

「絵を描いてたんですか?」

うなずく英彦くん。

「上手ですね、すごいなあ」

首を振る英彦くんのすこし癖のある髪が揺れる。謙遜しなくていいのに。英彦くんはしゃべることができないわけではないのだけれど、寡黙というか無口というかシャイなのだ。

「ありがとうございます」

と、このように。たまーにすごく小さな声でしゃべってくれる。

「英彦くん、ここで会うのは初めてですね。最近はこのあたりで描いてるんですか?」

頷く英彦くん。彼は画家を目指していた美大生で、自分的に理想の一枚を描くことで成仏できる、かもしれないby千鳥さん。街のいろんなところで絵を描いているのを度々見かける。

「じゃあ、また会えるかもしれませんね」

微笑んでくれた。英彦くんは爽やかだなあ。彼の笑顔を見ると清々しい気持ちになる。こころが洗われるというか。纏う雰囲気が良いんだろうなあ。こんな人僕の知り合いには他にはいない。ああ、でも新田原さんはそうかな。爽やかっていうより穏やかだけど。あ、新田原さん。はやく交代しなきゃ、

「邪魔してすみません。僕、もう行きますね。また今度ゆっくり。そうだ、寒くないですかずっとここにいたら。校舎に入らなくていいですか」

首を振る英彦くん。大丈夫、幽霊は寒さを感じないのだろうか。

隣に座ってゆっくり話す気分になっていたけれど、そうだ仕事だ。名残惜しくもベンチを立つ。少し離れて、振り返るとまだ彼と目が合う。手を振ると、笑顔で振りかえしてくれた。本当に好青年だなあ……さっぱり気持ちよく今からの仕事ができそうだ。



紙のにおい、いや埃のにおい。もしくは部屋を造る木のにおい。独特なにおい。この部屋はいつも紙で埋め尽くされていて、雑多で落ち着く。

先ほどからご挨拶が遅れてすみません。こんにちは、今日も今日とて透明の僕です。

「いたい、肩がすごくいたい」

「休憩、しますか?」

伯父さんが天井を仰ぎながら肩を回す。床に散らばる紙を拾う度に埃がきらきら舞っている。とても健康に悪そうだ。やはり窓を開けておくことにしよう。

「新田原くんが買ってきてくれたシュークリームがあるよ。お前も一緒に食べよう」

「ありがとうございます、了解しました」

「お前最近、了解しましたって言うよね。堅いね」

「ごめんなさい」

「悪くないよ。ちゃんとよそで仕事してるんだなあ、と思ってさ。ああ、うちのチビが社会人か。感慨深い」

「コーヒーですか?」

「ううん。今日はお茶がいい。ロイヤルミルクティーで」

実は、僕はオフィス以外でもバイトをしている。この伯父さんの手伝いだ。

伯父さんは僕が通う大学で教授をしていて……これを言うと千鳥さんたちあたりには「裏口?」と言われる。心外だ。僕はちゃんと試験を受けて、そして受かった。ただ必要な書類のアレコレとか大学生活のアレソレで伯父さんには沢山手をまわしてもらっているので、まあ「半裏口」ということで。所属しているのも伯父さんが強く関わる学部学科だし。ありがとうございます伯父さん。

「了解しました」

ミルクティーは最近ジャスミンさんおすすめされたインスタントのものだ。最近気づいたのだけど、伯父さんも僕もたいがいの甘党らしい。千鳥さんのこと言えないな。

「お前、卒業してもここで働きなさい」

伯父さんはその業界では有名な音楽家で、大学の音楽学部の教授も兼任している。

音楽のジャンル問わず作詞や作曲、楽器を演奏したり、はたまた気まぐれに楽団を指揮したり、そして合間に大学で講義を。そんな人がいるのかと僕も思う。この紙だらけの部屋は大学のちょっと奥まった場所にあって、伯父さんが仕事とか自分の好きなように勝手に使っているいわば作業場で、伯父さんしか使わない部屋なので簡単に「教授室」と呼ばれている。

