着信3
着信3【道化師】
鋼の音が響きあうトレーニングルーム。宝条と四方は午後のシエスタを訓練に当てていた。
四方はロッドを構え、宝条はミスリルバスターソードを構えて、激しい戦いを繰り広げる。
そんな2人の様子を、他の社員は思わず無言で見入っていた。
宝条の身体よりも大きなミスリルバスターソードを軽々と振り回す宝条も凄いのだが、そのミスリルバスターソードを短いロッド一本で受け止め、弾き返し、尚且つ反撃し返す四方も、たいしたものだ。
お互いの武器が、デジタル時計が深夜0時を知らせたのと同時に、交じり合い、トレーニングルームに鋼の音を響かせると、2人は同時に鋭い目つきから柔らかな表情になり、突然笑い出した。
「っ・・・ふ・・・あはははは!!!ちょっ・・・!ないっ!それはないよ四方さん!!何?!0距離魔法連射って!!ビックリしましたよっ!」
「クククッ・・・!!お前こそなんだよ、避けたと思ったらすぐに腹貫こうってしやがって!ちょっとスーツ裂けたし!!」
2人の雰囲気は穏やかなものなのだが、今までの2人の様子を伺っていた周りの者からすれば、今の背筋も凍るような戦い・・・否、トレーニングの中の何処に笑いの要素があったのか、全く理解できない。
その為、笑い出した2人を見て、周りは完全に引きつった顔をしている。勿論、2人はそんなこと気づきはしないのだが。
「にしてもあの2人、本当に強いよな・・・。」
「ああ、まるでedgeの魔物だな。」
これは周りの社員の会話。周りにいた社員たちは口々にそう言う。
そんな彼らを他所に、2人はトレーニングルームから出ると、共同大浴場へと向った。
「やっぱりいい汗かいた後の温泉は気持ちいいね!」
「・・・僕、こんな大きなお風呂始めてです。」
「あ、そっか。いままで部屋のシャワーだったからねー・・・ちゃんと温泉もあるんだ。こっちにも来ていいんだからな?」
「はいっ!」
お風呂でひと汗かいて、脱衣所で着替えていると、宝条の視界に初めて見る人物が入ってきた。
髪の毛が肩まで伸ばされていて、一見色もただの緑に見えるのだが、よくよく見てみると、根元は深緑で、毛先に向ってだんだんと薄くなっている。
耳につけられているピアスは印象的なルビー色のガラス細工。瞳の橙は白い肌によく映えていた。
そんな彼の顔には、不思議なメイクが施されている。
クロノスと同じマジックメイク班の人間だろうか?と、一瞬考えたが、四方が後ろから違うと断定した。
「あいつが気になるのか?まあ、アレだけ凄いメイクしてりゃあ気にもなるのは分からなくも無いが・・・彼は同じ特殊総務課の戦闘社員の1人だよ。確か今まで遠征任務で東洋の方へ赴いていたんじゃないかな。ついでに商売もやってくるって言ってたな・・・。」
四方が色々と彼について教えている間に、彼はすっかり着替え終えてしまったらしい。珍しくも、彼も宝条と同じでスーツを着用しないらしく、ゴスロリ系の服を着ていた。
彼が脱衣所から出て行こうとすると、こちらに気がついたのか、微笑んだ。
「やぁ、四方っち。久しいね。」
「やぁやぁ、ルナッち。お土産はー?」
「お土産ぇー?いやいや、無いよ?」
「酷い!任務に出る前に買ってきてくれるっていったじゃない!いったじゃない!」
「あっははは!!冗談!ちゃんと買ってきてるよ。四方っちの執務室の冷蔵庫入れて置いた。」
「いやっふー!ルナッち大好き!」
上半身裸のままルナに飛びついていった。
(アンタまるで子供だな・・・。)
宝条は冷ややかな眼差しで四方を見ていた。
ルナは宝条に気がついたようで、四方を引き離すと、宝条に向って話しかける。
「初めまして・・・だよね?俺は特殊総務課のルナ。戦闘スタイルは道化師。まぁ、道化師のやってるようなことで戦うって感じかな。」
