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ベータの俺でいいんすか  作者: 山端のは


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9/12

9 馴染んできたのかな


 パソコンを閉じると、見計ったように井上先輩が声をかけてきた。


(けい)、帰るのか? おまえそろそろ誕生日だったよな。飲みに行こうぜ、奢ってやる」

 先輩の勘違いを俺はやんわりと訂正した。


「まだ飲めないですよ。明日で十九歳っす」

「マジか。何でそんなに若いの!?」

「飯なら付き合いますよ。なんか、愚痴りたいことあるんでしょ」

「うっ」


 どうやら図星らしい。井上先輩は一瞬目をそらした後ごまかすように頭を掻いた。


「何食いたい?」

「焼き鳥はどうっすか?」

「いいね。行こう」


 外に出ると、先輩は上着を羽織った。

 七月とはいえ、夜は少しひんやりする日がある。

「寒くないのか?」

 先輩は、半袖姿の俺を心配そうに見たけれど、我慢できないほどじゃない。


 焼き鳥屋は入った瞬間から、肉の焼けるいい匂いがしてテンションが上がる。

 愚痴を聞かされても肉うまい。焼きおにぎりうまい。とかいう情報しか入ってこないので、ただ頷いているだけだけど、帰るころには井上先輩の機嫌も上昇して肩を抱かれているから不思議だ。


「彗、明日もがんばろうな」

「俺、明日休みっす」

「そうだっけ。じゃ、しっかり休めよ」

「うっす」


 そんなやり取りをしていると、道の向こう側のおしゃれな店から、礼知(あやと)さんが出てくるのが見えた。


 なにやらゴージャスな美人と一緒だ。顔は見えないけど服装からして自分に自信のあるタイプの美人に違いない。背も高いし、もしかしたらアルファかも。


「井上先輩、あっちに礼知さんがいます」

 俺の声が聞こえたはずもないが、礼知さんがこちらを見たので二人して慌てて頭を下げた。



◇  ◇  ◇



 休日俺はカメラを持ってその辺をぶらつく。


 昼近くまで寝ていたから午後の出発となってしまった。

 切符を買って列車を待つあいだ、たくさんいた人々が、列車を乗り換え街を離れるごとに減っていく。


 俺の行き先は、もうすこし先だ。人が少ないのをいいことに足を伸ばし、バックを膝にのせて子供みたいにだらしなく背をつけて、窓にコツンと頭をぶつけた。

 ガタンゴトンと全身に感じる振動をすこし懐かしく思った。


 列車から出た途端、海の匂いがした。

 実際、無人駅から出て道なりに歩けば五分とかからず海へ出る。けど俺はまず、駅舎の写真を撮った。

 駅の裏手には低い山があって、セミやキジバトの声がのどかに響いている。

 俺はほっと息を吐いて海に向かった。


 今日のニュースで海開きだと言っていたが、平日だからか人はまばらだ。

 俺はあんまり泳ぎたいとは思わない。


 そんなものより、潮だまりの生物や、いい感じの流木を写真に収めるほうが楽しかったりする。

 今もヒトデをパシャっと撮ってにんまりしたところだ。


 田舎育ちのせいなのか、俺は定期的に街から抜け出したくなる。

 心ゆくまで写真を撮ったあとはぼんやりと海を眺める。時間を見計らって寂しい駅前をぶらりと歩いてかき氷を買った。

 列車の到着まであと三十分。


 帰り道にもう一か所寄ろうと思い立って、港町でじいちゃんが好きだった団子を買った。

 夕方の列車はすこし混んでいた。俺は目をつむり海の余韻を味わった。

 

 出かけるときは排ガスの臭いや人混みから脱出だ、なんて思っていた。

 けれど見慣れた駅に戻ってくると、自分でも意外なほどホッとした。

 いつの間にか、馴染んできたのかな。



   ◇ ◇ ◇



 寮に戻ると、俺は食堂から皿を借りてきて、ローテーブルの上に団子を並べた。

 俺のぶんと、じいちゃんのぶん。


 一緒に暮らしていたころ、あまりじいちゃんの写真を撮らなかったこともあって、手元に残ったのは一枚きりだ。

 それもこちらに背を向けているやつ。

 写真の中のじいちゃんはたくさんの古物に囲まれて、なにか作業をしているところだ。


 こっちを向いてくれないかななんて、俺はテーブルに肘をついた。

 

 じいちゃんはあまり笑わない人だった。だけどアルコールが入ったときだけは、すこしばかり陽気になる。

 そして高校生だった俺に言ったんだ。


「いいな、彗。二十歳になったら、最初の酒はじいちゃんと飲め。約束だぞ」

 だけどその約束を破って、じいちゃんはある日あっけなく逝ってしまった。

 店も壊されて、もう、どこにも存在しない。


 それでも俺は、はじめての酒はじいちゃんと飲むって決めている。

 今年はまだ、団子とお茶だけど。


   ◆


「彗、少し焼けた?」

 週明け、礼知さんに呼び出されたと思ったら、開口一番問われてしまった。


「そっすか? 海に行ってきたので」

「誰と?」

「一人です」


 キッパリ答えると礼知さんは一瞬あっけにとられたようだった。

 なんだよ。誰かと一緒じゃなきゃダメか。


「俺にはデートする相手なんていませんからね」

「……私にだっていない」


 気を遣わせた?

 でも井上先輩と目撃したあの女性は……? 仕事相手だったのかな。

 チラッと思うが顔には出さずツッコミに専念した。


「要らないのといないのは天と地です」


 あの人と礼知さん結構お似合いに見えたけどな。

 つらつら考えてしまったのは、礼知さんの返事がなかったからだ。

 やがて彼は、少し言いにくそうに尋ねた。


「週末一緒にいた人とは行かないの?」

「井上先輩は普通に仕事だったので」

「休みが合えばどこか一緒に行ったりする?」


 やけに聞いてくるな。

 俺は不思議に思いつつ記憶をたどる。


「仕事帰りにめしを奢ってもらったりはしますけど」

「ふうん、仲がいいんだ」

「教育係だったんで、今でも気にかけてもらってます。いい人ですよ」


 さりげなく先輩も推しておく。いっそ、会社ごと贔屓にして貰えれば、チーフも頭を抱えずに済むだろう。


「それであの距離?」

「距離?」


 礼知さん、なんか不機嫌っぽいな。

 いったいなぜ……。


「あの人、彗の肩を抱いていたように見えたけど」

「先輩は酔うといつもあんな感じです。抱き付き魔っていうのかな」

 礼知さんがギョッとするので、俺は慌てて胸の前で手を振った。


「あ、普段はちゃんとした人ですよ。心配いらないです! ――礼知さん?」


 なんか変な顔をしているな。ペラペラ余計なことを話しすぎたかな。

 そのとき、社長室のドアがノックされた。


「社長、そろそろ――」

「ああ、分かった。すぐに行く」

「あれ!? 礼知さん、俺になんか用事だったんじゃ!?」


 一応追いかけたのだが、礼知さんは仕事モードに入ってしまったらしく、難しい顔でさっさと行ってしまった。



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