「新田原さんにもそう言われましたけど、冗談ですよね」

「うまいな、これ」

「はい」

ほんとこのシュークリームすごくおいしい。どこで買ったのか新田原さんにこんど訊こう。

「冗談じゃない。本気だ。お前以上にこの部屋をきちんと片づけられるやつがいない」

「新田原さんがいるじゃないですか」

「新田原くん一人にやらせるのかわいそうだろ、彼も自分の研究があるし。新田原くんさ、研究のために来年はちょくちょく外国に行くかもって」

「そうなんですか、さびしいですね」

「うん、さびしい」

窓から冷たい空気が入るけど、風は強くないし、部屋は暖房がついているし、紅茶はあたたかいし、ちょうどいいかな、きもちいい。新田原さんは長年、伯父さんの助手をやっている。伯父さんのお世話の傍ら自分の研究にも熱心で真面目でしかも物腰の柔らかい器の大きい……とにかく僕はとても尊敬している。伯父さんは片づけながら作業するのが苦手らしく、仕事で書いた譜面や詞を書いた紙などなど大事なものを床にまきちらしながら働く。その汚い部屋の片づけ、さらには仕事のスケジュールの管理、書類の整理、できあがったものの郵送などを新田原さんがすべてやっていた。僕のバイトは伯父さんの手伝いというより、新田原さんのてつだいというか、僕が入学してからはその作業を二人で分担してやっている。

「卒業したらオフィスの仕事に専念しようかと思っていました」

「そうか。そうだな。むこうの都合もある。無理強いはできん」

「上司に相談してみます」

「うん。よし、肩揉んでチビ」

「はい、」

紙の整理は終わったから、あとは床を軽く掃くだけ。硬い岩のような肩をほぐしながら、卒業したあとのことを考えた。すこしだけ。でもやっぱりいまいちうまく想像できない。じぶんのことなのにわからない。伯父さんと新田原さんは透明になる前の僕を、僕の記憶を知っている。僕の知らない僕のこと。僕より僕のことをよく知っている。

「チビは肩を揉むのがうまいな」

チビ。昔から変わらない、伯父さんの僕への呼び名。指先が少し震える。やっぱり、寒いのかな。空気も入れ替わったろうし、そろそろ窓を閉めよう。



「あの子は知り合い?昼に中庭で話してた子」

「ん?」

「見えるよ、ここから中庭」

吉塚が指さした先には昼間に英彦くんとおしゃべりしたベンチがあった。

「うん。オフィスのお得意様で。ここで会うのは初めてだからびっくりしたよ」

「身内、仕事の知り合いとかに、普段会わない場所で会うとなんだか気まずいような変な気分になるよな」

「ん、そうなのかな」

僕はそんなことなかったけど、英彦くんはそうだったのかな。だとしたら馴れ馴れしく話しかけてしまって申し訳ない。吉塚に言われてはじめて気がついた。

「またお饅頭?」

「うん。で?仕事はどうすんの」

昼間もあんなに饅頭食べていたし、マイブームというやつなのだろうか。

「うん。いままでどおり掛け持ちでもいいか訊くよ、所長さんに」

「ふうん」

「僕もだけど所長さんたちも来年からはオフィスに専念すると思ってるはずから、まだどうなるかわかんないけど」

所長さんからは、なんと言われるだろう。ゆくゆくは正社員にするつもりで雇われてるはず……はず。正社員にしてもらえるのかな。掛け持ちだと難しいかな。そもそも僕の能力的にどうなんだろう。正社員になれるほど僕って役に立ってるのかな。どうなんだろう。自分の鯖の味噌煮定食に箸をつけた。

