多重債務者のクズ十人集めてデスゲームしてみた件!!
「一攫千金したいかあああああああ!!」
爆音のマイクで壇上の男は叫んだ。
金森銀蔵。
名前の通りの金持ちである。その財力というと東京の一等地の土地を持っていたり、平均的な会社経営者を上回っているとも言われる。それだけではなく、国会議員の二桁人数と直接に連絡を取ったりすることが出来るなど、その人脈は政財界ともに通じている。とは言え、それほどの財力をもってしても、品性を買うことは出来なかった。いいや、品性を買わなかったからこそ、莫大な財を築くことができたのだ。
黒い噂として、金森銀蔵は反社会的な経済活動を行っているというものがある。例えばそれは違法薬物の売買であったり、銃武器の海外での売買、さらに言えば、違法な金利での貸金業。ありとあらゆる悪行もまた、金森の影について回った。
「わしもじゃ! わしもじゃ!」
壇上で一人、金森は叫ぶ。
どれだけ叫んだところで迷惑になることはない。なぜならば、この叫んでいるのは公海上にある船の上だからだ。たとえ叫んだとしても周りには何もない。そもそも、取り締まる警察であったりもいないし、苦情を申し出るのもイルカくらいなものだろう。
それを見つめる二十人の視線は冷ややかなものだ。
「金森……」
二十人のうちの一人、上村は誰にも聞かれないように注意しながらぼそりと呼び捨てた。
だが、それを聞き洩らさなかったのは、隣に立つ男だ。男は肘で上村を小突く。それでそちらへと目線を向ければ、男の禿げ上がった頭には、大きな火傷の跡が見えた。そして、上村とおそろいの金属製のチョーカーをつけている。
「あんた、口には気を付けなよ。誰が聞いているかわからんぜ」
「……」
「あんたも、債務者なんだろ? モリモリファイナンスの」
男の問いに上村はうなずく。
「俺も、いや、ここにいる連中全員がそうだ。俺は一億の借金がある。みなよ、みんな悲壮感と共に必死の顔つきだ」
男に言われ、ちらりと見る。そうだ。ここにいる者たちはみな、債務者だ。
上村もそうであるように、莫大な借金がある。それこそ、一生働いても返せないような借金だ。
ちらりと上村の脳裏に父親の姿が浮かぶ。
上村の父は農家をしていた。兼業農家である。京都市の信用金庫で働いていた父の英雄は名前の通り、立派な人間だと周囲から思われていた。しかし、その実態は違った。上村が高校生のころ、父は死んだ。その時、銀行の金を着服し、賭博に注ぎ込んでいた事が白日の下にさらされた。結果、高校卒業後に上村は働き始めたものの一生をかけても返すことのできない借金が残されたのである。
もちろん、聡明な弁護士により、上村は借金を相続することはなかった。
だが、その悪癖ともいえる賭博癖は血肉に刻まれ、モリモリファイナンスに借金をして、さらに賭博へとのめり込む、と言うまるで父と同じ道を辿りつつあったのである。
だが、幸運。希望の道筋が細い糸のように垂れ下がっていた。
「えー、進行の黒田です」
金森の隣に黒田と名乗った男が立ち、マイクを握る。
「改めてですが、この度は、モリモリファイナンスの現金獲得チャレンジへのご参加ありがとうございます。このチャレンジは高額債務者様に対し、救済もかねて、提供させていただいているものです」
「では、債務者の屑どもにルールを説明する!」
壇上でバンと金森が足を踏み鳴らす。それを合図にしてか、傍らで待機していたスタッフが握り拳ほどの大きさのボールを一つ持って現れる。
「ルールはシンプル、このボールに当たったものは強制労働だ!」
「ふざけんな!」
集団の中から一人、男が叫んだ。
「当たったら強制労働ってなんだよ! 俺たちは、借金帳消しにしてくれるって」
「それは少し異なる。お前たちはみな債務者だ。金を借りている。それを無条件で無くすわけがないだろう。先に述べるが、このチャレンジに挑むにあたって、首輪をつけてもらった。この首輪には時限装置がついている」
「は?」
誰かの戸惑いの声を聴くとともに、ひやりとしたものを上村は胃で感じた。
「このボールに当たった場合、まず赤いライトが点灯する、そして、制限時間が終わると首輪のアラームが鳴る、その後には強制労働として連行する。この船は今、海外に向かっているからな。これは冗談ではない。本気である」
ざわ・・・ざわ・・・
言葉にできない動揺が集団に広がる。
「そして、制限時間を終えた時、生き残っている人、全員に十億円を山分けし贈呈します。これは非課税で贈呈されます」
「ふざけるな! 俺はそんな話聞いてないぞ! 俺はこんな」
「甘えるな屑が……」
金森がどすの利いた声をマイクで響かせた。
「お前たちは敗北者。債務者。ただ金を借りただけではなく、それを自らの娯楽、快楽、遊興に使っただけだ。投資ではなく消費。そんな屑が十億近くもの大金。ポンと何も苦労もなく手に入るはずがないだろう」
「と、いう事です。言ってしまうと、自分以外がボールに当たっていた時は一人で総取りです。では」
