6 またパーティーか!
「土曜のパーティーでは、助け舟を出してくださり、ありがとうございました」
朝いちばんに、お詫びとお礼を申し上げろとチーフに言われていたのだが、謝罪の理由がイマイチわからなかったので、素直にお礼にしておいた。
俺の予想通り、礼知さんはこだわる様子もなく「うん」と頷き一つで終わらせた。
「それにしても彗が踊れるなんて知らなかったよ」
「あー、中学のときはよくノリで動画とか撮ってたんで」
「それ、見られる?」
「はい」
妙なものに興味を持つ人だなと思いつつ、俺は動画を検索してスマホを手渡す。
「彗はどこかな。そうだ、せっかくだからプロジェクターを」
「なんの辱めですか」
「全世界に公開しておいて」
このままだと本当に上映会を始めかねない。冷や汗をかいた俺は、せめて話題を変えた。
「それにしても礼知さん、よくアレに入ってるのが俺だってわかりましたね」
「うん。歩き方でね」
「はあ、歩き方ですか」
例えば礼知さんくらいキレイに歩いてたら、そりゃ人目も引くと思う。
けど俺の場合は、なんか変な歩き方してんのかなと不安になった。
「確信があったわけじゃないけど、彗っぽいなと思って、少し様子を見てたんだよ」
「そうなんですね。ホントありがとうございます。助かりました。けど、ちょっと意外でした」
「うん?」
「礼知さんも、ああいうパーティーに出るんですね」
「挨拶だけね」
彼は不快そうに息を吐いた。
それを振り払うように片方だけ口の端をあげた。何やら、からかうような目つきだ。
「行くまでは正直面倒だなって思ってたんだけど、おかげで面白いものが見られた」
「いつでも踊りますよ」
「うん。頼むよ」
え、本気なのかな。
俺が目をむくと、礼知さんはとうとう笑い出した。ほんの一瞬ではあったけど、その笑い方がすごく自然だったので、俺は思わず目を瞬かせた。
彼の素を見たような気がした。
この話はそれで終わりになると思ったのだが……。
鼻歌交じりでボロっちい階段を上り、自社に戻ったところで事態が急変した。
「あなた、今すぐそこで踊りなさい!」
ツインテールのお嬢様に指をビシッと突き付けられた。
そして完コピしたばかりの着ぐるみダンスの音楽が流れて、俺は反射的に踊ってしまった。
キビキビと5拍ほど踊ったところで、命じた相手が壺河様のお嬢さんだと気が付いて、さすがに固まった。
「お、お嬢様……?」
「間違いない、あなただわ! 今からパーティーで踊ってもらいます」
またパーティーか!
俺がのけぞっている間に、先輩たちが一斉にダメのポーズをとる。
「いけません、お嬢様、そいつだけは!」
「壺河様にお咎めを受けますから!」
ほかにも、害虫なんですとかアルファの敵なんですとか言いたい放題だ。まあ、仕方ないか。
「あのー、お嬢様、申し訳ございません! 実は俺……壺河様には顔を見せるなと言われておりまして」
するとお嬢様はスマホを構えた。
「時間がないのよ! それとも今すぐパパに言いつけてやろうかしら。便利屋どもが寄ってたかってあたしをいじめるんだって。ううん、誘拐されてここまで来たんだって言う方がいいかしら」
事実無根だ!
だが、壺河様がどちらの言い分を信じるかは明白だ。
「お待ちくださいお嬢様!」
「榎並は引き渡しますので」
「え!? ひでえ、俺を売る気っすか!?」
「それじゃダメだって!」
なんとか俺をかばおうとしてくれる先輩と、保身に走る先輩と、でかい図体でオロオロするだけの先輩。俺たちの心は今、ひとつだ。
「せめてチーフがいてくれたら!」
お嬢様一人くらい、何とか丸め込んでくれたと思うのに。
会場に向かうバンの荷台で俺は膝を抱えて座っていた。
一緒に踊る予定の先輩たちは頭部を外した状態だが、俺だけすでにフル装備だ。
ちなみにお嬢様は先にタクシーで会場へ向かった。
「逃げたら会社ごと潰す」
などと釘を刺して。
「こんなことになってすんません。俺のダンスがうまいばかりに」
「おまえな。俺たちのあいだに立つからそこそこ上手く見えるだけだぞ。調子に乗るなよ!」
「えー」
「おまえのは、ただの若さだから!」
この時はまだ軽口を叩けるくらいの余裕があった。
控室と呼べるほどの場所もなくて、俺たちは衝立の陰でしばらく出番を待った。
やがて来場者がそろい、司会者の進行によりお嬢様と中年男性が一緒に入場した。
今日はなんと彼女の婚約発表会だそうだ。
展開が早くてびっくりする。礼知さんを狙ってそうだったけど、もう諦めたのかな。
めでたい場のはずなのに、お嬢様は元気がないように見えた。
となりの男に何か話しかけられるたびに、どんどんうつむいてしまっているような。
あれ、大丈夫なのかな。なんかロリコンに売られる図にしか見えないけど。
そんなふうに考えかけて、俺はそっと目をそらした。どう考えても首を突っ込んでいいことじゃない。
ともかく前座でダンスを披露したらお役御免だ。
今回も、俺は手を抜かなかった。全力で踊る。
先輩方もこのあいだよりはマシな踊りを披露した。だけど、皮肉なことに全然踊れてなかった前回のほうがパフォーマンスとしては受けていた。
とにかく仕事は全うしたぞ。
まばらな拍手をもらい、お辞儀をする。そのまま出口から帰ろうとしたそのとき、お嬢様が司会者のマイクを奪って叫んだ。
「待って! あたし、この人とは結婚しません!」
会場がどよめいた。俺もつい振り向いてしまったけれど、なんだかとても嫌な予感がする。
「これ、マズくないっすか?」
「おい、行くぞ!」
先輩に促されるまでもなく、一緒に駆け出す。
「ほかに好きな人がいるんです! その着ぐるみの中に!」
お嬢様のとんでもない発言に、壺河様が激怒して周りに指示を出す。
「そいつらを止めろ! 逃がすなっ!」
あっという間に出口をふさがれて、俺は着ぐるみの中で青ざめた。
まさか俺を指名する気じゃないよな。どうか違うと言って欲しいけれど、状況的に悪い方にしか考えられない。
「正気なのか……、いったいどこのどいつがうちの娘に」
殺意すら感じられれる声色に、俺の焦りで足がもつれそうになる。
「うわっ! やめてください!」
先輩の悲鳴が聞こえた。着ぐるみの頭部をはぎ取られている。
一人、また一人顔をさらされ、最後はとうとう俺の番になった。今度は助けてくれる人もいなくて、俺の素顔があっという間にさらされる。
壺河様と目が合い、背筋に冷たい汗が伝った。
俺の顔、忘れててくれないかなーなんて、俺は浅はかなことを考えた。
でも全然ダメだった。バッチリフルネームで覚えられていた。
「貴様か、榎並彗……」
「そう、その人! あたしたち、お互いに一目ぼれしたの!」
お嬢様が追い打ちをかける。
「聞いてません! 無実です!」
いったい俺になんの恨みがあって、そんな噓をつくんだよ!
怒りを通り越したのか、壺河様はむしろ無表情になった。
カツカツカツと音を立て、一歩一歩俺に近づいてくる。
ああ、無理だこれ。なに言っても聞き入れてもらえないヤツだ。
俺は諦めの境地で歯を食いしばった。