「鯖味噌うまい?」

「うん、おいしい」

考えてもしょうがないからとりあえず訊いてみよう。

「おまえ、最近すっかりさ」

いくつめかの饅頭の包装を破りながら、吉塚が僕を見る。いつになく、ばっちり目が合った。

「うん?」

「いや、やっぱなんでもない」

「ん?」

なんだよ歯切れが悪いな。珍しい。でも、吉塚がなんでもないって言うならなんでもないんだと思う。だって吉塚だから。追及しなかった。味噌にやられて柔くなった鯖の身が口の中でとけて、べたりとした。美味しい。

「あ、そうだ」

「どした?」

「僕、今日から冬休みだった。オフィスの仕事」



 すっかり日が沈んで廊下が飴色に滲んでいる。

「あの所長さんが『年末年始はゆっくり実家に帰省でもしたらどう?』なんて。どんな陰謀があるのやら……」

愚痴をこぼす僕と笑顔の新田原さん。

「帰省しないのかい?」

「そうですね。帰ってやる用事もないですし」

僕が連絡せずとも実家には伯父さんが僕の近況報告してくれているみたいだし……伯父さんって片づけられないし大雑把なくせに、そういうことはいつの間にかきっちりやってくれるんだよなあ。

「帰って顔を見せるだけでもご家族はうれしいと思うけどね」

「そういうものですか」

「そういうものです」

仕事が無いとなると途端に暇を持て余してしまう無趣味な僕は結局、新田原さんと一緒に伯父さんのお手伝いを続けることにして、今は食堂で作ってもらった新田原さんと伯父さんの食事を教授室に運んでいるところだ。

あ、英彦くんだ。まだいる。

スケッチする横顔をじっと見ていたら僕に気づいた英彦くんが昼と同様笑って手を振ってくれた。豚丼の乗ったトレーを片手で支えて、空いたもう片方の手をあげて応える。

「ん?誰かいるの?」

ああ、新田原さんには英彦くんが見えていないんだった。

「はい。オフィスの常連さんが」

「え、じゃあ幽霊の人?」

「首なしの絵描きさんです」

「わ、すごく見たい」

新田原さんは僕のことが見えるけれど、霊感的なものは持っていない。

じゃあなぜ、僕が見えるのかというと、記憶を消される前の僕と会っているからだ。伯父さんとは教授と助手の関係になる前から知り合いで、僕が産まれたときに「一人で会いに行くのは恥ずかしいから」と言って新田原さんを連れて赤ちゃんの僕を抱っこしに行ったとかなんとか……縁が深い。霊感が無いからこそ、より好奇心がそそられるそうで、幽霊や神様などのいわゆる『そういうもの』と音楽の関連を研究しているらしい。心霊等々の話をすると嬉しそうに聴いてくれる。

「そうだ。卒業したら、住むところはどうするの?」

そういえば、その問題もあった。僕は現在、伯父さんの家に居候させてもらっている。しかし大学を卒業したら一人暮らしをしようと思っているのだ。いつまでも家族に頼るのもどうかと思うのでキリよく卒業後は、と。

「……わすれていました」

「あらあ。教授、心配してたよ?遠慮せずにうちにずっと住めばいいのにって」

「うーん」

伯父さんの家は大学からは近いけど、オフィスからは少し離れている。別にそれで不満があるわけでもないし、同じ地域なので自転車で行けば気にならない程度の差なのだけれど。

「あ」

教授室の扉を開けたところで備え付けの電話が鳴り始めた。僕はトレーも住宅問題も置いて、受話器を取りに走った。通話を終えて教授室の飲食スペースに行くと、伯父さんは豚丼を、新田原さんは牛丼を食べていた。