だから格好も顔に施されたメイクも派手なのかと理解した。
「初めまして。僕は宝条光。特殊総務課・・・戦闘スタイルは前衛型魔法重剣。」
「ああ、やっぱり君が!話は四方からよぉく聞いてるよ!」
ルナは、宝条の腕を引くと、くるくると回りだした。
「わー!ほんとに小さーい!!かっわいいー!!」
「ちょ・・・やめ・・・あばばばばばっ・・・。」
ぐるんぐるんと振り回される宝条は完全に目を回している。ルナはそんな宝条の様子に一切気がつかないといった感じで容赦なく回り続ける。
「おーい、ルナ。光は玩具じゃないんだぞー・・・放してやれ。」
四方の声にはっとした様子でルナは急いで宝条を放してやった。
「ごめんねっ!つい・・・!」
「悪いな。ルナは可愛いもの大好きだから。」
「・・・あんまり嬉しくない。」
男が男に可愛いだの言われて嬉しいはずがない。その気持ちは分からないでもないのだが、ルナには言っても無駄だといった様子で四方は宝条に首を振って「諦めろ」と伝えた。
それから3人は脱衣所から出ると、しばらく雑談でもとロビーで話していたが、宝条がいつの間にか夢の世界に落ちていたため、そこで今日はお開きという感じに。
「四方は新しい相棒がいるんだねー・・・いいなぁ。しかも可愛いし。」
「おいおいやらんぞ光は。」
「えー・・・まっ、いいもんね!まず僕の戦闘スタイルに合わせてくれるような人材ってなかなかいないから、最初から期待はしてないけど。」
「相変わらず1人が好きなんだな。」
「ええ。道化師は・・・1人で2人役。役者より、よくできた役者ですからね。じゃ、おやすみなさーい!」
そう言い、立ち去ったルナの後姿を見送る四方の横で宝条が身じろぐ。
「・・・孤独なの?」
「え?起きてたのか?」
「・・・孤独は・・・辛いよね。ただ先の見えない闇の中で、1人彷徨うんだ。それって・・・とても悲しいことだよね。」
寝ぼけ眼でそう言うと、宝条は再び夢の世界へと落ちていった。
(・・・・・・ルナと同じで、光も、今まで1人だったんだろうか・・・。)
ルナの過去を知らない。宝条の過去を知らない。勿論、2人が口にしてくるまで四方は聞くつもりなど無いのだが、2人の闇を取り除ければいい。いつか、そうなれば、2人は心の底から笑えるんじゃないかと考える。
宝条が隠している右目も、最初は単なるものもらいか、ちょっとした怪我かと思って、取った方が治りが早いと言ったが、彼は病気でも怪我でもないといった。
先刻、お風呂に入っている間も、片目は瞑ったままだった。
ルナだって同じなのだ。ルナはいつも自身を隠すように派手なメイクと、奇抜な衣装で周囲の人間を楽しくさせる。だが、それは偽りの姿。自身の本性を見られないように必死に隠しているだけ。
「・・・どうして俺の周りには、こう手のかかる子がいるんだろうな・・・。」
四方は宝条を背負うと、部屋へと向った。
「・・・んあ?」
宝条が気がつくと、いつの間にか自室のベッドだった。
いつ戻ってきたのか分からない。記憶を辿っていくと、お風呂上りで途切れているのを思い出し、そのまま寝てしまったのだと把握した。
「・・・あ。」
リビングへと向うと、ソファーで四方が珍しく眠っていた。
仕事をしていたのだろう。パソコンをつけっぱなし、読んでいたであろう資料はテーブルから落ち、ソファーにもたれかかっている四方の顔に掛かっている眼鏡はずり落ちている。
(・・・四方さん眼鏡するんだ。)
珍しい四方の眼鏡姿をもっと間近で拝もうと近寄って顔を覗き込むと、黒い瞳と目が合った。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
