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着信2

着信2【七変化任務】

アラームが室内に鳴り響き、四方は目を覚ました。

時刻は5時45分を示している。

「ああ・・・結局昨日は上がれずにデスクワークを深夜までやってて・・・帰宅してそのままくたばったんだったな。」

スーツのままベッドに転がってしまったので、すっかりしわが寄ってしまっている。

上着だけを脱ぎ捨て、重たい身体を起してリビングのほうへと向うと、何やらいい匂いが漂ってきた。

カチャカチャと音を立てるリビング。何事かと思い勢いよく扉を開けると、テーブルの上に用意された食器とシルバーや箸。

そして、オープンキッチンのカウンターの向こう側でエプロン姿で立つ宝条の姿。

「おはようございます。御飯の準備できていますよ。」

「・・・・・・そうか、そういえば光が来たんだったな・・・忘れてた。」

早く顔を洗ってきてください。御飯が冷めちゃいます。そう催促され、急いで顔を洗って戻ってくると、テーブルの上には普段あまり口にしない、綺麗な御飯が並べられていた。

四方は思わず宝条の手を掴み、彼のダークブルーの瞳をしっかりと見つめる。

突然のことに宝条は困惑しながらも、一応四方の黒い目を見つめ返す。

「・・・俺の嫁にならないか?」

「何ふざけたこと言ってるんですか。さっさと食べて片付けさせてください。」

宝条は思い切り四方を殴った。

その後、おとなしく2人で食事をしていると、室内にミッションメールが届いた。

「ああ、今日は宝条とは違う任務なんだな・・・。」

「・・・コンビ組んでいても、任務内容が違うことってあるんですね。」

「まぁ、あるな。特に俺なんかは、一般業務と主任としての報告書処理とか別にあるしね。」

「へぇー・・・。」

黙々と本日の任務内容をチェックしていると、四方の携帯が鳴り響く。

「はい、四方です。・・・なんだ社長か・・・いえ、別に?それで用件は?・・・・・・・・・は?死ねよお前。」

社長からの電話のようだが、用件を聞くなり、四方の表情は穏やかなものではなくなった。

宝条が食べ終わった食器を片付けている間に、電話は終わったようで、四方はシャワールームから出てきていた。

「悪い。俺もう社長のとこ行かないといけないから。戸締りとかよろしくな。」

「はい。わかりました。」

それだけ言葉を交わすと、四方は部屋から出て行ってしまった。

それに続くように、宝条も着替えて武器を背中に背負うと、今日の任務に向った。

「・・・任務内容についての会議があるから・・・A-21フロア213LLに行かないと・・・。」

昇降機に乗り込みA-21フロアまでは来たものの、まだ会社の構造を理解できていない宝条は完全に迷子になっていた。

廊下で1人、ウロウロとしていると、背後から声をかけられた。

「お前、何してんだョ?」

茶髪と金髪が混じった短髪の男性が、小さなケースを両手に呆れたようにこちらをみていた。

男性のくせに目元にアイラインとアイシャドーをふんだんに使用していて、右側の横髪を幾つか小さな三つ編みにしてヘアピンで留めている。

爪なんて全てブルー。

「・・・あの、迷ってしまいまして・・・213LLって何処ですか?」

「なんだ。今日の任務で俺が魔法をかける相手じゃない。じゃあ一緒に行こうか。」

手を掴まれて、ぐいぐいと引っ張られながら宝条は213LLへと連れて行かれると、すぐにストンッと椅子に座らせられ、テーブルの上に数枚の書類とお茶を出される。

そして先程の人物が、何処からかともなくホワイトボードを持ってきて、くるりとひっくり返すと、そこにはこの街でマイナス軸に有名なラブホテルの写真と、従業員らしき人物の写真が貼り付けられていた。

「そこの書類見てもらえば任務内容分かるけど、俺そういうの面倒だから簡単に言うとネ?女装してここのラブホテルに潜入して、一番のお偉いさんに選ばれて、詳しい話を聞きだしてくるってことなんだョ。」

