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遠くて青い  作者: 由佐
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第5話 待ちぼうけ日和

 前話「待たせた朝」とリンクしています。

 今日は朝から素晴らしい日和だ。高く澄んだ秋晴れの空を仰げば、さわやかな風が首筋を撫でる。

 瀬田(せた)はいつものように通学路を悠々と進み、友人との待ち合わせ場所に決めている和菓子屋が見えるところまで来た。

 しかし、これはどうしたことだろう、いつも自分より早くそこにいるはずの高藤(たかとう)の姿が見えない。

 中学に入ってからずっと待ち合わせているが、高藤はこの一年半、遅刻など一回もなかった。むしろ委員会などのために、待ち合わせを事前に断わって通常より三十分早く学校に行くこともあるような優等生だ。

 ところが、瀬田がその店の角に立っても高藤は来ない。この角につながる二つの通りは直線で、わりと見通しがきくのだが、その道の先にも高藤の姿はまだなかった。

 あの高藤のことだから、待ち合わせ場所に来ないのであれば事前に連絡があるはずだ。それもなかったし、まあ待っていればほどなくやってくるに違いない。そう考えた瀬田は悠長に構えることにする。

 それに、時間が相当経つようなら、そのときは走ればいい。そこまで待って来ないなら高藤は欠席の可能性が高いし、自分は足の速さと体力において特に困らないのでそれを判断できるぎりぎりまで待つことができる。幸い気温も快適だし、始業前の学校で過ごす時間を通学路で使ったところで何も問題ない。むしろ、高藤が遅れてやって来るとしたら、それはずいぶん珍しい。絶対、見ものだ。

 下にきょうだいが二人もいる高藤と違って、瀬田は一人っ子だ。一人でも退屈せずに時間をつぶせるし、もともと退屈だと感じることも少ない性分である。瀬田としてはそんなに待った気もしないうちに、道の先に高藤の姿が見えた。

「なに、すげぇ走ってるじゃん」

 見ものだなあ、と思わずつぶやく。それから、やっぱりだ、と思った。

 詰襟のボタンを開けるだけでも、あの高藤の印象もまた違ってくるものだ。なぜだろう、あんまり優等生に見えない。

 普段の高藤はお手本のように制服を着こなす。そのへんの気の抜けた生徒がやるような確信犯の手抜きを、高藤はしない。きっちりと整えた詰襟が似合わない連中と違って、まったく格好悪くならないのが高藤らしい。

「ごめん、瀬田! まだ、待ってたのか……っ」

 息を切らせた高藤は、呼吸の間に言葉をねじ込むようにして言った。立ち止まると、膝に手をついて荒い呼吸を繰り返す。

「うん。そんなに息切らして、珍しいじゃんか」

 髪ぼさぼさだし。

 思った通りのことを言った瀬田に対し、高藤は呼吸が落ち着くのも待たず、誠実かつ単純に事情を説明してきた。どうやら高藤は、瀬田が貸していたノートを忘れたことに気づいて一度引き返したらしい。

「べつに今日なくても困らないし。それに、そんな全力で走らなくても、俺あと五分ぐらいなら気楽に待ってたよ」

 高藤に合わせて歩きながら、瀬田は自然と目を細める。なんだ、そんな理由か、と思うと同時に、高藤らしいな、とも思った。まったくノート一冊のためにどれだけ律儀なんだか。

 何より、これだけ汗流して走ってくるあたりが本当に。普通、遅刻してしまった後なら、相手が待っているかどうかなんてわからない。だけど高藤は、瀬田が待っていることをわかっていたに違いない。この頭のいい友人は、他人のことをよく見ている。そして、誰かを待たせておきながら悠長に歩いて来るなんて真似は、できない。

「ごめん。遅れたときは待ってなくていいよ、おまえの調子じゃ遅刻しそう」

 だからこんなふうに謝る。高藤は単に遅刻を回避するために走ったのではない。

 瀬田は「遅刻しそうだったら一緒に走ればいいだろ」と謝罪を受け流した。その言葉に驚いたような、でも呆れたような高藤の目を見て、改めて思う。

「高藤は優等生だなあ」

 誰もが知っている通り、高藤は弟と妹をもつ面倒見のいい兄貴で、頼れる優等生だ。しかし瀬田は、それを手放しに認めてやる気はない。だってこいつは八方美人で、ちょっと薄情な面もある。

 それでも高藤を優等生と呼べるのは、特に差し迫って必要なわけでもない他人のノートを取りに帰って、なおかつ瀬田の性分をわかった上で遅刻が決定してからも全力で走れるようなやつだから。

 こんなことを説明してやるのももったいないので、「何が?」と訊ねる高藤に、瀬田は「律儀で、かつ頭がいい」と簡潔な正解を返してやる。全然、間違ったことは言っていない。

 当の優等生は、遅刻したのに突然褒められて、不思議そうな顔をする。学校ではさらりと謙遜してみせるのに、今ばかりは言葉に詰まっている。本当、見ものだ。

「……意味がわからないよ、このお人よしが」

 高藤は複雑な様子でぶつくさ吐きながら、制服の襟元を正している。

 だからそういうところだよ、と瀬田は可笑しくてしょうがない。にやけるのをごまかすように首をそらすと、視界には数分前と変わらない秋晴れの空が広がる。ふわりと通り過ぎた風は、普段よりなんだか心地いい。

 十月の朝は、待ちぼうけ日和だ。



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