「電話、誰からだった?」

「オフィスの事務の方からです」

業務に関する差し迫った内容ではありませんでした。

「暇なの?」

「基本的には」

『チドリは外で仕事だし、所長ハ寝てルし、ヤることナイ!アイドルのDVD見ルしかナいヨ!暇だヨ!』

ジャスミンさんの声が耳元によみがえる。

「でも千鳥さんは割と忙しいみたいです。今もなにか一人でやっていて」

「ちどりさんって、君の指導係の先輩だっけ」

「はい」

「何歳くらいなの?学生さん?」

「いえ、学生ではなく……たぶん僕と新田原さんの間くらいかと」

「う~ん、じゃあ三十路くらいかな。会ってみたいなあ。君と所長さんと千鳥さんと事務員さんの四人でやってるんだっけ?所長さんはおいくつ?」

「たぶん伯父さんと同じくらいじゃないですかね」

「全部アバウトだな」

「そうですね……そういえば詳しく知りません」

ジャスミンさんにいたっては見た目からまったく年齢が推測できません。女性の神秘でしょうか。

「ミステリアスだね」

「ミステリアス……」

たしかにその言葉、オフィスの人たちによく合っている気がする。

たぶん、知らないことのほうが多い。所長さんは地縛霊。ジャスミンさんは事務員という名の万能呪術師。千鳥さんは…なんだろう。すごく霊的な力とか強いし人間離れした体力だし人間離れした甘党だけど、人間。のはず。たぶん。という程度。

そうか、僕はそれくらいしか知らないんだ。

「新田原くん、ちょっと牛丼頂戴」

「言うと思いました。どうぞ」

伯父さんと新田原さんはお互いのことをよく知っている。同僚とは普通そういうものなのか。

「さすが。助手兼親友」

「兼保護者でもあります」

へえ。そういう関係もあるのか。同僚であり、友人。僕の周りは…わからない。またわからないことが増えてしまった。千鳥さんたちは、友人?うーん。呑みかけの緑茶がすっかりぬるくなってしまったので急須にポットに残ったお湯を注ぎ足す。そうだ、吉塚にもらったお饅頭を食べよう。

「あ、そのやぶれ饅頭おいしいよね!」

新田原さんが饅頭を指差す。そういえば僕、新田原さんに訊きたいことなかったっけ。いろいろな他の考えごとに押し出されちゃったかな。自分で思っている以上に自分はいろんなこといろいろ考えているのかもしれない。足りない頭で。お饅頭は本当にすごくおいしかった。



「いやあ二人でやると速いねやっぱり」

「そうですね」

「僕は自分の研究とかがあるからまだ残るけど、先に帰っていいよ?あとはもう明日やればいいし」

「でも」

「いろんなこと、ゆっくり考えな」

「……ありがとうございます」

「はい。気をつけてね」

いろいろ考えなくてはならないこともあるし、帰ろう。新田原さんは教授室の隣の自分専用の研究室に入っていった。もうだいぶ遅いのにまだ残るのか。伯父さんもまだ帰らないみたいだし。外に出るともう真っ暗だ。ひとの気配、呼吸を感じられない冷たい空間に踏み込むと、ベンチに身体を預ける姿が目に入る。あれからずっといたのか。一緒に帰ろうと誘ってみようと思ってベンチに近づいた。

 あれ、


「英彦、くん」


英彦くんはベンチに倒れていて、その身体には頭部がなかった。おかしい。いつもは頭をなくしても身体は動いているのに。寝ているのか。身体を揺すりますが、だらりと力が抜けていて、反応は無い。なんだ。ざわざわする。

「きづいた?」

聞きなれた声に振り向くと吉塚がいた。少し離れた食堂、窓の向こう。開いた窓から見える吉塚はわずかな明かりに照らされて、英彦くんの頭を手に持っていた。

「よしづか」

「まってるね」

詰問する前に吉塚は身を翻して見えなくなった。

どうして。吉塚は穏やかに笑っていた。しかしこの状況はきっと、穏やかではない。食堂に向かおうとしたが、考え直す。教授室に踵を返す。

「おう。どうしたわすれもんか」

「電話、お借りします」

手帳の一番上にある番号をダイヤルした。これは、たぶん、僕の手には負えない、負えません、


「たすけてください」


千鳥さんは電話に出なかった。留守番電話サービスに助けてほしい旨と場所をことづけて、受話器を置いて教授室から出る。おじさんが僕を呼ぶ声が聞こえたような気がしたけど、振り向かずに食堂に向かった。