「・・・詳しい話・・・とは?」

「うん。このラブホテルのお偉いさんが何か悪巧みを考えているらしい情報が情報収集班から伝達がきていてネ?その真相が掴めていないんだョ。」

「なるほど・・・でも、何故僕が女装を・・・?」

自分が女装をして、潜入捜査をする意図が理解できない宝条は彼に抗議する。

そんな宝条に、彼はため息交じりにテーブルの上に様々な人の写真が印刷された書類を幾つか置いた。

写真に写る人々は皆、中性的な顔立ちの男性社員ばかりで、主に一般社員が8割、戦闘社員が2割といったところだろう。

「社長にこのedgeに所属する社員の中から、ラブホテルに潜入し、無事情報を持って帰られるためにも、より女性に近い容姿をした社員を抽出するよういわれ、edgeの社員、一般・戦闘社員から中性的な顔立ち・容姿をした社員を集めたものだョ。その中から、君が選ばれたって訳だョ。」

ぱらぱらと書類を捲っていると、最後のほうに宝条の写真が掲載されていた。

「でも、ラブホテルって男女のカップルが部屋借りて夜の営みをする場所じゃないですか。なのになんでそのラブホテルのお偉いさんに女装しておいしく頂かれないといけないんですか?」

「・・・純粋な顔して案外色々分かってるのネ。まぁ、ここのラブホテルのお偉いさん・・・否、経営者は、可愛い子を見つけると、受付で彼氏から奪い取っておいしく頂いちゃうんだョ。ちょっとイラッとするよネ。」

「・・・で、僕に犠牲になれという任務内容なんですね。」

「わぉ。嫌味かィ?でもね、文句は社長に言ってネ!つーわけで、もう時間も押してるから、さっさか準備させてもらうョ!」

このまま宝条の愚痴を聞いていては、話は先に進まないと察した彼は宝条を隣の部屋へと連れて行った。

隣の部屋は控え室のようになっており、一面鏡壁。並べられた椅子。

次はその椅子に座らせられて、ぐるりと反転させられると、彼と向かい合うようになる。

「あ、そういえば僕まだ自己紹介も、貴方の名前聞いてません。僕は・・・――」

「特殊総務課、宝条光君でしョ!知ってる知ってる。俺はクロノス・ヴェルツィア。マジックメイク班よろしくネッ!」

それだけ言うと、クロノスは宝条の服を引き裂いた。

「・・・は?」

突然の状態に脳が追いつかない宝条は固まる。

引き裂かれた服はゴミ箱へと弧を描いて投げ捨てられ、思考停止している宝条を引き上げると、さっと薄い水色のドレスを着付けさせ、横髪の半分を左右で三つ編みにし、そのまま後ろへ持っていくと、蝶の髪留めで止める。

そこまで仕上げると、宝条が正気を取り戻し、全力で抵抗を始めたが、嫌がる宝条を手刀で気絶・・・否、黙らせると、顔に化粧を施していく。

「・・・元の素材がいいから凄くやりやすいョ!これはいいねぇ・・・俺のお人形さんになってくれないかなァ・・・!」

1人鼻歌交じりに作業を進めていくクロノス。自分が一体、今、どのような状況に陥っているのかも知らず、宝条は深い眠りの中。

それから2時間後、ようやく宝条が目を覚ます。

「・・・ん・・・ぅ・・・何か首痛い・・・。」

ズキズキとする首の後ろを押さえながら、宝条が顔を上げると、目の前の鏡に女性が映った。

「・・・・・・これは・・・僕?」

「どうだィ?可愛く仕上がっただろゥ?俺のマジックメイクは劇団ノアの皆にも絶賛なんだからネ!まぁ、元々ノアの劇団員だからメイクの腕前はこれが普通なんだけれどネ♪」

そう言う彼だったが、宝条は劇団ノアというものを理解できず、首をかしげた。

その様子を見て、クロノスががっくりと肩を降ろしながらも、丁寧に説明した。

「劇団ノアっていうのはね、天涯孤独の身の奴らが集まって出来た劇団で、人々を救いたいという気持ちから『ノア』という劇団名をつけているんだョ。基本的に世界中を飛行船で巡り、気まぐれに降りた街で劇を行うので彼らの劇を見れたら運がいいってことかなァ・・・。あいつら予告しないから・・・。劇団の演技力は世界中に知られるくらい上手いんだョ。だから、知らない人はいないと思ってたんだけどナァ。」

