14 似合いすぎる
礼知さんは気取らない店だとか言ってたけど、やっぱり高級感のある場所だった。
うわ、緊張してきた。リクルートスーツじゃどうにも浮いてるような。
キョロキョロしていると礼知さんが俺に気付いた。軽く手を挙げ場所を示してくれる。そのとたん、周囲の人に品定めをされたような……。
相手が俺ですんませんね、って気分。
やっぱ人目を引くんだな礼知さんって。俺ももう少し、まともな服を買っておいたほうがいいかもしれない。
なんて余計な心配か。
「お待たせしてすみません」
「いいや、私も今来たところだから」
定型句でも礼知さんに言われるとちょっとキュンとするな。
いや、待った! なんかいつもと雰囲気が違うぞ。
「礼知さん、髪型変えました?」
「うん。ちょっとね」
いつも重たそうだなって思ってた前髪に分け目ができている。チラッと眉毛がのぞくだけで男ぶりがぐっと上がってる。
なんでその髪型をデフォルトにしないんだろう。
……ただ、なぜだろう俺も、そっちのほうがいいっすね、などと軽口を叩けなかった。
「彗は……まだ飲めないんだったね。ジュースでいい? 山葡萄がお勧めだよ」
「美味しそうですね、それでお願いします!」
「うん。じゃあ、私も同じものにしようかな」
「俺に構わず飲んでください」
「別にいいよ。酒の力なんて借りなくても、彗となら楽しく過ごせそうだ」
からかうような微笑みは、上品な店内も相まって一服の絵のようだった。
なんで俺は今、カメラを持っていないんだ!
脳内でパシャパシャとシャッターが鳴った。
妙な妄想をしてしまい、ちょっと気まずい。
俺は短い髪に手をやりながら、礼知さんがウェイターに注文する様子をチラッと盗み見た。
なんか、妙に緊張する……。
とはいえ、それも料理が届くまでだった。
山葡萄ジュースは甘くて濃厚で、なんかこう、初めて飲む味だった。
「え、これ、本当に砂糖入ってないんすか。すげえ」
「いい反応だ」
びっくりしてグラスを矯めつ眇めつする俺。礼知さんはちょっと満足そう?
家庭科で習ったうろ覚えのテーブルマナーに苦戦しながら、前菜、スープ、ステーキとひとしきり楽しむ。
「エゾシカ肉って初めて食べましたけど、想像より食べやすいんですね」
「もうひと皿頼む?」
「いえ、そんなには入んないっす」
「彗って案外小食なんだね」
「普通じゃないっすか?」
首を傾げていたら、ふっと礼知さんが食べる手を止めた。
「本当にすまないね、彗。毎日大変だろう?」
「いいえ、仕事は楽しいです。コレクションを見てるだけでも面白いし、それに、実はお屋敷に通うのも楽しみなんですよね」
「そう?」
礼知さんは苦笑気味で、それがちょっと悔しい。
「そうですよ! いいお屋敷じゃないですか」
すこしずつ片付いてきて屋敷の全容が見えてきたんだ。
たとえばリビングは、ウォールナットの腰壁と床材で重厚な雰囲気だ。客間は、彩度の低いオレンジ色の床と水色の壁紙。意外な組み合わせがレトロで、それが案外とかわいい。
階段の裏側にしれっと茶室があるのも面白い。
毎日通ううち、俺はすっかりあのお屋敷に惚れ込んでしまったのだ。
緊張のせいか慣れない高級レストランの雰囲気に酔ったのか、俺ははしゃいで屋敷を褒めちぎった。
「玄関のシャンデリアもすごいですよね。あれ、本当はガスで点くやつじゃないですか?」
「ああ、よくわかったね。たしか祖父も昔そう言ってたよ。さすがに今は電気だけど」
「やっぱり! 木の窓枠とか、ガラスも古い時代のものでしょう? すこし歪んだ窓に緑が映り込んだとき、キレイでハッとさせられますもん」
こだわりを持って設えれば最高だろうな。俺は屋敷を思い出してうっとりした。
「そんなに気に入ったんだ」
礼知さんの声は、呆れるでも咎めるでもなく、優しかった。そのせいで俺はさらに調子に乗った。
「はし。すごく好きです」
「……好き?」
礼知さんがしきりにまばたきしてる。彼のこんな無防備な顔、はじめて見た気がして、俺はますます嬉しくなった。
「そうです。倉庫にしておくなんてもったいないですよ。礼知さんは住まないんですか?」
仕事の合間にふと思う、礼知さんがここに住んだらいいなって。そんな妄想が、本人を前にぶわあああっと湧きあがった。似合う、似合いすぎる!
俺は別に男が好きってわけじゃないんだけど、礼知さんの絵になるっぷりは別格というか。ちょっと人を狂わせるところがあるよな。
期待を込めてじっと見つめると、礼知さんは俺からそっと視線を外した。口元に手を当てすこし考えるそぶりを見せた。返事は俺にとって残念なものだった。
「うーん。考えたこともなかった」
「そうですか……。礼知さんの王子様然とした佇まいは、絶対にあのお屋敷の雰囲気と合うのにな」
「うん?」
「階段、ちょっと急じゃないですか。だけどあのすべらかな手すりに手を添えて、礼知さんがゆったり歩いてきたらもう、それだけで映画のワンシーンみたいですよ。見たすぎる!」
想像だけでうっとりしてしまう。
「あー、このあいだ倉庫に送っちゃったけど、あのテーブルセットもよかったなあ。使い込んで艶のあるテーブルが、朝の日差しを柔らかく受け止めるんだ。礼知さんがそこでコーヒー飲む。いいですよ。おそろしく絵になります!」
ポストカードにしたら売れそうだ。ってか俺が買うな。むしろその写真、俺に撮らせてほしいな。どこかふわふわした気分のまま、俺はしゃべり続けた。
「いやもちろん、礼知さんはピッカピカのオフィスにいてもカッコいいんですけどね。けどオフはあの屋敷でゆったり過ごしてるなんて言われたらギャップがあっていいじゃないですか」
「彗」
ストップをかけるように、礼知さんは俺の頭に手を置いた。その分距離が縮まって俺は彼のキレイな瞳をポカンと見あげた。
照明のせいか彼の瞳が潤んで見えた。
「彗は住みたいって思わないの?」
「そりゃ思いますよ。あんなお屋敷、憧れですよ!」
「そうか。うん、いいよ彗。だったら――」
礼知さんがなにか言いかけたその時、彼のスマホが鳴った。
「失礼――」
と彼が画面を見て眉根を寄せる。
大きなため息までついた。
「残念だけど、今日は解散だ。彗、一人で帰れる?」
「余裕っす!」
「送っていけなくてごめんね」
「送るって、俺をっすか?」
礼知さんの冗談に俺は声を立てて笑った。
あれ、今の冗談だよな。
何で礼知さん、ちょっと不服そうなんだろう。




