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鍛錬

「ハッ、ハッ・・・」




 時刻は早朝。



 まだポツリポツリとしか人のいない街道を、マナは走っていた。走っている目的は気晴らしでも、ましてや健康のためでもない。



 目的のため、己を鍛えるためだった。




 5年後が楽しみだなーとこの世界では現実味のある妄想をしていた彼女だったが、ふとある事が頭に浮かんだのだ。



 それは、『自身の才能』のことである。



 彼女の親はコレといって特殊な力は持っていないし、エリートだったわけでもない。挙げるとするなら、母の射撃の腕が妙に高いぐらいだが、それでも妙に高いだけであり本物には負ける。




 樋口少年だった頃には二次創作も見ていたマナだったが、その二次創作の主人公たちのような、所謂(いわゆる)反則級の家系ではないし、チート級の実力を持っているかどうかもまだ分からない。


 加えて、前世は単なる本好きファンタジー好きの高校生だったのだから、商業や内政チートの頭脳など持っているはずもなく、そもそもこの星は現代地球の技術を置き去りにするほど進んだ文明と、地球と同じような体系を持っているので、役に立たない事は無いが正直な所微妙。



 ならどうすべきかと考えた彼女の頭の中に浮かんだのが、筋力トレーニングや走り込みといった 《特訓》 だったのだ。




 幸いにしてと言うべきか・・・マナも含めたアルガンド星の人達は、地球人よりも遥かに身体能力が高く、その優秀さは鍛えておらずにだらけ続けている人でも、地球でいう超人クラスの人達を普通に超えてしまう程。


 体の丈夫さや寿命ですら超越していて、体の構造も似ているようで違う。その為、無茶な特訓もできるし、小説の中の事のように鍛えれば鍛えるほど、結構効果が出てくるのである。



 現に彼女の体力は、鍛え始めた時よりも上がっているのだ。




(女の子の体になっちゃんたんだから、今からでも鍛えとかないと間に合わなくなりそうだしね)




 男と女の筋肉の比率は地球人と同様で、マナが思ったように鍛え始めるのが遅いと、冒険者はともかく軍だとおいていかれる可能性がある。


 ・・・まあ、同じといっても比率的なものが同じなだけであって、実際に相対したら勝負にもならないのだが。




 マナは一旦走るのをやめて、傍にあった自動販売機へ120レゴン入れてジュースを買い、蓋を開けて中身を煽る。


 走り込みのルートは街の四分の一を一周なのだが、アルガンド人の身体能力基準で作られた為なのか広大なうえ妙な道もあり、四分の一を一周するだけでも数十キロの道のりを走っている事と同じ距離になる程だ。



(あれだけ走ったのに・・・少ししか疲れてないなんて・・・)




 数十キロを休み無しで疾走するという日本人なら絶対にぶっ倒れているであろう鍛錬を行っても、軽く息を上げるだけの己の体に、特訓開始から日にちが幾泊か経っているだろう今日のマナでも、流石に驚きを隠せない。


 中身が元・日本人だから、驚きの持続も大きさもかなりものなのは言うまでもないだろう。




「・・・・前線でエリートクラス、夢じゃないかも・・・!」




 うんうんと嬉しそうに頷き、ガッツポーズをするマナ。









―――しかし、上機嫌な彼女の背後から、上機嫌を遮るせせら笑うような声がかけられる。




「バカみてぇ、女が前線でエリートになれるわけねぇだろ」

「・・・は?」




 不機嫌気味の顔で彼女が振り向いた先にいたのは、赤・紅・朱が見事なまでのグラデーションを描きモミアゲが赤黒い、野球少年よりは長い髪を持つ短髪の少年がいた。




「冒険者だって軍だって、エリートで有名どころでも、女は皆サポート要員ばっかじゃねぇか。だからよっぽどの才能でもない限り、エリートなんて無理の無理だぜ」

「・・・努力だって必要」

「努力してあぁなんだっつうの」

「・・・・・む」



 マナの言葉数が少なめで表情があまり変わらないのは、決してクールを気取っているからでは無く、前世でのコミュニケーション能力がやや足りなかった事を引き摺っているからなのだが、そうとは知らない少年は、マナの反応の薄さから「いけ好かない奴だ」と眉をひそめる。