冷たい廊下の先。鋭利な闇の中。食堂の扉の前に立つ。取っ手をつかんだ。力を込めて扉の口が開けた瞬間、頭にひどい衝撃をうけて気が遠くなって、意識を手放した。




「ねえ、『  』」

僕を呼ぶのは誰だ。僕の知らない、僕の、僕の名前を、誰が。

「ねえってば」

ああ、なんだ、『  』か。


ゆっくりと、自分が戻ってきた。目をうっすら開く。痛い。寒い。冷たい。身体が思うように動かせない。視線だけが動かせる。僕はたぶん食堂のテーブルの脚かなにかを背もたれにして、床にだらりと人形みたいに座り込んでいるようだ。視線をめぐらすと左手を強く誰かの手で握られている。強い力を込められているわけではないのにふりほどくことはできない、そんな手だ。

「う」

声も一応、出るらしい。うめき声だけど。

「おはよう」

穏やかな挨拶が頭上から聞こえる。

「……おはよ」

吉塚だ。吉塚の右手。椅子に座った吉塚が僕の左手だけ持ち上げている。

「ぼくら、どうして手をつないでいるの」

「俺とお前が友達だからだよ」

わからない。吉塚の手、俺と繋いでいるのと反対の手は英彦くんの頭を撫でているのが見えた。それはテーブルに腰掛けている吉塚の膝にあって、動かない。身体だけでなくこちらもも気絶しているようだ。かたく目を閉じている。

「よしづか、それ、ひでひこくんの、あたま、かえして」

「やだ」

「かえして」

「やーだ」

「かえしてよ」

「もっと、俺が返したくなるような頼み方、して?」

わからない。

「なんで、こんなことしたの」

「なんで。なんでかなあ。そうだな、なんでだと思う?ヒントはやっぱり俺とお前が友達だから、だよ」

ともだちだから?わからない。わからないことだらけだ、嫌になる。やっぱり僕の手には負えなかったです。千鳥さん、

「……たすけて」


「お前さあ」


吉塚と僕、二人っきりのはずの空間に別の誰かの声が、トン、と刺さった。ああ、電話が繋がらなかった時点で無理だと思っていた。でも、ちゃんと来てくれた。

「ち、どりさん……」

「ちどりさぁん、じゃねえよ。お前、助けてつって先に行くなよばーか」

すごく久しぶりに会った気がする。目の前に、いつもの金髪でピアス、金属バットを持った千鳥さんが立っていた。

「あんたが千鳥さんか。はじめましてコイツの友達の吉塚です。よろしく」

「よろしくしねえよ。挨拶代わりに殴らせろ」

「千鳥さんの話、よく聞きますよコイツから」

「どうせ悪口だろ」

「はい、だいたいは」

「バイトーお前ちゃんと友達選べよ。またこんなのに懐かれやがって」

「こんなのって随分だなあ」

「超厄介」

「あは」

いつも以上に眼光鋭い千鳥さんと、いつも以上に楽しそうな吉塚。二人の温度差で空気が毛羽立っていくのを感じる。

「千鳥さんも陰陽師なら術なりなんなりで僕をどうにかすればいいのに」

おんみょうじ?

「術なんかに頼らずに殴って解決せよって教育うけてんでね」

「へえ!変わった陰陽師がいたもんだ」

「まあ、陰陽師じゃねえんだけどな」

どっちなのだろう。吉塚が千鳥さんのバットを指差す。

「それでどれだけ殺した?」

「殺してねーよ。そっちこそやたらめったら殺すなよ。あんまり殺したり傷つけたりすると汚れるぞ」

「俺も殺したことないよ。でもまあ、最近は殺すかもって思ったけれど」

吉塚が英彦くんの頭を持ち上げる。

「やめろ」

「だから、殴って止めてみてよ俺を」

そうだ。千鳥さんなら出会い頭に殴っていてもおかしくない。どうして動かないんだろう。

「さすがになに起こるかわかんねえだろ、神様殴ったら。俺が殴る前にそいつら離してくれよ、神様」

かみさま?