お互い何も言わないまま数十秒。宝条にはそのたった数十秒が数十分、数時間にも感じた。
四方が眼鏡を置いて、ふぅ・・・と、一息つくと宝条の肩を掴んできた。
「何、人の顔みてんだ?」
「ひぃっ・・・!!すすすずびばぜん・・・!!」
「何言ってるのかわかんねーよ・・・。落ち着け。」
パソコンの横に置かれていた携帯食料を無理矢理口に詰め込まれ黙らせられた宝条は、もごもごと口を動かしながら必死に空気を求める。
そんな様子の宝条を他所に、四方は着崩したYシャツを調えながら、キッチンのほうへと消えていきながら、昨日のことを説明した。
「・・・じゃあ僕を運んでくれたのは四方さんだったんですか?なんか、すみません。」
「気にすることはないさ。軽かったから問題ない。」
「そういうの女性に言ってくれませんかね。」
宝条が寝癖を整えている間に、四方は軽い朝食を用意し、テーブルに並べた。
手を合わせて2人で食べ始め、しばらくしてから室内に電子音が鳴り響く。
「・・・誰か来た?」
「みたいだな。出てくる。」
四方が玄関へと向かい、扉を開くと、そこにはルナがいた。
「おはよーちゃん!四方っち!今日ね、今日ね!久々の休暇だから市街地の公園でサーカスきてて、そこで一緒に大道芸やるのっ!見に来てね!」
既に着替えてばっちりメイクも施したルナは元気よく室内へ入ってくると、四方にチラシとチケットを渡してきた。
半ば強引だったが、四方はそれを受け取ると、嵐のように去っていくルナの後ろ姿を見送った。
「俺行くだなんて行ってないぞー・・・ルナ。」
もはや聞こえていないとは分かっていてもこぼれる声。
後ろから宝条がやってきて、チケットを奪う。
「あ。」
「四方さん行かないんでしょー?クロノスさんと僕見に行って来てもいいですか?」
「クロノスは出払ってるぞ。」
「えー・・・。」
「・・・その辺で受付のお嬢さんでもナンパすれば?」
「四方さん最低!」
宝条の拳によって四方は床へと沈んでいった。
気絶した四方をそのままに、さっさと着替えると宝条は市街地へと赴いた。
やはり、今日はサーカスがくるというだけあって、出店も多く、人通りもいつもより激しい。
道を歩くのは困難だと考え、裏通りまでいくと、民家の屋根の上へと飛び乗った。
「ふぅ・・・上から見ると、まるで人が蟻のようだな・・・。」
宝条は1人屋根の上を歩いていくと、前方から物凄い速さでこちらへ向って突進してくる飛行体が視界が入った。
咄嗟に避け、間一髪だったが、飛行体はそのまま屋根の上に落下した。
「いってえぇ・・・!!」
「・・・人?」
落下してきたのは人だった。ふと、足元を見れば、そこには装飾の施されている箒が転がっていた。
拾い上げて不思議そうに見ていると、目の前にうずくまる人が怒鳴りだした。
「おいっ!それ返せよ!!」
金髪の髪の毛を三つ編みにしている少年は、緑色の大きな瞳を零れ落ちるんじゃないかというくらいに見開き、訴えかける。
(・・・何か子犬みたいな子だな・・・でも、なんか見たことある顔なんだよなぁ・・・。)
「・・・!・・・やーだねっ♪」
何か悪戯を思いついた様子の宝条は、箒を持って走り出した。
返してもらえると思っていたのか、突然の自体に少年は驚いた様子で慌てて追いかける。
屋根を飛び移る宝条に続いて少年も屋根を飛び移る。
(へぇ・・・なかなかやるじゃないか。)
宝条が市街地に来たのは遊びだけではない。「仕事」をしに来ているのだ。
今朝、自室に届いていた任務通知には「市街地で特殊総務課に新しい人材をスカウト。」と記載されていた。
(珍しい任務、疑問にも思っていたけど、なるほど。今日はサーカスがやってきているんだ。サーカスだって色々訓練しているわけだし、その中に良い人材だっているかもしれないし、珍しい力を持った人材も集まる可能性だってある。社長はそれを狙ったんだな。)