「ちょっと待っていただけます?」
二十人の中、一人場違いな女の声が聞こえた。
視線がその声の持ち主へと注がれる。
小柄な女だ。すらりとした体をしている。集団の中の唯一の女、紅一点は目立っていた。
「仮にですが、全員がボールに当たった場合、どうなるのですか?」
「あ?」
「えぇ、仮になんですが。今の話ですと、勝者全員がお金をもらえる、です。では、全員がボールに当たった場合、何かしらあるのでしょうか。その場合においてもただ強制労働だけ? それでは面白くないでしょう」
「良いことを聞いてくれた。もしも、全員生き残らなかったとき。賞金は一人当たり一千万としよう!」
「それは違うでしょう」
女が鋭く言った。
「こちら側、債務者の側には強制労働、あるいは、十億の山分け。それに対して、あなた方には2億の損失あるいは労働力の確保。では天秤が釣り合いません」
なので、と女は言葉を続ける。
「全員が当たった時、債務を無し、帳消しとしてください」
ひっ、と小さく金森が笑った。
それは小さな笑いだったが、決壊の前触れのようなもので、さらに大きくひっひっひと笑い始めた。
「良かろう。全員が当たった時、債務を帳消しとする」
金森の言葉に、黒田の眉がぴくりと動く。
明らかに予定外の行動。予想外の流れだ。
「あと、もう一つ。ボールは誰が投げるのですか?」
「ボールは一人一つお渡しします。また、船内にボールを落としています。この際、落ちているボールを拾うのは、当たった、判定にはなりませんので」
***
「どうも、助かりました」
女は目の前、すぐにかがんでいた。上村もまたかがんでいる。二人してテーブルの影に隠れている。
厄介なことになった、と上村は心の中で舌打ちをしていた。ボールを持った債務者に追われていた女。それから隠れるために上村は自らが隠れていたテーブルの影へと引き込んだのだ。刹那の思い付き、お人よしとしての性分が悪戯したのかもしれない。
「私は天内といいます。是非とも協力してほしいのです」
「協力?」
「上村さん、あなたはこの債務者たちの中でも上位に位置するでしょう。正直に言えば、隠れたり、本気度としてかなり高い。だから、私と組みませんか? 私が囮になり、あなたがボールを投げて仕留める、悪い策ではないでしょう?」
とくに藤井という男は、と天内は言葉を続ける。
上村の頭に、禿げ頭の男の顔が浮かぶ。あの男は藤井と言った。ボールを手に入れた途端に、すぐに上村に投げてきた。寸前で避けることが出来たものの、そのハングリー精神で、どんどんとボールを当てるために動き始めた。
実際に一人、ボールが当たってしまった人も見かけた。
あの愕然とした表情。全てを失った未来を絶たれた人間の顔。
違う。
あれは、敗北者の顔だ。人生に負けた人間の顔。それは苦悶とも絶望とも言い難い、表しがたい顔をしている。ただ気の抜けた顔だ。負けたら強制労働施設に送られるだけの事、命まで取られることはない。そう思っている。
違うだろ。
強制労働と4文字で簡単に表しているが、労働というものはそんなに軽い事ではない。人生の時間を消費している。そう簡単に考えていい話ではない。命を取られているのだ。労働というものに確実に、まるでピーラーでゆっくりと削るように。
しかも、こんな非合法的なやり方で移送された労働先、ろくな結果はない。
「あんたに協力するメリットは?」
天内の胸の二つのふくらみをちらりと一瞥し、上村は聞いた。
「そうですね。二人して生き残り金を山分けです。しかし、取り分を上村さん。あなたが大きく取ってもいいでしょう」
甘い話。
罠。
いくつもの言葉が上村の脳裏をよぎる。
が、それを飲み込んだ。
「良いだろう。協力する。だが、あんたの目的はなんだ?」
「そうですね」
ゆっくりと天内は肩をすくめ言った。
「復讐としておきましょう」
***
「会長、よろしいのですか?」
モニターが多数配置された部屋で、ゆったりと水を飲む金森に黒田は聞いた。
モニターには船内のあらゆる箇所が移されている。この船にある監視カメラで、債務者がどう行動するか。それを眺めるのが金森の趣味、娯楽だった。とは言え、もちろん、このモニター室では黒田や他のスタッフもおり、誰がボールに当たったかなどの運営がきちんと進行をされているかを確認している。
「何がだ?」
「債務帳消しの件です」
「もちろん、良いんだ。今までの結果をお前も見てきただろう?」
金森の脳裏に過去が浮かぶ。今まで過去五回行って、そのどれもこれも楽しませてくれていた。
だが、五回もするとさすがにマンネリ化してきた。
「たまにはそういう異質な事、要素を入れると楽しめるものよ」
「そういうものでしょうか」
黒田は少しだけ疑問を浮かべた。
が、女を一人入れたのも金森の気まぐれの一つだ。女ならいくらでも借金の返し方はあるが、それでもここを選ぶ女がいるというのは奇妙だった。だが、マンネリ化を防ぐために入れたのだ。