「気取りやがって・・・だったらここで示してやるよ! 才能がなけりゃどうしようもねぇってことを!」

「・・・・示すって・・・どうやって?」

「1リーガズ走だ! 1リーガズ向こうに早く着いた方が勝ちってことだよ!」



 “リーガズ” とはアルガンド距離単位であり、地球で言うキロメートルに相当する単位である。ちなみに、メートルは “サーガズ” と言う。

 ・・・子供の争いで一キロの距離を走るとは、流石アルガンド人と言うべきか。


 

 少年が勝負を吹っかけた理由は、恐らく幼さからくる幼稚な自尊心からのものだろうが、上機嫌なところを邪魔されたマナは若干頭にきており、加えて中身が元男だということも相まって、怒りはさらに増長されていた。




「わかった」

「へっ、その気取り顔をゆがめてやらぁ!」




 マナと少年は街路樹のそばに並び、前傾姿勢を取る。




「いくぜ、よーい・・・・」

「・・・・」

「ドン!!」





 少年の合図でほぼ同時に二人は駆け出す。


 猛烈な勢いで蹴られた地面は、地球ならばヒビが入ってもおかしくないような音を上げ、その蹴り出された勢いにより風の如き速度で疾走する少年。



 やっぱり女はこの程度だぜ・・・ニヤリと笑いながらそう思い、後ろ向いた―――――その瞬間、彼の横を白い疾風が駆けていく。



 その疾風は・・・マナだった。




「何!?」




 すぐに少々前方で止まるものの、確実に初年を追い越したマナは、日々の努力の大切さを改めて実感するとともに、密かな優越感から若干ドヤ顔になっていた。



 だがすぐにドヤ顔は打ち消される。




「負けるかぁっ!!」

「・・・・へ?」




 少年の速度が更に上がり、彼女を若干追い越したのだ。そして少年は必死な形相をしながらも、軽く顔をマナへと向け、再びニヤッと笑う。




「へっ」

「!」




 ムッとした表情を強めたマナは、自身も足にさらなる力を込めて思いっきり蹴り出し、少年に並んだ。




「! このやろっ!」

「・・・・っ!!」




 もう既に1リーガズ超えているにも関わらず、抜いた抜かれたの徒競走は続けられ、冗談じゃない程の距離を走りお互いの体力が尽きた所でようやく終わった。




「・・・どう、お、女でも・・・できる、よね?」

「へ、・・・ま、まだま、だだっつーの」

「・・・・む」




 あくまで男が上だと主張するのか・・・元・樋口少年であるマナも、これには流石に我慢しきれなくなり、口を開こうとした。




「だけど・・・」



 が、少年が先に口を開いたため、コミュ不足だった彼女の言葉は引っ込んでしまう。




「お前は特訓、の後だったのに俺と同じ・・・っ、消耗具合なんだから・・・やっぱ、りちったあ認めても、いいぜ」

「・・・・!」




 続いて出た言葉は、今までのどこか見下した声色ではなく、少年らしい明るく元気なもので、むしろどこか嬉しそうにも思えた。


 お互いにしばらく黙ったあと、少年は顔だけマナの方に向けてきた。




「なぁ、お前名前は?」

「・・・・え?」

「え? じゃねぇよ、名前はなんだって聞いたんだ」

「・・・・マナ」

「マナか。俺はバギオってんだ」




 マナが簡単に名乗ると、赤髪の少年・バギオも自分の名前を名乗り、顔を再び上に戻す。




「マナ・・・お前さ、前線でエリートとか言ったよな」

「・・・・言ったけど」

「ってことは、冒険者か軍を目指してるのか?」

「うん」

「そうか。なら丁度良いな」




 何がちょうどいいのかと首をかしげるマナに、バギオはニヤリとした嫌味ったらしい笑みではなく、二カッとした年相応の笑顔を向けてきた。




「俺もどっちにするか迷ってて、今特訓の最中なんだ。二人なら出来ることも多そうだし、一緒に特訓しねぇか?」

「・・・・一緒に?」

「おう」




 出会い頭の印象は最悪だったが、中身が高校生の自分と違いバギオは見た目通りの十歳程度の少年であり、この歳なら見栄を張ったりするのは当たり前のこと。


 それに、学校ではなく自宅で勉学を行うというアルガンドの教育方針のこともあり、前世でのコミュ症を遺憾無く発揮してしまったマナは、友達が一人も出来ていなかったのだ。



 数秒経った後、彼女の口から出てきたのは――――




「・・・・うん、宜しく」

「おう、よろしくな!!」




 肯定だった。




 今日この日、マナは修行仲間と友達を、同時に得ることに成功したのであった。




 ・・・・・帰りが遅れ、親バカな両親に抱き着かれたのは、また別の話。


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