つまり、今、宝条はスカウト任務につき、この少年の身体能力・特殊能力を審査しているのだ。
「ほらほらこっち、こっちだよ!」
「・・・・・・~っ!!こぉんの・・・糞餓鬼!!!」
明らかにあちらのほうが子供なのに餓鬼と言われたことに一瞬宝条の眉がピクッと動く。
箒を持って逃げ回っていた宝条は突如少年に向って向き直ると、箒を構えて微笑んだ。
「輝け!」
構えた箒の先から、光りが少年に向って飛んでいく。
少年は咄嗟に双剣を取り出し、光りを受け止める。
「・・・ふぅん・・・なかなかやるじゃない。でも、どうして一般市民が双剣なんか持っているんだろうね?」
「・・・!!」
しまった!と、言った様子で少年は片手で顔を抑える。
「俺は・・・劇団サーカス・・・ノアの役者だ。」
「劇団サーカス・・・僕は『劇団ノア』と聞いているけれど、それとは違うの?」
「同じだ。ただ、最近のメインが演劇が中心になりつつあって、サーカスの部分を省かれて、劇団ノアって呼ばれ始めただけなんだ。」
(なるほど・・・サーカスの人間ならそういうものを持っていても不思議じゃないな。)
「・・・悪かったね。箒奪って逃げたりして。ちょっと暇だったから、からかってみただけ。」
「ひっどい・・・。ああ!!こんなことしてる場合じゃなかった!親方に怒られる!」
箒を返すと、少年はさっと箒に飛び乗り、何処かへ向おうとした。が、動きを止め、宝条のほうへと振り返る。
すると、とんでもないことを口にした。
「お前、結構身軽だよな。ちょっと俺たちの今日のサーカスの演目に出てくれないか?今人手足りないんだ。」
「え??」
「ほら、早く後ろ乗れよ!さっきは風に煽られたけど、今度は大丈夫。風も穏やかになったし。ああ、俺はウェノ。早くしろよ!」
強引に腕を引かれて箒の後ろに座らせられるとすぐに箒が浮上し始めた。
咄嗟にウェノにしがみついたのが誤り。そのまま宝条は劇団サーカスノアに向って連れて行かれた。
「うっそぉぉぉぉおおおお!!!」
今度こそは確かに不時着はせずに着地できたが、本当に劇団サーカスノアに連れて来られてしまった。
恐らく裏口なのだろう、荷物や衣装、道具があちこちに散らばっている。
「早く早く!演目は俺との空中ブランコだよ!」
そう言ってウェノはいつの間にか黒のゴシックドレスに着替え、頭にミニハットまで被っていた。
よくみればメイクも既に完璧に終わっている。
「え・・・でも、僕やったこと・・・。」
「なくても大丈夫!お前スゲー身体能力いいみたいだし!あ、名前は?芸名あるから、このテントの中では俺のことダガーって呼べよ!」
「僕は・・・光。」
「光か。じゃあお前はとりあえずライトで。じゃあライト!着替えちまおうぜ!」
そう言って宝条の承諾を得ないまま、ウェノは宝条の服を剥ぎ取り白のゴシックドレスを着せられ、髪飾りにホワイトローズをつけられた。
2人で対になる衣装のようだ。
「おーいダガー。もうすぐお前の演目だぞ準備・・・あれ?そちらさんは始めてみる顔だけど・・・。」
「あ、うん!俺1人の空中ブランコなんてつまんないだろ?だから、2人にしてやったほうがいいと思って市街地に出てたらさ、凄い身体能力のいい奴がいてさ。だから連れてきた!」
「ふぅん・・・。お前が認めるなら大丈夫なんだろう。アンタも頑張れよ。そら、時間が押してる。2人とも、さっさと準備すませて舞台袖に行き。」
「「了解」」
2人は急いで舞台袖へと向かった。
「そういえばダガーってまだ幼いのに、劇団サーカスノアで働いているんだね・・・偉いね。」
「は?お前何言ってんだ?俺は26歳や。そういうお前こそ、餓鬼と違うんか?」
