3 クラシカル
「それで、オメガルームの話に戻るけど……」
話題の転換は大歓迎だ。
「はい!」
「もう一つ作れとせっつかれてね」
「もう一つ? ああ、地階にありましたね」
この辺りのビルは地下街に繋がっている。天候を問わず通れる地下通路は地上よりもむしろ人通りが多いのだ。
そのときちょうど、三階に到着した。
彼はチラッと俺を見て微笑む。
「体力は合格だね」
「試験でしたか!」
「そんな大げさなものじゃないよ」
本当かなあ……。
案内された部屋の中は空っぽだった。
十畳ほどだろうか、窓は一つで、向かいのビルの窓とやや気まずい位置関係だ。
「この部屋、君の好きに整えて」
「え? ゼロからですか?」
すると彼は天井を指さした。
「換気システムはつけておいた」
「なるほど? ありがとうございます?」
フェロモン換気システム。田舎出身のベータには縁遠い……というか思い至りもしないものだったので、助かると言えば助かる。
「えーと、どんな人が使うイメージですか? それによっても変わりますけど」
「さあ」
さあ!?
聞き返そうとしたときちょうど、和倉様のスマホが鳴った。
彼は俺なんかにも「失礼」と声をかけてからそれを取る。
俺は空っぽの部屋を睨みながら、オメガについて考えた。
小柄で華奢でなんかふわふわしている。そのくらいのイメージしか浮かばなかった。
当然、彼女らの好きそうなものなんて知らない。
「質問は終わり?」
和倉様はいつの間にか通話を終えていて、スマホを抱えたまま、首を傾げた。
ここで俺が頷けば、話は即終了しそうな雰囲気だった。
そっか。
なんで俺って思ったけど、理由が分かった。
どうでもいいんだ、この人。
仕上がりに一切興味がないんだ。
――だったら。
この人を絶対に驚かせてやる!
「予算はどのくらいですか」
睨むようにして尋ねると、彼は口の端を上げ、俺にメモを渡した。
「このくらいかな。多少はみ出す分には構わないから」
「え……、これ、多くないですか!」
金額を見て俺はギクッと固まった。
俺なら一年は暮らせそう……。
ビビりまくる俺に対し、彼は「安っぽくはしないでね」とだけ言い置いて背中を向けた。
「ちょっ、待ってください!」
結局、社長室まで追いかけていくつか質問を重ねる羽目になった。
別れ際には名刺をもらった。ひらっと片手でお手をどうぞとでも言いだしそうな仕草で。
社長室の扉が閉まり、彼の姿が見えなくなると、俺はどっと疲れてその場にしゃがみこんでしまった。
「……なんなんだよ」
ムッとしながら名刺を見下ろす。
「和倉礼知様か。これで『あやと』って読むんだな……」
初日からすっかり振り回されてしまった。
けど……。
ちょっとした仕草や佇まいが綺麗な人だった。
悔しいけど、かっこいいな。
会社までは走って戻った。
負けん気がメラメラ燃え上がってしまったのだ。
挨拶もそこそこに俺はチーフのデスクに直行した。
「チーフ! 俺、礼知様からお仕事もらっちゃいました!」
すると事務所にいた先輩たちはギョッとした様子でチーフの机に集った。
珍しく六人揃ってる。
社員は全員ベータの男性だから、ちょっとむさくるしい。
理由はともかく指名が入ったのだから、褒めてもらえるもんだと思ってたのに、チーフはものすごく頭の痛そうな顔をした。
「和倉様とお呼びしろ、榎並ぃっ! おまえの軽はずみな言動のせいで、こっちは大変なんだぞ!」
チーフは額にみごとな青筋を立てた。古き良き雷親父って感じで情緒がある。
なんとなくそれを眺めながら、俺は両手をあげてみせた。
「大丈夫です。俺、あや――和倉様とはうまくやれる気がします!」
「どこから来るんだ、その自信は……?」
背後で先輩がポツリと呟いた。
他にも、あざけるような声も聞こえてきた。
「ははっ、何の仕事だよ。便所掃除か? カメムシ退治か?」
ありえない話をされて俺はムッと言い返した。
「掃除は掃除屋に委託しているんじゃないですか?」
ちょっと喧嘩っぽくなりかけたところを、チーフの一喝が遮る。
「榎並! 報告が先だろ!」
「はい!」
俺はビクッと気を付けをしたあと、すぐに崩して顎に手を当てた。
「なんかオメガルームを新しく作るとかで、中身を任されました」
「中身?」
「部屋丸ごとっす。インテリアとか好きに入れていいって」
すると社内がまたざわめいた。
「彗、ダメだろ。できないことはできないってちゃんと言わなきゃ」
教育係でもある井上先輩がオロオロしながら俺の肩に手を置いた。
「なんでできないんですか? できますよ。パーティーの会場設営とかと同じでしょう?」
「いやいや! オメガルームはアルファにとってアピールの場なんだぞ!」
「アピールの場?」
目を瞬かせていると、先輩たちは口々に教えてくれた。
「オメガルームは確かに緊急避難用の部屋だけど、アルファの中には違う使い方をする人もいるんだよ」
「アルファはコレクターが多いからな。それをここぞとばかりに見せびらかしたり!」
「自社のサンプルを置いてアンケートを取ったりする人もいるよな」
「でも一番多いのはやっぱあれだろ」
彼らはうんうん、頷き合うだけでなかなか答えを教えてくれない。
「なんなんです?」
チーフに尋ねると、腕組みしたまま重々しく答えてくれた。
「……出会いの場だ」
「ああ……」
俺は納得して頷いた。
アルファはオメガに、オメガはアルファに、互いに惹かれ合うものらしい。
「それを! なんでお前なんかに任せるんだ!」
「あんまり興味ないみたいですよ、出来栄えに。だから俺に頼んだんです」
俺は両足に力を入れて、無理やり笑って見せた。
自信なんて本当はないけど、できない扱いされたまま逃げるのも嫌だ。
チーフは短い溜息をついて、俺をじろっと睨みつけた。
「榎並、手は抜くな」
許可が下りた!
「もちろんです。驚かせてやりますよ!」
「だから、どこからその自信が?」
心配そうな先輩たちを横目に、俺は考え込んだ。
さて、どんな部屋にしようかな。
なんでもいいみたいな口ぶりだったけど、彼にも好き嫌いはあるはずだ。
手掛かりは、あのクラシカルな社長室だ。
彼はきっとああいう落ち着いた雰囲気を好むのだろう。
古いものは、俺も好きだ。
俺は自然と、じいちゃんの店を思い出していた。
あの店には古道具が所狭しと並んでいて、外界と切り離されたかのように、のんびりした雰囲気が漂っていた。
じいちゃんはいつも、カウンターの向こう側で、何かしらの手入れをしていた。
もう遠い、後ろ姿――。
ただ、和倉様の社長室にあったものはじいちゃんの店では扱わないような高級なものだ。
それに、あの部屋に招くのはあくまでもオメガだということも忘れてはいけない。
だったらどうする?
俺は空っぽのオメガルームへ行き、一人考え続けた。