「神様って久しぶりに言われると気持ちいいね。無理だよ。」

「それはこの大学を守るのに必要か?守り神」

「どうだろうね、でも」

僕の手を握る力が少し強まる。

「無理だよ。君らはこの子を傷つける」

「ふうん?」

傷つく?僕が?

「この子は君らに必要とされていないんじゃないかと悩んでる、最近ずっと」

よしづか?

「言いたいことも言えずに悩んでるのに、悩んでるって自分で気づいてないんだ」

よしづか、待って。

「この子の伯父さんたちも心配してる。かわいいかわいい箱入り息子の甥っ子が君らと一緒にいると傷つくんじゃないかって。最初は君らオフィスの誰かをさらっていじめようと思ったのだけど、やめた。首なし君にしたよ。彼に対してこの子は、君らに対するのとは違って、純粋な好意を向けていたから。この子には、俺より大事な友達なんて要らないと思わない?」

「エゴエゴしいな」

「友情だからね。友情は他のどんなものより、エゴだらけだ」

「無茶苦茶だぞ、言ってること」

「まさか。全部つながってる。傷つくこの子は人間らしい。君らや首なしの彼といるとこの子は人間になっちゃう。すごくむかつく。最近この子は人間みたいだ」

にんげん?

「なんだよ。神様は人間が嫌いなのか?」

「ちがうよ。透明人間に色をつけて普通の人間にするのは、僕がやりたかったってこと」

「まじでエゴだな」

「友情だから。しょうがないよね」

「お前には無理だと思う。人間を人間らしくするのは人間だから」

千鳥さんの言葉が食堂に静かに響いた。吉塚はうつむいて、沈黙が広がった。

「よしづか、はなして」

僕は吉塚を見上げた。

「やだよ。やだって言ってる」

「よしづかのいってること、よくわかんないけど、よしづかは、おれがにんげんになったら、いやなの、ともだち、やめるの」

「ちがう。そんなこと言ってない。違うよ」

「よしづか、ぼくときみがともだちなら、てをはなして、ひでひこくんをかえして、じゃないと」

「……じゃないと、言う通りにしなかったら、俺とはもう友達でいてくれない?」

「かも、しれない」

「交換条件なんて人間みたいだ」

「ぼくは、にんげんだよ」

今度は僕が、吉塚の手を握り返す。

「……わかった、そのかわり俺からの、交換条件もきいて」

「うん」

「俺以外に友達を作らないで。お前に俺以外の友達ができたら、俺はそいつをどうするかわからないよ。殺してしまうかもしれないよ」

「さいしょからいままでも、これからも、よしづかはぼくのたったひとりだけの、ともだちだよ、ずっと」

「……馬鹿だね」

吉塚は眉を八の字にして笑って、僕の手をはなした。千鳥さんが僕の前にしゃがんで、僕の頬肉を指でつまんで引っ張った。

「いたいれふ」

「お前、ほんとバカだな。今ので呪い成立したぞ」

「のろい?」

「あとで教えてやる。守り神、そっちも寄越せ」

吉塚が英彦くんの頭を投げてよこす。ちょっと。大事に扱ってよ。

「首なしの彼は友達じゃない?」

「ただの客だろ」

「君らは?」

「上司と先輩だ。友達なんかと一緒にすんな」

「これから友達になるかもしれないじゃない」

「神様がかもしれないとか言うなよ、人間みたいだぞ」

「なにそれ、むかつく。だいたいなんで君が全部答えるの」

「はいはい」

「……君の顔、なんか見たことあるなあって思ってたんだけど思い出した。俺の親戚のお供の中にその顔のやつがいたよ」

「……ああ、そりゃあたぶん、弟だ」

「そっか。なるほど。今度また会うから、なにか伝えようか?」

「たまには実家に連絡しろって言っといて」

吉塚のかけた術かなにかで身体に上手く力の入らない僕を、千鳥さんがどうにかこうにか背負ってくれる。英彦くんの頭は僕が抱えて、千鳥さんの背中に乗っかって、千鳥さんと同じ目線で、椅子にうなだれている吉塚を見下ろした。