「・・・残念ながら僕も20歳なんだ。」
「・・・お互い成長せん身体は辛いな・・・。」
「ええ・・・。」
はぁ・・・。と、2人がっくり肩を落としたのと同時に2人の演目はスタートした。
梯子を登って遥か上空。観客が本当に蟻のようにしか見えない場所で、ブランコを掴んで立ちすくむ2人。
「たっけ・・・。」
完全に死語でこの高さに目がくらんでいる発言を零す宝条。
下の方でやけにカッコいいピエロが前置きを言い終わると、音楽が流れ始め、ウェノがブランコにぶら下がって宙へと弧を描いた。
「何やってんだ、早くしろ!」
ウェノからの声にはっとして、続いて宝条もブランコにぶら下がり、弧を描いて宙へと繰り出した。
『さぁ!うちの一番星と新しい仲間の華麗な演技をご覧あれ!』
ピエロの声が消えたのを合図に2人の演技は始まる。しかし、何をすればいいのかさっぱり分からない宝条は、ウェノに指示されてもなかなか意味を理解することが出来ず、始まってからずっと宙ぶらりん。
小声で「なんでもいい。早くしろ。俺がフォローする。」とウェノが急かすので、宝条は適当にやってみることにした。
「はー・・・疲れた。」
適当にやっただけだったが、結構好評だったようで、観客は満足していたようだった。
その代償に宝条の体力はかなり削られたようだが。
1人楽屋でぐったりとしていると楽屋に1人の劇団員が入ってきた。
「・・・・・・。」
「・・・。」
凄い綺麗な劇団員。男性のようだが、純白の衣装を美しく着こなし、顔に施されたブルーの涙のようなフェイスペイントが悲壮感を漂わせる。
お互い目を逸らすことなく、しばらく見入っていると、そこにウェノが入ってきてクスクス笑っていた。
「なんだよ2人して見詰め合って・・・『プルートゥ・キス』の練習?」
「べ・・・別に恋仲とかじゃないし!それじゃあホモじゃない!!」
「はぇ?」
ウェノからの言葉に必死に違うと訴える宝条。しかし宝条からの言葉にウェノは首をかしげている。
同じく、もう1人の劇団員も。
何か自分は間違ったことを言ったのだろうか?と、不思議そうに2人を交互に見る宝条に、もう1人の劇団員が説明してくれて、宝条はやっと意味に気付く。
「プルゥートゥ・キスとは、舞台の台本で過去に使っていたもので、死んでしまった旅人と、旅人と恋仲になった村娘の悲哀の物語さ。」
ああ、自分は意味を履き違えていたのだ。と、気がついた時には、穴に入って隠れたいと思い、なんともいえない表情で硬直してしまった。
「ダガー、これから劇のリハーサルを少し行ってから、9時の公演には間に合わせたいんだけど・・・今空いてる?空いているなら、ちょっと舞台準備を二軍の皆に指示してきて欲しいんだけど。」
「分かった。じゃあ俺はリハやんねーけど、アンタ主役だかんな。リハ頑張れよ。」
「ああ、じゃあよろしくな。」
そう言ってダガーが去っていくと、楽屋に残った劇団員はこちらに向って微笑んだ。
「全く・・・可愛い演目でしたよ?宝条。」
「え?なんで・・・。」
「気がつきませんでしたか?ルナですよ。」
いつものメイクと、降ろされた髪ではなかったので気がつかなかったが、よく見てみるとルナだ。
「ほ、本当にルナ?今日は参加するとか言っていたけど・・・演劇のほうで?」
「そう。僕は劇団サーカスノアの定期一軍役者でね。劇団サーカスノアの飛行艇がこうやって街に留まるときに参加するメンバーなんだ。劇団サーカスノアが飛行艇を停める街は必ず1人は定期一軍役者がいるよ。」
「へぇー・・・あ、クロノスさんも元劇団サーカスノアの一員って言ってたけど・・・じゃあ二人は知り合いとか?」
「クロノス・・・?ああ、いるよ、クロノスも。そこいるじゃん。」