「すみません・・・僕は、こっちの人間じゃないので。」

「・・・おかしいな・・・世界中回ってるはずなのに・・・(´・ω・`)」

クロノスはどうも宝条が知らないという点に疑問を抱えてしまったようで、腕を組んで考えだしてしまった。

「・・・あの、で。これから何処のラブホテルに行けば・・・?」

「えぁっ?ああ、エリア伍のバー『パーラメント』さんの隣のアレ☆」

「ああ、あの・・・なんかピンクが凄いアレですか。」

「そう。それ。あ、ちなみに任務だから、何処までもやってきてもいいけどおっさんとマジで放送禁止的なことしてこなくていいからネ♪」

「しません。したくもありません。」

きっぱりと断って宝条は部屋から出て行った。

「・・・・・・ノアを、知らねぇのか・・・一体何処の出身だ・・・アイツ・・・。」

クロノスは私用の携帯を取り出すと、誰かに電話を繋いだ。

「ああ、俺。うん。・・・別に?つかさ・・・ひとつ聞いてもいいか・・・?」




「・・・ハァ・・・歩きにくい・・・。」

夜の街を1人、綺麗な女性が歩いている。と、思わせるがこれは宝条光。れっきとした男性である。

慣れないピンヒールに苦戦しながらも、何とか今回の任務場所であるラブホテルへとたどり着いた。

「僕だったら、こんなところに女性呼びたくないな・・・。」

ラブホテルの外見はいかにも「ラブホテルだ!!!」と断言させざるをえない、ドピンクのお城。

宝条のやる気は完全に右肩下がり。恐らくもうX軸以下。

そして、流石に1人で店に入るのは不自然すぎるため、その辺で適当な男性を捕まえてきた。

もちろん、自身が男性だということはバラしてなどいない。

「じゃあ行こうか、イヴちゃん。」

「え、ええ。」

女装と、偽名で呼ばれるのに慣れていないため、少しぎこちない。

だが、ここから先はぎこちないと全てが無駄になってしまう。宝条は、覚悟を決めて、店へと入っていった。

受付で部屋を選んでいると、カウンターに置かれている花瓶の中に、きらりと光るもの。

それが一瞬で隠しカメラだと気付いた宝条は意識しないように受付で時間などを話し合って決めるのに少し時間をかけた。

すると、何処からか太った老人が現われて、後ろから宝条の肩を掴むと、隣にいた彼氏代わりの男性を押し退けた。

「・・・え?」

「ちょ・・・俺の女に何してんだよ!」

突然のこの状態に、宝条は一瞬判断が遅れるが、すぐにこの男性が今回のターゲットだと気がつくと、すんなりと相手に捕まり、か弱き女性のふりをして、困ったそぶりをみせる。