「それが神様にものを頼む態度?」

ああ、いつもの吉塚だ。いたずらっぽい笑顔の吉塚だ。

「今、二礼二拍手一礼できないんで」

「はいはい。わかったよ。伝えとく」

「どうも。じゃあな」

「よしづか」

やっと、目をあわせてくれた。

「うん、また明日。千鳥さんはまたいつか」

「もう会いたくない」

「やっぱりひどいな、千鳥さん」

千鳥さんは、歩き始める。見えた窓に、手を振る吉塚が映っていた。食堂を出たら入る前よりずっと濃い黒。たぶん深い時間だ。今までこんな時間に大学にいたことが無い。知らない場所みたいに見えた。

「ちどりさん」

「なんだ」

「かえるんですか」

「ああ、帰る」

「よしづかは」

「今まで通りだ。これからもここで守り神。明日からも普通にあいつと会うことになるけど大丈夫か」

「だいじょぶです。ともだちですから」

「お前も懲りんヤツだな」

千鳥さんの歩くリズムは心なしかいつもよりゆったりしている。

「とつぜん、すみませんでした、しごとちゅうでしたよね」

「別に急ぎの仕事じゃない」

どんな仕事ですかって、訊けない僕が黙ると、千鳥さんは僕を少し抱えなおした。

「今の仕事は、死体探しだ。この間のストーカー女幽霊の」

「くまがいさん、ですか」

「そうそれ。さすがに男一人と仲をとりもっただけであの報酬はさすがにぼったくりだから、追加業務な。なあ、お前さ」

「はい」

「訊きたいこと、あるなら訊いてみろよ。今だけ答えてやる」

「いまだけですか」

「おう。ほら、はやく訊け!しめきるぞ」

「……なんでいまのしごと、ぼくをつれていってくれないんですか」

「そこかよ」

「だめですか」

「やっぱわかってなかったんだな、と思ったんだよ」

「すみません……」

「熊谷な、あいつ自分がどうやって死んだのかわかんねえって言ってただろ」

そういえばあのとき、皿倉くんの依頼で熊谷さんと千鳥さんと僕の三人で話し合ったときに、そんなことを言っていた気がする。

「そういう霊は死体が見つかってねえんだ。会社は死ぬ前に辞めて、両親はもう死んでて、親戚との繋がりも薄くてもともと連絡し合ってなかった。誰もあいつが死んだことに気づいてない。死体の場所はもう粗方見当がついたが、場所が悪くてお前を連れて行けない。いろいろよくないのが溜まりやすいスポットだからだ。お前はそういうのにあてられやすいだろ」

「なるほど……」

「そういう先輩のやさしい配慮だ。感謝しろ」

「ありがとうございます。でも、なんのしごとかくらい、おしえてくれても」

「教えたらお前一緒にやりたがるだろ」

「いっしょにやらせてください」

「だめ」

むう……間髪入れず……

「……さいきん、きゅうにやすみになったのは、なんでですかね」

「それはあのクソ社長の悪趣味だ。気にすんな」

「あくしゅみ」

「だから、もう変な勘違いすんなよ」

「かんちがい、ですか?」

「自分は役に立たねえとか、そういうの」

「はあ……」

「仕事なんつーのは適材適所だろ。おら、英彦のとこ先に行ってからかえるぞ」

「……はい」

ベンチで気絶している英彦くんの身体に頭をくっつける。意識を取り戻した英彦くんには詳しい記憶はなくて、元気だった。

僕はまたずっと千鳥さんの背中に乗って、伯父さんの家まで送ってもらった。快適な背中だ。海に落ちて助けてもらったときもこうして運ばれたのかな。

「ちどりさん」

「なんだー」

「ききたいこと、まだあるんですけど、いいですか」

「これが最後な」

「ぼく、いま、あたらしくすむところをさがしているんですけど、いいところしりませんか」



2013年12月27日



「僕がどうして透明くんに長期休暇を与えたのか!正解は実家に帰省中の君に、今すぐ帰ってきて!急な仕事だよ!大変な仕事だよ!的コールをして、慌てふためきここに来る君の困った顔が見たからでしたーうふふー」