指を指された方向へ顔を向けると、そこにはメイク道具や衣装、舞台道具など山積みにされた台。よくみれば、その道具の中に丁度等身大サイズの人形が幾つかあった。
精巧な作りで見ほれてしまう。でも、クロノスの姿は見えない。
なんとなく付近をキョロキョロと捜しつつ、その人形に近寄ったときだった。
人形の1つの目がカッと開いた。
「うぎゃぁぁああああああああああああああ!!!!!!!!!」
「あはははははははははは!!!!ビックリー!騙されたァ!!」
驚いて後ろに倒れた宝条に人形は声を上げて笑いだした。なんとなく語尾がカタコトの喋り方。知っている喋り方に宝条ははっとする。
「・・・あ、あああまさかクロノスさん!?」
「ピンポーン☆大正解だョ!」
結構な時間この楽屋に居たというのに、クロノスさんの気配にも、演技にも気がつかなかった。
「・・・クロノスさんの気配にも気がつけないなんて・・・edge社員失格だ・・・。」
「大丈夫。気にすることないよ。じゃあルナ。メイクの時間だよ。」
クロノスはひょいっと飛び上がると、ルナを椅子に座らせて、壁を二度ノックする。すると、鏡の周りの壁がボコッと浮き上がり、幾つもの引き出しが飛び出してきた。中にはメイクに必要な道具や化粧品がぎっしりと詰まっている。
「はい。じゃあ始めるョ。宝条、君はここから出て左の廊下をまっすぐ行くとそこに舞台へ上がる奈落があル。その部屋の右隅に舞台袖に上がる階段があってネ。そこにダガーがいル。ダガーは準備しつつリハーサルの監督もやってるから、少し見てくるといいョ。」
「わかりました。」
流石にメイクの中何時までも居座るのは迷惑なので、早々に退席し、宝条は奈落へと向って歩き出した。
奈落へ向うまでの廊下はとても長くて一体いつになったら奈落へと辿りつくのやら・・・。半ばため息の混じりに歩いていると、少し開いている扉の前を通過していると、扉の向こうから怪しい声が聞こえた。
「・・・で、・・・してる最中は・・・だろ?だから劇団員もいない・・・・・・て、わけさ。」
「じゃあ早いとこ盗んでしまいましょ。」
「盗む」の単語が聞こえ、宝条は急いで室内へと入った。しかし、もう既に人の姿はなかった。
(・・・この劇団サーカスノアの何かが盗まれようとしている・・・!)
宝条は急いでこのことを劇団員に知らせようとしたが、丁度拍手が何処からか聞こえてきた。
どうやら、舞台が始まったようだ。
(しまった!もう舞台が始まったんだ・・・。この状況じゃ、クロノスさんにも、ルナさんにも知らせても身動きが取れない。)
ならば連絡先はもうあの人しかいない。
宝条は携帯を取り出し、「主任」のアイコンをプッシュした。
「・・・もしもし、四方さん。お時間大丈夫ですか?」
『はいはい。いいよ。今シエスタの最中でっす☆』
「あの、今劇団サーカスノアの舞台が始まって、僕も楽屋のほうにいるんですけど、劇団サーカスノアの中に盗人がいるようなんですが。ノアには何か貴重なものでもあるのでしょうか?出来れば今からソレを守り抜きたいと思って。」
『なるほど。じゃあ光、緊急任務だ。なんとしてでも阻止するんだ。いいかい?ノアの中には創設者が遺産として残した秘宝「アグゼリュス」と言う透明な結晶石がある。これはクロノスに聞いた話だが、それは劇団サーカスノアが移動している飛行艇の動力源であり、尚且つ世界中探してもなかなか見つからないものなんだ。アグゼリュスを見つけるのは命がけらしいからね。恐らく狙っているのはこれのはずだ。動力炉に向うんだ。』
「了解。」
宝条は携帯を切ると、すぐに動力炉へと向った。勿論この飛行艇劇場の構造なんて知らない。携帯のタッチパネルをリズムよく叩き、この飛行艇の壁へとくっつけると、携帯は触手を伸ばすように側面からプラグを出し、壁の中へと食い込んだ。
