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2026.3.13 日記

掲載日:2026/03/14

 冬の面影を名残惜しく引き連れた三月中旬、三寒四温というべきか、気温が安定しない日々は、すでに春の、何かの始まりを感じさせる。大学受験を終えた千は、颯爽と変わり行く天気を眺めながら受験期を思い出していた……

 ーー窓を開ければ枯草の擦れ合う音が部屋に入ってくる。顔を覗かして自室から裏庭に目をやれば、繁茂した穂が踊っている。何かを隠すように背の高い草が畝っていたーー


 二月二十日、大学から合格通知のメールを受け取った千は自堕落に日数を重ねて行く。晴れ晴れしい気分は早々に消え失せ、けれどもどこかに自分の未来像を望んでは、虫の居所が悪くなる。


 ーー黒々と澱んだ、光の差し込む隙のない分厚い雲は、千に言葉にできない安心感を与えた(いや、本当は、言葉にできるのかもしれないが、言葉にすることで、明確に理解することが、自分の嫌いな一面を自分であると認めるようで嫌なだけかもしれない)。顔に吹き付けられた風に紛れて雨音が聞こえた。間髪入れずに雨の独特な匂いもしたーー


 去年の六月ごろ、紫陽花の葉が青々として、紫交じりの花が一塊に咲いていた。その生気の宿った、凛とした姿は、七月、八月と季節が過ぎるにつれて花は萎れ、葉は黄色く変色し、葉先から茶けていく。

 千は、夏休みが終わっても、成績が伸び悩み、むしろ下がっていった。誰よりも努力しているつもりだったが故に、堪えたようで千は口数が減って行き、ついには学校自体も休むようになった……


 ーー気づけば、雨音は家を取り囲み、服はいささか重くなっていた。千は何をするでもなくただ佇んでいる。体から魂が抜け落ちたように、どこかに五感を置いてきたように、どこを見つめているのだろうか、ただそこに立ち竦んでいるーー


 雪が竹にのしかかり、竹は腰を曲げて首を垂れてた。一面に降り積もった雪は、今までの痕跡を隠すように道路も溝も消し去ってしまった。

 試験までは、ひと月もない。余命幾許かというような面持ちでいる。試験は三回、たった三回でこれからの人生が決まる、受験生は皆そう思っている。教師や親は慰めの言葉をかけるばかりで、その実、本人次第だった。このとき初めて自分が孤独だと気付いた。誰も助けてはくれない、責任は自分が負う、大人の世界、単なる実力と運の世界だと……


 ーー我に返る、窓を閉める。顔を拭いながら風呂場に向かい、脱衣所で服を脱ぎ鏡に映る自分を見つめた。運動部だったころの体は健在で、にもかかわらずとても華奢に見える。

 雨音が小さくなっていく。雨足が弱まっていくのがわかる。風呂場の小窓から微弱で頼りない日が差し込む。

ああ、と千は声を漏らした。

「晴れたんだな……」

 差し込む光は、千に陰鬱な影を落とさせていたーー





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