「おお、これはいい女子だなぁ・・・おい、お前。この女を置いてさっさと帰れ!!」

「ちょ・・・何言ってんだよ!俺の女だぞ!!」

「ふん。おい、この男をさっさとつまみ出してしまえ。」

太った老人はそれだけ言うと、受付の男性にアイコンタクトを送ると、受付の男性が彼氏役として宝条が連れてきた男性をラブホテルの外へとつまみだしていった。

宝条はそのまま太った老人に連れて行かれ、最上階の部屋へと連れ込まれると、ベッドへと押し倒される。

「ちょっと、待ってくださらない?貴方は一体誰なの?」

「ん?俺かぁ?俺はここの社長、アロー。お前は、俺好みの女だ。俺のものになれ。」

そう言ってさらに力強く肩を掴まれ、早速行為に移そうとするアロー。それに気付いて宝条は急いで抵抗し、アローから少し離れると、こう提案する。

「あの、私あなたのこと、知らないわ。知らない人とこんなことするなんて・・・・・。」

「ほぅ・・・。可愛い女だな・・・ますます気に入った。」

更に近づいてくるアロー。宝条は身を引き、シャワールームを指差す。

「ねぇ・・・する前にシャワーを浴びましょう。お互いこのままやるだなんて・・・私好きじゃないわ。」

シャワールームに視線が行ったアローは、しばらく考えていた様子だったが、頷くと、先にシャワーを浴びに行った。

その間に宝条はピアスについている盗聴機能を機動させた。これで後々edgeの人間がやってくる。

シャワールームからアローが出てくると、入れ替わりで宝条がシャワールームへと入る。

もちろんこれから本当に身を捧げる気などさらさら無い。

ただ『仕込み』をするだけだ。

ここに来る前に、クロノスから渡された紙袋。その中には老人を喜ばせるにはいい『玩具』が入っている。

それは、東洋から取り寄せたと言われる、『着流し』と呼ばれるものだ。しかも、女性物のため、赤地に東洋の花が描かれている。

羽織り、帯で腰の辺りを縛ると、横にスリットが入り、生足が見えるというかなり艶やかなもの。

「・・・どうしてこんなもの僕が着なくちゃいけないんだろう。」

ぶつくさ文句を零しながらも、準備が出来ると、シャワールームからゆっくりと出て、そのままアローの前へと出て行く。

「お待たせいたしました。」

「ほー・・・。こりゃ色っぽい。」

腕を引かれてそのままアローの上へと倒れこむ宝条。

首筋に擦り寄られ、匂いを楽しまれるのはいい気分はしなかったが、仕事なので仕方がない。

宝条は仕事を始める。

「ねぇ、アローさん。どうして私を選んだの?私には彼がいたのに・・・。」

「あんな男、お前にはつりあわない。俺のほうがいい男だ。それに、金も権力もあるぞ。」

自分をいい男だというアローに内心鳥肌状態。しかも、最終的には金と権力で釣ろうとする。

「・・・私以外にも、こうやって誘ったの?」

「ん?そうだな・・・誘いはしたが、今はもうお前だけしか見えていない。」

そう言い、髪の毛を梳きながら、唇を落としてくる。

(気色悪い。後で髪の毛をしっかり洗おう・・・。)

「じゃあ・・・その女の人たちは何処にいったの?」

「・・・・・・妬いているのか?」

「あら、だってこんなにもいい男に今まで良くしてもらっていたんでしょう?殺したくもなるわ。」

「ははは!気にするな。あの女たちなら地下へ捨てたわ!今頃、地下に住んでいる魔物の餌になっておるかもな!いい素材の女たちは、そのままブラックマーケットに売り出してやるつもりだ!」

こいつの企みの真相は結局「欲望」と「金」のためだけだったのか。なんとなく気がついてはいたが。

(この辺りでブラックマーケットといえば、ウォールマットの地下下水道か。)

「・・・・・・その女の人たちを売って貰ったお金は、一体何に使うおつもり?」

「お前も知っているだろう?ウォールは売った女は金と共に、おまけでまれにくれる『薬』がある。出所は俺にも分からんが、あれはとてもいい代物だ。どうだ?お前も吸ってみるか?」

