降りしきる小雨の中で
小さいころ、雨が大好きだった私は偶然、雨の上がる瞬間を見ることができました。
あの時のことは忘れることができません。
一瞬にして晴れ渡る気持ちが伝わればいいなぁと思います。
いつだっただろう。
降りしきる小雨の中、傘も差さずその場で空を見つめている高校生の私と齢の近そうな男の人をみかけた。
どこだっただろう。
確か両側を田んぼで挟まれたどこにでもある細い農道だった気がする。
「ねぇ、どうしたの?」
私は塾の帰り。
朝の天気予報で午後からは雨が降ると聞いていたので傘は持ってきていたのだが思ったよりも降らず、鼻歌を歌う余裕すらあった。
そしてふと目の前に立っていた男の人は太陽を遮る灰色の雲をじっと睨んでいるようにも見えた。
「……」
普段自分から男の人になんて話しかけないのになぜか声をかけてしまった。
声をかけなきゃ、と思ったんだ。
「えー……と、風邪――――ひいちゃいますよ?」
この程度の雨なら風邪はひかない。
だけど私は男の人に返事をしてもらいたかった。
なぜかはわからないけれど。
「――――すぐ、――――――なんだ」
「え?」
うまく聞き取れなかった。
雨のせい? いや、こんな小雨で声がさえぎられるはずはない。
この人の声が折れそうなくらいに弱々しかったんだ。
「大丈夫、もう少しで晴れそうなんだ」
男の人はまっすぐ空を見上げたまま、そう言った。
その言葉の端に期待のようなものが感じ取れた。
「確かにそうだけど……。晴れるのを待ってどうするの?」
「見届けたいんだ、雨が上がる瞬間を」
雨が上がる瞬間を見届けてどうするんだろう。
私は馬鹿馬鹿しいと思いながらも男の人を無視して帰ることはできなかった。
「いつからここにいるの?」
「雨が降り出したとき」
「三十分も前じゃない!」
雨が降り出したのは三十分前、小雨からひどくなるような感じではないが、足元には気をつけなければならない。
男の人はその時からここにいるというのだ。
灰色の雲が流れていく。雲の奥に明るい太陽の影が見えた。
「なんでこんなことしてるの?」
「雨が上がって太陽が顔をのぞかせる瞬間がとても好きなんだ。綺麗じゃないか?」
「それでも……傘くらいさせばいいじゃない」
「これくらいの雨に傘はいらないよ。
むしろ雨を感じるほうが楽しいからさ」
変わってるなぁ、この人。
確かにこの人を見てると楽しそうに見える。
私も傘をたたんで晴れるのを待ってみることにした。
こんな機会、多分もうない。
しとしと雨が髪を濡らし、肩を濡らす。
だけど不思議と不快感はなかった。
ただ太陽が現れるのが待ち遠しかった。
「もうすぐ雲が晴れるね」
灰色の雲が遠くへと流れていき、雲が切れ、その隙間から太陽がちらりと顔をのぞかせた。
「わぁっ! 今、太陽出たよね?」
「うん、そろそろだ」
男の人の言う通り、その直後、雲が途切れ、太陽の光が地上を照らした。
遠くの山のすそに薄い虹が架かる。
前髪についた雨のしずくが太陽の光できらきらと輝く。
「ね? この一瞬。すぐに露は消えてしまうから本当に一瞬なんだよ。綺麗でしょ?」
「う、うん!」
腕時計を見ると、二十分も経っていた。
馬鹿馬鹿しいけどこの時間は無駄じゃなかった。
この男の人はこの一瞬のために雨に濡れていた。
きっと待っていた分だけ綺麗に見えるんだろう。
私も少しわかったような気がした。
「ねぇ、あなたはどこから――――」
隣を見るとそこには誰もいなかった。
ただ彼の体の分だけ濡れていない場所が残されているだけだった。
好きなことを楽しそうにやっている人を見ると惹きつけられる。
私は男の人がただ太陽を待っていることに惹かれた。
そして真似をした。
一生懸命は人を惹きつける、長い我慢は輝く一瞬のために。
誰かに聞いたことのあるような言葉が頭を巡った。
「綺麗だなぁ、太陽」
私は鞄を持って家に向かって駆けだした。
また小雨の日にはここに来よう。
またあの人がいるかもしれない。