一見何をしているのか分からないかもしれないが、これは、壁の中へと伸びたプラグが壁の中に入り組んでいる配線の中を辿り、飛行艇のマップを作り上げているのだ。
電子音が響くと、画面上には即席マップが表示され、宝条はそれを頼りに動力炉へと向って走り出した。
動力炉へと向うと、ウェノが動力炉前で倒れていた。
「ウェノ!!」
「・・・ダガーって呼べって・・・言って・・・。」
「それよりどうして?!」
「盗人が、侵入してて・・・いきなり鈍器で後ろ殴られた・・・アグゼリュスを奪われて・・・そこの窓から逃げられた・・・。アレが無いと動力が持たない。舞台中の補助動力は何とかなるんだけど・・・飛行艇を動かせないよ・・・。」
「分かった。任せて。」
そう言って立ち上がり、追いかけようとした宝条をウェノは引き止める。
「待って!君じゃどうにかできるわけないだろう!」
「俺、これでもedgeの人間だから。」
「え?」
「任せておいて。」
社章を見せると、ウェノは驚いた様子でいた。外見からしてedgeのような会社に所属している人間には見えなかったのだろう。
ウェノの手の力が緩んだところで、そっとその腕を降ろさせて、宝条は逃げたという方向へ向って走り出した。
「・・・edge・・・。」
ウェノは何処か納得のいかない表情で走り去る宝条の後ろ姿を見送った。
「・・・いた!」
飛行艇の窓から出ると、民家の屋根を駆けて行く盗人の姿が見えた。宝条が追いかけると、1人が気がついたようで、前方にいる仲間に知らせる。
一斉にスピードを上げて逃走を図るが、宝条のスピードに追いつかれそうになる。
民家の屋根を越えた先には大型のビジネスホテルがあり、盗人たちはそこにあるパイプの上を駆け抜けると、最後の1人がパイプを切り離して宝条がこちらへこられないようにした。
「ちっ・・・。」
既にパイプに足をかけていた宝条はバランスを一瞬崩すが、体制を立て直し、崩れていくパイプの上を駆け抜けていく。あと少しで向こう側へ届きそうだ。と言うところで、宝条の身体はグラリと傾いた。
「・・・へ・・・。」
前方にいた盗人の1人が小型の銃で宝条の足と胸を打ち抜いたのだ。
力の入らない宝条の足は体制を立て直せず、そのままガクンッと折れるように崩れ落ち、宝条の身体も宙へと投げ出される。
盗人たちの歓喜の中、霞んでいく意識の中、宝条の中で誰かが呼びかける。
―――俺たちは、こんなもんじゃ終われないだろ?相棒。―――
(ああ・・・そうだよ・・・終われない。この程度じゃ・・・終わらない!)
―――さぁ、相棒。俺の手を取って。―――
(さぁ、僕の手を取って。)
―――俺は・・・・、―――
(僕は・・・・、)
宙を落下していく宝条の身体は突然、ふわりと動きを止め、宙でそれ以上落下せず、浮いたままでいた。
突然の事態に盗人たちも唖然とした様子で宝条の様子をみていた。
くるりと回って上体を起した宝条の身体は顔を盗人たちへと向ける。すると、眼帯がちぎれて落ちた。
眼帯の外された双方の瞳はマムシのような獲物を逃がさないという意思に満ち溢れたものになっており、盗人たちは恐怖を覚えたが、最もぞっとしたことがあった。
いつも見せているほうの深緑の瞳とは対照的に・・・眼帯の下にあったのはドス黒い赤の瞳だった。
「・・・・・・俺から逃げられると思うなよ・・・。
一人称が「俺」に変わった宝条は、口元に若干の笑みを浮かべると、一気に加速して飛び上がった。
盗人たちの前まで飛び上がると、自らの腕に爪を立てて、血がついた指を口を含み、指を口から抜くと、含まれていた指が細長いナイフとなっていた。
ナイフというよりは、日本刀のようにも見えるが。
宝条はそれを振り回し、盗人たちの足を貫いた。