「な、悪趣味だろ」

「これが悪趣味というものなんですね」

「休暇中の部下にちょっとでも出られない?て連絡するやつ、あれをやりたくて」

「ヨっ!ブラックキギョウ!」

「うふふのふ。褒められちゃった!あ、なんかずっと相談したいことがあったんだって?」

「はい。実は伯父に、卒業後も大学で働くように言われまして」

「おや」

「オヤオヤ」

「どうする?うち辞める?辞めてもいいよー止めないよー」

「え」

「じょうだ~ん」

「悪い所長ネ。ほンとに辞メたらドウすル。ボーイにしかでキない仕事はイッパーイあるカラ、辞めラれたら困るヨ」

「僕にしかできない、というと」

「その普通の人間には見えないけど、幽霊やら神様やらよくないものやらに好かれる体質を発揮してもらって」

「営業とか」

「囮とか」

「囮とか」

「囮とか」

「買い出しとか、ねっ」

「……わかりました。お役に立てるなら、どうぞ使ってください…って前にも言いましたし」

「うんうん、助かります。そうね~今まで通り昼は大学、夜はうちでいいんじゃない。仕事によっては朝昼から来てもらえるとありがたいけど」

「つまり全部今まで通りネ」

「ありがとうございます。伯父にその形で交渉してみます」

「うん。君はうちに必要だよ」

「……ありがとうございます」

「ふふふーん。他には?」

「あとは大学を卒業した後にすむところを探していて」

「あら、伯父さんの家は出るの」

「はい。でも、それはもう、千鳥さんが」

「ほう。千鳥くん」

「おまえ、言うなよ…」

「チドリのうち、デカいからネ。部屋イっぱいアるからネ」

「うっそ、まじで。千鳥くんと住むの」

「同棲ネ」

「同棲言うな。余っとる部屋貸すだけだ。居候だ」

「家賃は」

「とらねーよ。うちの親の持家だし」

「なんだか申し訳ないです」

「じゃあ家事とかやれよ。それでいいから」

「なに?金はいいから身体で払えって?」

「アラヤダ。やっぱ同棲?新妻?ゴールイン?ハレンチ!」

「しっかりご奉仕させていただきます」

「お前それ、ギャグで言ってんだよな」

「え?」

「天然かこのやろ。いつまでも透明ぶるなよちくしょう」

「いたい…なんで僕殴られたんですか…」

「チドリの心が狭イからヨ」

「居候を受け入れる俺のどの心が狭い」

「なにもこんな心の狭い男のとこに嫁がずとも君ならもっと良い貰い手があったろうに」

「わかった、やめろ」

よくわかりませんがあらぬ誤解を招くと悪いからと、光熱費、水道代、食費などなどは折半する、という条件に落ち着いた。喋っている間も澱みなくチラシを作っていた僕は、できたチラシを持って外に出る支度をする。

「もういくの?はやいね」

「はい。黒崎ベーカリーでシュークリームを買っていくので。友達と食べたくて」

この間もらったやぶれ饅頭のお返しに。

「君も懲りないねえ」

「そうですね」

「ほんとにもうその彼以外に友達要らないの?」

「みなさんがいてくださればじゅうぶんですから」

「……ほんとに、馬鹿な子だね」

「バーカ」

「くそ馬鹿」

「よく言われます」

「俺の分も、買ってこいよ、シュー」

「……了解です」

「いってらっしゃい」

「はい」


いってきます。



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