煙草のケースから取り出された薬物。見た目は錠剤にしか見えないが、色があきらかに危険信号をだしている。

宝条はそれを受け取ると、そっと着流しの帯へと差し込んだ。

「後で吸わせてもらうわ・・・だって・・・・・・お前にはもう用はないからね。」

宝条がそう言うのと同時に、edgeの特殊総務課の社員が入口を蹴り破り、室内に入ってくる。

既に受付から廊下にいたここの従業員を捕まえているため、どれだけアローが呼びかけてももう誰も来ない。

「ちっ・・・お前・・・edgeの社員か!!」

「ああ。それと俺、女じゃねぇし?」

「くそっ・・・!!」

素早く紐で縛ってアローを動けなくすると、待機しているedge社員に転がして渡した。

edge社員に銃口を突きつけられ、身動きの取れなくなったアローに向って、更なる恐怖を与える。

宝条が貸し持っていたスタンガンはペン型で、特別に作られたもの。シャープペンシルの芯を出すようにノックすると、電撃のレベルが増すというもの。

それをアローの目に近づける。さらに恐怖の色を増す。

「さて、最後に吐いてもらおうか。女の人たちを捨てた地下ってのは何処にあるのかな?」

「・・・それを答えてどうする?」

「・・・助け出すんだ。」

「ふん・・・既に死んでるだろう。」

「言えって言ってんだよ。」

そのまま目に向って振り落とす。

これで恐らく片目は失明しただろう。アローは叫びながら転がりまわる。

それを追いやり、足で蹴り飛ばし、吐くまでひたすら痛めつける。

「言う!言うよ!!!わかった!」

「最初からそう素直であれば、こんな痛い目にあわせなかったのに。」

「・・・・・・このホテルの外に、地下下水道の入口があるだろう。その扉を開けて、下水道に入って左の牢屋だ。」

聞き出した宝条はすぐにホテルの外の下水道入口へと向った。

入口前まで行くと、扉には頑丈な南京錠がつけられていた。

「くっ・・・なんでこんなアナログな物・・・。」

武器を持っていない宝条が所持しているのはスタンガンしかない。これでどうにかできるわけもなく。

辺りを見回して、何かないか探してみるが、転がっているのは鉄パイプや廃材ばかり。

宝条はそれを拾い上げると、それらを体内に取り込んだ。

当たり前のように口から取り入れるその姿はまさにクレイジーとしか言いようが無い。

だが、それは宝条が訳もわからず体内に取り入れているわけではない。

「・・・・・・っ・・・う・・・。」

数秒後には、吐き気をもよおしたかのように口に手を持っていくが、嘔吐したわけではない。

宝条の口から出てきたのは、長い槍。


ズルッ・・・


自身の血にまみれた槍を取り出すと、宝条は南京錠をその槍で壊した。

カシャンッ。と音を立てて落ちるのと同時に宝条は下水道の中へと入っていく。

言われた通りに道を進んでいくと、牢屋が壁に埋まるように設置されていた。

その中には、あの男に酷い思いをさせられた女の人たちが幾人も座り込んでいた。

「今、出してあげるから。」

「アンタ、誰なの?」

「ただの戦う社員!」

余計な詮索をされないうちにさっさと南京錠を壊して、女の人たちを地上へと連れて行こうと扉を開けたときだった。

「・・・魔物の臭い。」

「え?」

「貴方たちを必ず地上へ連れ戻します。でも、今は危ない。まだこの中にいて。」

それだけ言うと、槍を構えて、近づく魔物の臭いがするほうへ視線を向ける。

すると、闇の向こうから、蛇のような、でもドラゴンのような翼を持った、不思議な生き物が奇声を上げながらこちらへとやってくる。

「・・・なんだこの魔物・・・見たこと無い。」

魔物はこちらへ向って水を吐いてくる。宝条はそれを避けながら、魔物へと近寄ると魔物の真下で炎を炎上させた。

炎は魔物へと引火し、身体中を焼き尽くすような勢い。

余程熱いのか、奇声を上げあちこちに水鉄砲を吐き散らす魔物。吐き散らかされる水が壁に当たると、老朽化の進んでいるこの下水道の壁にはヒビが入り始めていた。恐らくこのままここにいては、宝条は助かっても、女性陣が助からない。

「急げ!ここはもう崩れ落ちる!早く地上に出るんだ!」

素早く女性陣を地上への入口へと誘導し、最後の1人となったときだった。

最後の彼女の背後に魔物が迫りつつあった。

「危ない!!」

宝条は咄嗟に彼女の腕を引っ張り、引き寄せると背後へと庇い、両手を前へと突き出し、火炎放射とでも言わんばかりの炎を魔物へ向って放った。

直撃した魔物は、そのまま後ろへと崩れ落ちていった。

「・・・すごい・・・あ、あの、ありがとうございました!!」

すっかり見入ってしまっていた女性は、はっとすると、宝条にお礼を言う。

しかし、宝条からは何の返事も無い。

突き出された手もそのままの状態で、動きすらしなかった。

不思議に思った女性は、そっと宝条の顔を覗こうと前へ回り込む。

宝条は目を泳がせて焦点が合っていない様子で立っていた。

恐らく気力だけで立っているのかもしれない。が、既にもう限界なのだろう。宝条は腕をゆっくりと下ろし、そのまま崩れ落ちていった。

「ちょっと・・・!・・・えっと・・・どうしよう・・・。」

既に壁に走った亀裂が崩落を物語っている。

女性は宝条を背負うと、入口まで走った。








「・・・あれ・・・?」

「光ッ!!気がついたのか?!」

目が覚めると、そこは四方とルームシェアをしている社員寮の自室だった。

視界には四方が入っている。

「四方・・・さん。」

「さんはいらんって言ってるだろ。じゃなくて!お前任務中に倒れたんだぞ。」

「あー・・・・・・。」

なんとなくは記憶にある。そしてその理由も自身では分かっている。

(恐らく武器を生成したときに血を出しすぎたんだ・・・それで魔法なんて使うから、身体がついていかなかったんだ・・・。)