「・・・っい・・・!!!あぁぁああああ!!!」
「この程度で泣き叫ぶな。俺の本気は・・・こんなもんじゃない・・・。」
逃げ回る盗人を追いかけて宝条はナイフを振り回し追いかけていく。しかし、力が安定していないのか、上手く当たらない。ナイフは宝条の力も加わり、ビジネスホテルの上層階約10階まで深く傷跡をつけた。
「やべぇ!!!あいつおかしい!あんなの人間技じゃねえって!」
「ビジネスホテルが・・・!!」
「殺される!!!」
「・・・輝けッ!!!プリズムジャッジメント!」
目を見開き、両手を広げた宝条の頭上から、七色に輝く光が、まるで槍の雨とでも言った感じで降り堕ちてきた。
「消えて無くなれっ!!!」
「やめろ光!!!」
七色の光りの雨の中を駆け抜け、盗人に斬りかかろうと振り下ろしたはずのナイフは誰かの声と共に、激しく刃物がぶつかり合う音が響き、何かに妨げられた。
はっとして宝条が顔を上げると、そこにあったのは茶髪と黒い瞳、黒のスーツ姿。手にしているロッド。
「・・・・・・四方・・・さん・・・。」
攻撃を受け止めたのが四方だと気がつくと、ドス黒い赤の瞳は、橙の綺麗なものへと変わった。
視線を泳がせて、目を白黒させる宝条に四方は呼びかける。「殺してはいけない。正気に戻れ。」と。
しかし、視線を泳がせていた宝条は再び橙の瞳をドス黒い赤へと変わらせると、四方の胸を踏み台として、飛び上がり、電柱の上へと着地する。
「アンタが何を思ってそう言うのかは、俺は知らない。知りたくもない。俺は命に興味なんてないし、アンタの呼びかけを聞くつもりもない。」
四方を「アンタ」呼ばわりにして、睨みつける宝条は、いつもの宝条ではなく、まるで別人だった。
先程携帯で連絡を受けていた時までは純粋に盗人である犯人たちを捕まえようとしていただけなのに、今では目的が抹殺に変わっている。
「おい!お前・・・・・・まるで人が変わったみたいに・・・。」
「人が変わった・・・?変えたのはお前たち人間じゃないか!!!」
四方の声に宝条は怒鳴りつける。何処へぶつければいいのやら分からない思いと共に。
「変えた・・・?」
しかし四方には何を言っているのかよくわからない。
それに、まるで自分が人間ではないようなもののいい。
「だってそうだろう?何時だって人間はまるで自分が神様だとでも思っているのか知らないけれど、作っては壊して、壊しては捨てて。生かしたと思えば殺して、殺したと思えば生きろと再生させ。」
言い争っている間に逃走を図ろうとしている盗人を視界に入れた宝条は、光りの檻で捕らえ、逃げられないようにする。
「・・・今回は殺さないでおいてやる・・・。相棒が内側から呼びかけているからな。」
盗人からアグゼリュスを奪い取ると、それを四方へと投げ渡した。
「ノアの劇団員に返しておいてくれ。俺はもう帰る。」
踵を返し、ナイフから指に戻すと、宝条は来た道を戻ろうとした。だが、四方が宝条の肩を掴み、歩みを妨げる。
四方の行動に苛立ちを隠せないでいる宝条は、きつく睨みつけるが、四方はその目をただ優しく見つめていた。
その様子に宝条は戸惑いを隠せないでいる。
「お前、宝条光じゃないな?お前は誰だ?・・・いや、お前が誰なのかどうでもいい。何をお前はそんなに拒絶し、何を怒っている?」
「・・・アンタには分からないよ。一生分からない。分かってもらうつもりもないし、分かりあいたくもない。俺は・・・――」
瞳を閉ざし、何処か悲しそうな表情を表した宝条は、空を見上げながら、血の涙を一筋。
「僕はただ・・・この空が怖いんだ。この世界が怖いんだ。」
それだけ呟くと、瞳を閉ざし、ゆっくりと力なく倒れた。
着信3 ---------- 終了 -----------