「実際に見てみると、あの女、巧妙だぞ。二人組を作り、次から次へと他の債務者にボールを当てている。かなり勝利に貪欲と見た」
「では、最初の提案は何だったのでしょうか。全員が当たった場合は、とかいう」
「さてな。だが、実際の所、あの女は当たっておらん」
興味深そうに金森はモニターを見つめた。
***
物陰に潜みながら上村はうかがっていた。
やはり藤井か、と内心つぶやく。
ボールに当たっていないのは藤井と上村、そして、天内の三人だけとなっていた。
先ほどまで藤井の様子をうかがっていたが、上手い。何かしらの球技をやっていたのであろうと推察できる。巧みなボールのコントロールを見るに、上村が最初にボールを避けられたのは、正真正銘の運だったようだ。
今、藤井は広い室内の中央に陣取っている。足元にはボールがいくつか貯めこまれており、すっかりと防衛陣地として構築されていた。
「どうするよ」
「ふむ。そうね」
天内に上村は聞いた。
すでに二人して協力し、他の参加者はボールを当ててきていた。複数人相手でもなんとかしてきて、そこには確固たる信頼があった。
はっきり言えば、上村としてはこのまま時間が経過するのを待っていてもよかった。
「いつも通りだな」
「そうするとしましょう」
その言葉と共に天内は物陰から飛び出た。わざとらしく大きな音を出して飛び出たものであるので、藤井もすぐに気づいた。ボールがすぐにひゅんと投げつけられる。ボールは天内にあたることなく、体のすぐそばを通り過ぎた。
そのまま、天内は走り続ける。広い室内を走り回り、物陰にかくれ、ボールをどんどん投げさせる。
いつしか藤井の足元にボールは減ってしまっていた。
ここだ!
完全に藤井の思考の外に、上村はいた。
故に、物陰から現れ、ボールを投げても気づかれることはなかった。
ボールは明らかにゆっくりとした速度であっても、藤井の注意を引くことなく呆気なく、彼に当たった。
ぐにゃりと藤井の顔が歪む。
上村の顔が勝利に歪む。
「やりましたね、上村さん」
天内が上村の背後に近づき、声をかけてきた。
「やったな。これで残ったのは俺とお前とだ」
「えぇ、そうですね」
上村の脳内に、巨額の富を使う自分の姿が浮かぶ。どうお金を使うかを勘案している。
たばこ、酒、女、ギャンブル、ありとあらゆる娯楽に消費もできる。
それどころか何かしらの事業をスタートすることもできる。今までの人生を巻き返せる。
浮かれた思考、安心感。
故に、故に、故に。
トスン。
軽い衝撃が、上村の背中にあった。
目の前を転がるボール。誰が持ち込んだボールなのだろうか。
藤井の投げたボールでは、ないはずだ。
振り返れば、ボールを持った天内の姿があった。
「これで私が最後の一人ですね」
「お、お前、どこにボールを」
「胸の中です。私は胸がないので、かわりにボールを隠すのにぴったりでした」
「な、なんで」
「言ったじゃないですか。私は復讐のために参加した、と」
「言ってる意味が」
「仮に私たち二人が十億を手に入れる。他の参加者は強制労働となる。これって金森にとって何のダメージもないんですよね。十億円なんて痛くも痒くもないので。でも、私達全員が債務を免れたら、それこそが金森にはダメージが大きい。強制労働をさせられないのは大きい」
「じゃあ、最初から」
手に持っているボールを天内がぽんっと上に向かって投げる。
パこん、と軽い音とともにボールが天内の頭に当たった。
首の装置が緑から赤に変わる。
「これで、全員がアウトです。あなたは一番、脅威になるのが予想できましたから、最後に油断するまで仲良くしておいた方がいいと、ね」
ゲーム終了を告げるアラームが鳴った。
***
船が元の港に戻ってからも、金森は姿を見せることはなかった。おそらくは狂乱しているのであろう。
進行係の黒田が頭からびしょ濡れの乱れた姿で現れたので、
債務者は各々が疲れた顔をしていた。最初は悲壮感に満ちた様子の債務者たちであったが、船を降りて自らの債務がなくなったと告げられると、途端に喜びとも安堵ともとれる面持ちになった。藤井に関しては、自分がもらえるはずだった10億、目前まで来ていた10億を失い不満そうであったが、それでも幾分かはマシに思えた。
「では、また」
「また?」
一人立ち去ろうとする天内に、上村は疑問の声を向けた。
「また会おうなんてそんなわけないだろ。もう会わねーよ、嘘つき女」
「ひどい言いようですね。どうせお会いしますよ」
「あ?」
上村は睨みつけるように天内を見た。
「一度でも落ちた屑は、また、落ちるんです」
にこりと爽やかに天内は笑みを見せる。それは今までみたどんな笑みよりも親身に見えた。
俺は違う。
上村はそう心に固く決心をして、駅へと歩いて向かった。
「だけど、少し疲れたからな」
駅へと向かう途中、上村はパチンコ屋へと足を踏み入れた。
情など微塵もなくパチンコ屋の自動ドアはばたんと合わさった。