「助けるはずが、彼女に助けられたな。」

「へ?」

四方が指差す方向を見ると、救出していた最後の1人の女性がそこにはいた。

暗くてよくわからなかったが、髪は長髪の甘栗色。少しウェーブがかかっているだろうか。

着替えたらしいピンク色のワンピースは彼女によく似合っていた。

「あ、あのありがとうございました!」

「いや、こちらこそ。貴方に助けられちゃうなんて・・・edge辞めなきゃだめだなー・・・これ。」

「入社数日で辞める気か?ただでさえ人手足りないんだからそれだけはヤメテ!!!」

悲痛な思いを必死に伝える四方の思いはここでは無視して。彼女が何かもの言いたそうにしているのに気がづいて宝条は彼女へと視線を送る。

すると、彼女の口からとんでもない言葉が発せられた。

「私も、edgeの社員になる!」

「「へ?」」

一瞬の沈黙の後、四方と宝条は気の抜けた声を発する。しかし、内心「え?ちょ・・・嘘だろ?」と言いたい。

「もちろんなるって言っても・・・一般社員のほうだよね?」

「ううん!特殊社員!戦う社員になるの!」

「でも、危険な目に遭うんだ!」

「いいの!もう決めたんだから!」

意気込んで言う彼女は、もはや聞く耳を持たない。

ため息交じりに呆れてものも言えないといった感じの四方は頭を抱えている。

宝条はそんな彼の様子を見て、クスクス笑っている。

「・・・君がそう決めたのなら、それでいいさ。ただ、戦闘社員になるのなら、君はまず早くても3年は訓練を積まなくちゃいけないんだ。だから、3年は一般兵状態だと思うけど・・・ここは基本的に男性ばかり。耐えられる?」

「ええ!私、これでも小さい頃から武道は心得ているの!キツイ訓練なら任せて頂戴!」

意気込んだ彼女だったが、そこに社長が入ってきた。

突然の訪問者に3人は驚いた表情を隠せず、四方に至っては動揺している。

「四方!何時までたってもデスクワークに帰ってこないし、会議には出席しないし!!俺は・・・俺は・・・ッ・・・寂しくて死んでしまいそうだァァアア!!!」

「ちょ・・・!!社長!落ち着いて!俺が悪かった!だから落ち着いて!ほら、ひっひっふー!」

「・・・四方さん、それラマーズ法。」

社長ってこんな感じの人だったのか・・・と、宝条は初めて気がついた。

宝条と女性が呆然とその様子を見ていると、社長は女性に気がついたようで正気を取り戻したように語りだした。

「あぁ、君が宝条君を助けてくれたんだって?話は聞いているよ。私はこのedgeカンパニーの社長、ベアクトリス。失礼ながら、先刻の話は聞いていた。edgeの社員になりたいんだって?しかも戦闘社員に。・・・怖いもの知らずもいいところだね・・・でも、実は戦闘社員とまではいかないが、宝条と同じ特殊総務課の人材が人手不足でね。特殊総務課のサポートからでもよかったら、いつでも入社を迎え入れるが?」

社長からの声に、彼女は喜んで頷いた。

早速社員登録を受理させるため、四方に連れられて彼女は去っていった。

「・・・あ、社長。少し、お話いいですか?」

「なんだい?」

「潜入任務でアローから薬物を受け取りました。今回あのラブホテルで連れ去られた女性の一部はウォールのブラックマーケットで売買されたらしいのですが・・・彼女たちを売ると、この薬物が稀にもらえるのだそうです。」

そう言って渡した薬物を見て、社長は眉を顰める。

「・・・こんな薬物、見たことも無い。外見こそ、普通の煙草と変わらないようだが・・・。」

「成分もどんなものか分かりません・・・。」

「・・・睦月に分析を頼んでみよう。結果が出るのに時間は掛かりそうだが・・・。」

「お願いします。」

社長に薬物を預けると、宝条は再び眠りについた。




「突然の貧血状態・・・魔力値の異常なくらいの上昇。普通に考えて有り得ないんだよな・・・。」

ビーカーに注がれた珈琲をすすりながら、睦月が宝条の身体データを見て、1人呟いている。後ろからビーカーにパフェを盛った葉月がやってきて葉月も眉を顰める。

「・・・今回は地下で魔物が出たらしく、魔法を使ったみたいだけれど・・・魔法を使ったくらいでこんな状態になると思う?」

「思わない。まぁ、上級魔法を、自分のレベルに見合わないもので連続で使うとすれば、ありえるかも知れないが、彼はそれくらい心得ているはず。それにあの魔物はそう強かったわけでもなさそうだし。じゃあ彼は一体、何処で血を失ってしまったのだろうね。」

「・・・・・・調べてみようか。」

「・・・やっぱり、研究好きとしては謎は謎のままにしたくないんだよね。」

2人はビーカーを置くと、研究室へと戻っていった。

宝条の身体データが表示されているパソコンの画面。彼のステータスは他の戦闘社員とは比べられないほど異常なものだった。




着信2 ―――――――――― 終了 ―――――――――――


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